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僕は主人公なのだろうか。  作者: 亡人間
文明
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噂の人

文章を書くのはとても難しいです。

【王都】

そこは商業市街地から東に少し進んだ場所にあり、街を横断する大きな川は文明の発達に大いに貢献してきた。

周辺の集落を守る為に警護団の派遣や外交による技術の発展は人々の暮らしを豊かにし、深夜は数々の娯楽施設が商業地とは別の賑わいを感じさせる。


城下町は大まかに東西南北の区画で分けられていて、各区画には警護団と騎士団の常駐する拠点があり2階建ての石造りは建築技術の高さを伺える。


「商業市街地での警備中に遭遇した野生動物の報告です。新しく建設された教会付近の森林に生息すると思われるクマの危険性により警備強化を提案いたします。」


2階の一室は窓を塞ぐ木材で作られた日避けで薄暗い。

壁に寄りかかった短い銀髪の若い男は布の上からでも分かるぐらい華奢な身体で、騎士には似合わない青白い顔をこちらに向けた。


「君ほどの手練れにそこまで言わせる相手がまさかクマだなんて中々面白い冗談だ。ましてや、そんな野獣が教会の近くに居るとは到底思えなくてね。」


「先日、私自身が対峙しました。それが信じられない程危険な個体でして...これをご覧頂ければ...。」


マントを外し鎧の爪跡を見せると、歩み寄りジッと眺ている。


「これをクマがやったとねぇ。」


「はい、私自身がクマから負ったものです。」


「私自身?君が、、。」そう言うと鎧の留め具に手を掛けガチャリと外し、なんとそのまま剥がされたではないか。


「えっ!?えぁ、。ちょっt...な、何を!!」


蒸れる鎧の下は最低限の服しか着ておらず、更には自らの体臭など恥ずかしい要素で包まれているパンドラの箱なのだ。

ーが、その男はそんな事はお構い無しにあらゆる角度から鎧を目視している。


だが次の瞬間、男の腹に強烈な拳が襲い掛かり発する言葉もなく崩れ落ち、やり場のない痛みに石の床をペチペチと鳴らし、もがき苦しむ。

ガラガラと零された鎧をは持ち主の足元へ転がっていく。


「いくら警護団区長だからと言っても許可なく嫁入り前の娘の鎧を剥ぐのは感心出来ませんね。」


「う...ぅぃい、ぃいやぁ。相も変わらずの馬鹿力だ...。君と家庭を持つ男はっっつ、、将来安泰...だろう。あぁ、それと心配は無用だ、これからまだ成長する。」


「私が強いのでなく貴方の身体が脆すぎるのです。それと、もう何発か殴られたい様に聞こえますが?」


その言葉にギョッとして「まぁ待て待て。話せば分かる。」とよろよろと立ち上がり近くの椅子に腰を掛け、乱れた呼吸を整えると鋭い視線を鎧に向ける。


「そう言えば先日、北の地区でも警護団を含む死者が出る被害が報告されてね。生存者の報告によれば規格外の成長を遂げた野生動物に襲われたらしい。だからその鎧の傷痕に関しては驚きだが受け入れているよ。」


「時にヴェルリア、、。僕の経験からすると、その傷痕から推測するに持ち主は死んでいるとの結論に至るのだが。君は生きていて身体には擦り傷すら見当たらない。嘘をついているとは思わないが『腑に落ちない』と言ったところだ。」


「君は、、。」まばたきと共に目が表情が空気がこちらを疑う。


「騎士を引退し暫く経つ男が未だにここまでの圧力を放つとは驚きだ。しかし同じ志を持つ者での争いは勘弁してくれよ!!」


いきなり入ってきた大柄の男は獅子の様な金色の毛に、半袖から伸びる力強い白い腕は日差しのせいで少しだけ赤く染まっている、剣の才に恵まれ王直属の騎士団を束ねる若者だ。


「やぁジル。争う気なんて更々無いさ、それに今の僕では彼女にすら勝てない、、。君がわざわざこんな所に来てどうしたんだい?」


「ジ、ジジジルファ団長ぅ!!!!ままままっお待ちおおぉ!」


薄着の乙女は突然の来客にマントを被り部屋の隅に縮こまる。

しかしその様子に何かと、特に気を使う事は無く真顔でしゃべり始める。


「ヴェルリア、確かにウィルヴァンは良い男だ。だからと言って昼間っから誘惑してやるな。そうゆうのは寝込みを襲うものだぞ!」


少し誇らしげにそして顔の角度を変えニヤリと決めてくる。


「いっいやっ断じてちちちっちーがーいーまーs」


「おいおい。ジル、、。嫁入り前の娘に夜這いなんて教えちゃいけないよ。どうして君は昔っからそうなんだ。」


肘をつきニヤニヤ笑う元凶は先ほどの一件に反省の色が見られない、更には色仕掛けをしているとの誤解を生み出し、納得が出来ない乙女は立ち上がり反論する。


「ちょちょちょあのですね!そもそも区長が鎧脱がさなきゃこんな誤解は...。、、あ、団長!今のやっぱ無しです!脱がすってそうゆうのじゃ無くt」


「ぬぁぁぁぬにぃ!?ウィル!!お前からなのか!?」


してくれよ。僕だって時と場所ぐらいはわきまえるさ。」


「ああぁぁぁもうっ!やめて下さい2人とも!っとっ兎に角これは誤解なのでっ!それで団長はっ!!団長は何故ここに!?」


このままでは収まりが付かないどころか更なる誤解を与えかねないと判断して強引に話を切り替える。


「っははは、すまんすまん。」とジルファは、先刻の人物とは別人の様に真剣な眼差しで語る。


「ところで近頃、西の地区で噂される『奇跡』は知っているか?」


「噂...ですか...。」


『奇跡』の言葉にヴェルリアの脈が加速し始め、それに気づいたのか「座りなよ。」とウィルヴァンが勧めてくる。


「あぁ。噂によると『死者の傷口が塞がった』とか、そして別口で医者の小言なんだが『教会にけが人を診に行ったら傷口が塞がっていた』と。しかしこれも信憑性に欠けるもので、西区管轄の君達は何か知らないかと思って来てみたんだが...。」


ぎょろりギョロリと2人を入れ替わる視線に暫く沈黙したが、嫁入り前の娘は恐る恐る口を開く。


「だ、団...長ぅ…。私。教会のそれ、私なんです。」


震えた声。信じられない程の体験とそれが噂として自分の元へ回ってくる。

ありのまま話して良いのかも分からない。そんな恐怖が口を硬ばらせる。


「教会?何か繋がりが...?」


「まぁこの鎧の傷痕見てみなよ。これは彼女が教会で野獣と対峙した時に付けられたらしい。先日と言ったが正確には?」


そう言って重たそうに鎧を机に置き、ぐるりと傷痕を正面に回した。

「2つ、前の日です。」とヴェルリアは小さな声で答え、ジルファはその鎧を鉄を傷痕を無言で触る。


「私も、確かな事は分かりませんが、目が覚めたらそれはそれは美しく(以下略。な修道士がいたんです。それで『奇跡』を使って私の傷を塞いでくれたみたいで...。」


「『塞いだ』じゃなく『生き返した』に近いだろう。あれだけの傷痕じゃ出血も相当な量が出ているだろうし、運良くなんかで助かりはしないだろうね。」


人の気持ちなど考えずに確認をしてくる。こちらへの配慮が全く感じられない扱いは流石と言ったところだ、この男は人の心など持ち合わせていないのではないかと疑ってしまう。


「ウィル。好奇心のあまり悪いクセが出てるぞ。そしてヴェルリア。よく戻って来てくれた、あまり目覚めの良いものでは無かっただろうがな。」


「だ、だんぢょぉ、、ぅ。」


そんな心温まる言葉に感動の幕が降ろされる。筈だった。しかしこの話には続きがある。


「ヴェルリア、これより修道士の保護を執り行って貰いたい、これはお前にしか出来ない重要な任務だ。」


「へっ?保護?私に保護?ですか?」


ヴェルリアには未だに感動の余韻に浸っているが、この男もここからは仕事。私情などは一切持ち込まず淡々と話す。


「どうやら、お上にもこの噂が耳に入って根源が気になっているらしくてな。尻尾が掴めた以上見て見ぬ振りをする訳にもいかないんだ。」


「しっしかし!保護なんてどんな名目でっ!」


「まーぁまぁ、顔も名前も知っているお前が適任者なんだ。気持ちも分かるが仕方のない事だと思ってくれ!じゃっ頼んだっ!」


ガシッと掴まれた両手と両肩を隔てるものがマントだけなもので、急に恥ずかしさが込み上がり言葉を失う。

ジルファが去ったのを見計らってウィルヴァンが口を開く。


「上手いこと押し付けられたようだね。」


「区長...。保護って何の為の保護ですか?」


「言い換えれば連行だよ。お上も怖いのさ、その『奇跡』ってやつがさ。」


例えその『奇跡』が何であろうと、『組織』は物事を楽観視できない。


生物は理解の範疇を超えるもの、得体の知れない未知のものには本質を見極めるまで警戒する、それが生き物に組み込まれた生存本能の一部なのだ。


「ところで、そのシスターは何て名前なんだい?」


その問いにヴェルリアは固まる。思え返せば命の恩人の名前を聞くどころか自分の名前すら名乗ってもいない。騎士としての不名誉に目がキョロキョロと泳ぐ。


「じ、実は全く。いやぁ...名前も聞かずにお礼だけしか...。」


「団長には。黙っておいてあげるよ。」



一方、教会では神父と(手伝いを名目に今日もマリシアに会いに来ていた)ジェリクトの姿があった。

神父は優しそうな老人で、最近この街に教会が建てられたのをきっかけに村の教会から赴任してきた。


「ジェリクト君ありがとう。掃除だけじゃなく薪割りまで。もうこの歳だと辛くてね。」


「いえいえ、丁度身体を鍛えたかったところですから」


ふぅ。と手の甲で汗を拭いて、あたかも『仕事してやったぜ』的な雰囲気を演出する。するとそこに買い物を済ませ紙袋を持ったマリシアが来た。


「ふふふ。働き者ですのねジェリクトさんは。」


「えぇ、ぁ、わ、そんなんでもないですよ。」


と、さっきの手を後頭部に移動させて照れくさそうに頭を掻く。


「そろそろ良い時間ですので休憩。しませんか?」


「おぉ、それがいい。」と神父はそそくさ日陰に座り込み、ふわふわとあくびをかく。


「ところで、頼んでおいたお茶は買ってきてくれたかい?」


「はい神父様。今、淹れてきますね。」


その提案に「大丈夫です俺がやります。」と急いでマリシアに駆け寄り速やかに座らせる。大変失礼極まりないポンコツが彼女は厨房に相応しくないと判断したらしい。


ジェリクトが厨房に向かう途中、大広間の警護団の姿に足を止めた。

その集団から見覚えのある女性が前に出てくる。


「失礼。修道士...修道士の女性は今どこか教えてくれないか?」


「え、ええ。今、裏庭でお茶をしようと思ってたので。そこに居ますが...。どうかしたんですか?」


すると視線を床に落とし悔しそうな表情で「済まない。」と小さい声呟くと騎士と警護団がぞろりと過ぎて行く。状況の読み込めないジェリクトは取り敢えずその列に加わって歩いた。


「失礼。王都騎士のヴェルリアだ。先日は命を助けて頂きながら名乗りもしなかった無礼を許して欲しい。」


「まぁ。」とマリシアはその騎士の元気な姿を見て嬉しそうに笑っているが、ヴェルリアは顔を歪め、悔しそうに事を告げる。


「貴女には感謝してもしきれない...。のだが...。いきなりだが貴女に王都から保護の命令が下された。本来なら恩返しで来る筈だが、恩を仇で返す形で来ることになるなど。心苦しくて堪らない...。」


「保護...。私が...王都にですか....?」


「そんなっ!どうしてマリシアさんがっ!!」


そう言って団員達を掻き分け、前に出ようとするがその侵攻を阻まれ拘束される。神父は警護団の出現に多少困惑しているが落ち着いて説明を聞いていた。


「先日の貴女の力.....。それが王都で危険と判断されてしまい...私のせいで済まない。」


「そう...ですか。」


すっと、マリシアが立ち上がり取り囲んだ警備団が少し後退し警戒態勢に入る。ヴェルリアも腰の剣に手をかけ警戒を示している。


「お祈りの時間は頂けますでしょうか?」


その笑顔の一言に場の警戒も解け、その場の張り詰めた空気が嘘のように和んでいた。


「ご理解が早くて感謝する。貴女は何から何まで美しい。少年を離してやれ。」


祈りを捧げるべく大広間に移動するその間、ジェリクトも神父もマリシアの順ずる姿勢に敬意を払い無言で付き従う。


光を浴び、祈る彼女の姿は修道服の輪郭を滲ませ、喩えるのであれば太陽を連想させる。

気が付けば他の全員も彼女に習い膝をついて祈りを捧げているではないか。


ヴェルリアはその光景に疑念が浮かぶ。

あぁ果たして彼女をこのまま連行して良いのであろうかと。

もしここで任務を反故し逃亡の手引きをすればこの胸の痛みが和らぐのではないか。

このままでは私は一生後悔する気がしてならないと。


「お待たせしました。」


その言葉に顔を上げると目の前には(まご)うことなき聖女が振り返り、微笑みは迷える仔羊の悩みなど消してしまった。



その後、ジェリクトは記憶も曖昧にふらふらと帰宅した。

ニコは閉じた本の向こう側にいつもと違う様子の兄を心配する。


「と、どうしたの?...そんな慌てて大丈夫?」


「シスターが連れていかれたんだ。人を助けただけなのに危険と判断されて。」


がっくりと椅子に座り込み、顔を机に伏せるジェリクト。


「シスター?この街の教会にシスターは居ないはずよ?」


「ニコは会ってないだけで俺は2つ前の日に。いやその前の日に会ったんだ。マリシアさんって名前の美人さんでさ。」


「マリシア!!?マリシアが来てるの!?」


ニコは急に立ち上がり予想以上の食いつき様を見せる。


「マリシアさん...を知ってるのか。でも説明しようにもよく分からないんだ。兎に角さっき王都に連れていかれたよ。」


「ちょ、え、待ってよお兄ちゃん!マリシアはいつ戻ってくるの!?」


「……。」


「分からない。」そんな言葉すら出てこない。


「たっ、たいっへん!」


慌てて家を飛び出すニコに呆気を取られ、何かを知らず内に奪われた虚無感が心を締める。


「なんなんだよっっもぉうぅ...。」


悔しさを抑え切れず机を叩く音が、普段は狭いこの家を少し広げた気がした。

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