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僕は主人公なのだろうか。  作者: 亡人間
文明
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奇跡の再現

伝わりやすく書いているつもりです。

「あのね!あのね!この前産まれた赤ちゃんがもう1歳になったんだよ!」


また始まった。

ここ何日かニコのする話と言えば、教会の子供の話、神学者の受け売り、それと晩御飯の話題だけだ。


「そうかそうか。ニコは立派なお姉さんになれるかい?」


「大きくなったら絵本読んであげるの!」


教会では言葉や読み書きを教えて頂いているみたいで、最近はニコの方が文字を読めるので兄としては少し恥ずかしい。


「今日は村に行かないのか?」


「う〜ん、きのう行ったんだけど教会は暫くお休みらしいの。」


「赤ん坊は?」


「留守の間は近所の人がお世話してるみたい...。私が出来たらなぁ...。」


「大人になれば出来るさ。」


「えー?そしたらお兄ちゃん独りぼっちだよ〜?」


「そんな事ないさ。俺だって綺麗なお嫁さんを見つk」


「あ、じゃあ私こっちだから!お買い物終わったら帰るね!」


王都から近く比較的に生産業が発展した市街地は、他国との交流により物品が集まり大抵の物を買えるこの市場は多くの人が行き交う。


この日ジェリクトは教会に用があった。

遺体を埋葬する為の人手を教会が求めていてまたマリシアに会えるのではないかと思うと普段は疲れるだけの坂を難なく駆け上がれた。

しかし坂の先にはマリシアの噂を聞き付けた野郎共が、想像以上の美しい姿に溢れるちからが暴発し怪物を落とすのにも十分過ぎる程の大穴を空けさせた。


「マリシアさん。随分と大きな穴を。」


「あ、あぁジェリクトさんどうしましょう。大きめのって言ったのですが...。」


村にも男はいるが働きざかりの若者は街へ労働に出る為、シスターのマリシアも穴を掘る労力は知っていたがこんな大穴を簡単に開けてしまう豊かな街の労働力に驚きを隠せない。


「しかしこんな大勢の方が協力して下さるとは、この街は信仰深い方が多いのですね。」


これを信仰と呼ぶのであれば、恐らく街中...。王都中の男は殆どマリシア教の信者となるだろう。


「マリシアさま〜。持って来ましたぜ〜。」


と、比較的身体が大きい男達が棺を運んできた。


「ありがとうございます。しかし敬称で呼ばれるの慣れていないので...恥ずかしいです...。」


気持ちは分からなくもない。確かにマリシアは敬称を付けたくなる程の美しさで且つ、金色に光る眉毛と人々を優しく見守る垂れた目尻に空が反射したかの様な青色の瞳は、神々しい気品を感じさせる。


晴れ空の下、丘を爽やかな風が吹き抜け神父様の祈りで葬儀が始まる。


「私は今、あなたに福音を知らせましょう...。」


葬儀は滞りなく進み最後は祝福の言葉で締めくくられ、帰り際にはマリシアと一言話そうと人集りが出来ていた。


しかし、その人気ぶりに招かれざる客ものしのしと登場する。目を疑うほど巨大な身体はクマと言うより怪物と認識するほうが正確でその場にいた全員を恐怖へ導き、まるで蜘蛛の子が散っていく様に逃げる人をクマが追いかける。


「皆さん!まずは落ち着いてっ!走らないで下さい!」


マリシアの言葉もここまで錯乱した人々には届かない。


「彼女の言う通りだ。」


どこから現れたのか、怪物に立ち塞がる声の主。

薄紅色の少し長い髪を後ろで束ね、腰下まである長いマントは風に乗り、人々を護る為に着ることが許される鎧と流れる様な音で抜かれた剣の先端は、つわものならではの圧力を放ち、動きを見事に止めてみせた。

凛と立つ姿と自信に満ちたその背中は人々の恐怖を掻き消すには十分で、まさに『騎士』と呼ぶに相応わしい。


「今の内に出来るだけ遠くに、静かに刺激せずに。」


その言葉は今から対峙する獣にも言い聞かせる様な静かな口調だった。

のしのしと草を踏み鳴らしながら、剣先との間合いをゆっくり詰め寄り、睨み合う双方の目は互いの時間を止め合った。


この時間により、大抵の人々が避難したが情けないことにジェリクトは腰を抜かし立ち上がれない。

もし、ここに騎士が来なかったらリジェクトは勿論、何人かは殺されていたであろう。


「しっかり!ジェリクトさん!」


手を引かれるが脚の筋肉が硬直して思うように動かない。

ーーー瞬間、視界は高く生い茂る葉と雲の混じる空へと切り替わる。


『お姫様抱っこ』文字通りに姫君が抱えられる様子で、基本的には力のある男性がか弱い女性を仰向けに抱き上げる。

華奢なマリシアのあまりにも男前な振る舞いと、抱き寄せられた身のわき腹辺りに感じる柔らかな弾力は、女性経験が全くない青年の心身を滾らせた。

戦場から一歩一歩遠ざかる度に強く抱き寄せる腕はしっかりと青年の心と身体を掴み、髪を隠すベールから乱れ出る輝く金髪は甘い香りと共に鼻元をくすぐる。


「完璧だ...。」


そう呟くジェリクトの頭はマリシアの事以外は考えられず、教会に着いてからもマリシアを見つめては未だにあの感触の残る部分を摩っていた。


ギ、、、ギギーーーバタン。


「皆の避難は終わりましたかな?」


「はい。貴方様のお陰です、ありがとうございました。私達以外は街に...。」


様子がおかしい...そう感じたのはマリシアだけでなかった。

脚を伝い足元を広がるはポチャリ、ポチャリと不吉な音を奏でる流血で、持ち主の膝をガシャリと地へ引き摺り込んだ。


「たっ、大変!!」


首から胸部まで達した鎧を貫き裂く爪跡がどれ程の凶器か物語っている。

鎧を脱がし服を破く、胸を押し潰して巻かれていた布は裂け、柔肌まで届く傷の血で濡れている。


「.....................。」


ジェリクトは初めて見る女性の裸体に目が釘付けになってしまうがそれどころでは無い。

容態は深刻で首からは拭っても拭っても血は吹き出し床を赤く染めていった。


「あぁ...騎士様...騎士様...。傷が...どうか...。どうか...。」


と、マリシアが首の傷を押さえると手から光が流れ傷口を覆いサラサラと昇華していく。

そう、あの時と同じ様な現象が起こっている。


「えぇっ...あえ?」


その傷口は跡も残さずにみるみる塞がり、ジェリクトはこれがマリシアの起こした奇跡なのだと一片も疑わなかった。


「マリシアさん!俺はベッドに運びます!取り敢えずお医者様を!」


「はっ。はい!」


ベッドに移した彼女は気を失っているが呼吸はしているみたいだ。

教会の一室で医師を待つジェリクトは再び自分の無力さと情けなさに憤りを感じていた。

立ち向かうどころか腰を抜かし、守られて、助けてくれた人に何も出来ずに只々見ているだけ見守っているだけ。

あの決意は、あの日の思いはもう消えてしまったのか。


「お医者様こちらです。」


マリシアが医師を連れて戻ってきた。


「おや?君もいたのか。」


「変な巡り合わせみたいで...。」


「入口の血はこの人から?」


「クマに首から裂かれたみたいなんですが。シスターが傷口を...。」


そこには血塗れのまだ若いむすめが横たわっていて、血の跡が残る首に手を当てる。

指先から伝わってくるのは一生懸命な人の鼓動と乾いて固まった血の厚み。


「傷跡も無し...か...。」


長い間医師をしているがここまで経験が通用しないのは初めてで流石にお手上げと言ったところでだ。


「お医者様。私は何も特別な事はしておりません...。只々、そこの騎士様を救って頂きたいと祈っただけです。」


「.......にわかに信じられないが呼吸も安定している。しかしあんなに血を出したんだ、何かあったらすぐ知らせるんだよ。」


そう淡々と話すとわざわざ入口から帰っていった。


ー。街には落陽と入れ替わる少し涼しい群青が押し広がり、青年を帰路へと導く。

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