マリシアさん無双
表現とは難しいものです。
「ん......っ。」
眩...しい...。空腹のせいか胃が痛い。そして身体が重い...。
強い日差しとシーツの香りに微かな鉄の匂いが混じり彼女を不快な起床へ誘う。
「確かクマと、あの怪物と...。あの時、私は目を突いて...。」
ずっしりと重たい身体をどうにか起こし、知らない部屋を見渡す。左肩にある違和感は部屋の隅に置かれている引き裂かれた鎧を見てある程度は察する。
しかし何故か身体は無傷だ。
ガチャーーー。
入ってきたのは両手で水瓶を持つ女性だった。
(修道服.........。なんたる美しさだ。まるでこの世の者とは...。そうか...。私は。)
「お目覚めになられたようですね?」
その女性は静かに部屋に入り枕のすぐ横の椅子に腰を掛け足元に水瓶を下ろした。近くで見ると更に美しく(以下略
「はい...。私はこの後、何処へ向かえば良いのでしょうか。」
「え?あの、何処へと言われましても...。」
「私は教会の者ではありませんが、死者は神の元で祝福を頂けると存じております。その神々しい御姿は神の御使いとお見受け致しますが。」
「死者?ですか?.......貴女様のお陰で死者は出て居りませんが...。それと私は修道士ですが。」
「そうですか...。これで私も騎士としての役割を果たし安らかに眠れそうです。」
「あら?ではおやすみの前にお身体拭きますので少しの間失礼します。」
水瓶から取り出した厚手の布はお湯で温かく、柔肌を湿らせながらゆっくりと滑る。
(夢見心地だ...。優しい手つきはさすが神の御使いか...。)
「水浴びも出来ますので遠慮無く申して下さいね。」
(そんな事まで...。至れり尽くせりだ...。)
しかし身体を拭く度に赤黒く滲む布をが目に入った途端一気に現実へ呼び戻された。
「生きて...いる...?」
その言葉に修道士は何言わずベッドに上がり頭を包むようににそっと抱きしめてくる。突然の抱擁で何かが崩れたのか目から一気に涙が溢れ出し、力の入らない弱い身体で一生懸命に縋り付く。
「大丈夫。大丈夫。」
なだめながら強く抱きしめては耳元で囁き、頭や背中を撫でてくる。彼女の包容力で安心した脳は少しずつ恐怖を受け入れ、暖かい抱擁の中でゆっくりと浄化されていく。
「あ、の後...。グバの間合いぃを見切ぇながっだわたしゃあっぅぅひっ...。避けきれずぅうぅ...。」
脳の防衛本能によって隔離された恐怖の鱗片は一つ一つ組み合わさり記憶に蘇ってくる。抱え切れない恐怖に助けを求めるようにしがみ付き、顔を埋めむせび泣く。
「今は、忘れてしまいましょう。痛みも恐怖も...。まずは落ち着いて...。不安な事は全部ここで出し切ってしまいましょう。」
「..............。」
彼女の胸の中で何度も頷いて赤子のように抱き付いたままその母性を堪能し、暫くすると背中をポンポンと叩かれ「落ち着きましたね。」の一言と共に恐怖は残らず取り除かれた。
「食事。お持ちしますね。」
そう言うと冷たくなった布を拾いあげ、水瓶と共に部屋から出て行った。
ーーーもし。男であったら確実に惚れているのだろう。いや、女の私でも惚れそうだった。心地良い甘い香りとあの大きさ...。そしてあの包容力は確実に人を駄目にする。同じ性別とは言え自分との違いに無意識に口から呟いていた。
「完璧だ...。」
そんな完璧なマリシアだが欠点は誰にだってある。大体察しが付くだろう。
厨房に入るマリシアを見つけ追い掛ける。そこで青年は恐ろしい光景を目にする...。
「ちょっ!?マリシアさん!?何を!?」
ジェリクトは戦慄した。
釜戸に野菜を並べ、松明で火を放とうとする修道士が笑顔で振り返る。
「ジェリクトさん。先程、騎士様が目を覚まされたので温かい料理をお持ちしようと...。」
確かに料理しようとしているの何となくわかるのだが、その斬新とも言える調理方法に何から聞いて良いのかも分からない。
「え?と??あのですね?まず何を作ろうと...?」
「温かい料理を...。スープを作ろうと思って。」
その笑顔は全てを許してしまいそうになるが、起きたばかりのけが人にトドメの一撃を与えかねない。そこで調理の補助役を提案する。
「良かったら手伝いますけど...。料理なら普段からしてるので...。」
「宜しいのですかっ!!?」
予想以上の食い付きでズンと詰め寄られ、引き寄せられたジェリクトの両手は幸運にも柔らかい胸へ押し当てられている。
(あ、当たってますってぇ...。)
「私、料理を作った事がなくてとても心細かったんです...。見よう見まねでやってみようと思ったのですが...。」
ジッと見つめるその瞳には魔力が宿り、こちらの思考をひとつ残らず破棄させる。
「あ...。いやぁ大体。大体は合ってましゅからぁ。火を使う所とかバッチリです。」
この男はもう駄目だ。
この後、ポンコツがやった事といえば彼女の言うことを最大限聞き入れ、意に沿った作品になるように努めただけで、けが人の事など全く頭に入っていない。
結局この2人で作れたのはごろごろと野菜が煮っころがされたスープのみで、申しわけ程度にパンを添えて運ぶ。
「い、いやぁ、これは。ど、どうもありがとう。」
食べられる様子だが時折首を傾げ、不思議そうな顔で大きな野菜を頬張っている。それはそうだ。2人は作る事だけ一生懸命で味見など全くしていない。
「ふぅ...。怪我の治療どころか食事まで申し訳ない。街の護衛に来た私が野獣に襲われてこのさまとは...情けない限りだ。」
何とか食べ終わった騎士は感想を言わずに自らの非を反省した後に一番の疑問を投げかけた。
「何故私は生きている。本来であれば死んでいた筈なんだが。」
「........奇跡。ですかね。少なくとも俺はそうだと思います。」
ジェリクトの曖昧な答えと『奇跡』の言葉に多少困惑するが切り裂かれた鎧を見つめ、言い聞かせる様に話す。
「私は本来死ぬはずだった。しかし奇跡に救われ、今こうやって生きている。」
その言葉に続けてポンコツが布教する。
「その奇跡を起こしたのが彼女です。俺はその奇跡を二度目撃しました。お医者様にも信じられないと言われましたが...。実際に起こっています。」
しかし、その推察にマリシアは自分の意見を述べた。
「奇跡を起こせるのは神だけです。私はただの修道士に過ぎず、神にお祈りする事しか出来ません、もし貴女の傷を癒したのが奇跡だと言うのであればそれは神のご意志でしょう。」
(いやいや、だからその神を降臨させちゃってるんですよ。たぶんマリシアさんが...。)
「ともかく、助けられてばかりで申し訳ない。何かお礼を...と言いたいところだが手持ちがこれしか無くて。受け取ってくれると有難い。」
と言って腰に付いていた布袋をそっくりそのまま枕元に置くと、ベッドから降り立ち、背伸びをする。
「くぅ....。うぅああぁぁ、、、ぁあ。さて、慌ただしいが私は王都へ戻ってもっと護衛を増やすように掛け合ってくるよ。手厚い保護をありがとう。」
「騎士様...。お気をつけて。」
鎧をガチャガチャと慣れた手つきで装着し、胸部に負った爪跡に手を当て一息呼吸を置く。剣を軽く持ち上げ帰り際、ジェリクトに近付き耳元で囁やく。
「ありゃ。結構大きいぞ。」
そう言い残し部屋を後にする騎士の余計な報告に固まりつつ、動揺を隠す不自然さが別れの言葉にも影響する。
「お、おきぃを付けて。」
「.......ジェリクトさん?」
「は.....ひ?」
「一体。。。何が大きいのでしょうか?」
彼女は地獄耳だ。