考えない女
「むぅ…。」
うろうろうろうろとあっちへこっちへ足を運ぶ、時には頭を上げ窓の外を見つめて開けたり閉めたり、椅子に座りタンタンと爪で音をリズムを奏でたかと思えば周囲を見渡し背中を伸ばす。
「んんっっ。。。。」
どうにもこうにも落ち着かない。
昔っからあーだこーだ考えたことなど無いのだが、今回ばかりは頭を悩ませ何も手を付けられない。
そして何より、香織は致命的に考えることが苦手だ。
(あの美咲が目を奪われる程、あの男の子に魅力があるのだろうか…?)
近所に住んでいるせいか幼い頃から仲が良く、良く遊んだり受験の時は泊まりで勉強まで一緒にした、何だったら本人も知らない場所のホクロの位置まで知っている。
大体の事は分かっているつもりだったがあんな顔は初めて見たのだ。
「あの…部長?…部長?聞いてます?」
「ん?……ああ、すまんすまん。ちょっと考え事がね。」
そんな香織の言葉に居合わせた部員達はキョトンとした顔で答えた。
今まで考え事をする姿など見たことが無い、更に『考える前に行動する』など自ら豪語していた程だ。そんな部長に部員達が不安を隠せなかった。
「ぶ、部長?どこか具合でも悪いのでは?」
「失礼な!私だって輝ける高校3年生だぞ!君達下級生に無い悩み事の一つや二つぐらいは……。そうか…1年生か…。1年生は今どこに?」
「え…と……。1年生は室内プールで道具の準備をしに行ってますが…。それと部長は大丈夫なんですか?受験生なのに引退後も私達の指導を…」
「なぁに、好きでやっている事だ、心配はご無用。先生も忙しいみたいだから来るまで各自ストレッチ後に基礎練習。水分補給は絶対に忘れない様に。」
そう言い残し、そそくさと部室から出て行く。
部室からプールは目と鼻の先で更衣室から倉庫まで全て室内に備わっており、水着でも移動が出来る様に室温は常に一定に保たれ、一年中快適に部活動が出来るような配慮がされていた。
「一年せーーーーーーーい!集ぅぅぅぅぅごーーーーーーーー!!」
突如響く怒号が室内に響き、騒がしい水音がピタリと止まる。一瞬のラグの後に制服のまま殴り込んできた女の認識を改めると、一年生全員がそこに集まった。10人ちょっと、といったところだろうか。
「今日一年生でドッジボールをしていたクラスはあるか?知っているのであれば教えて欲しい。」
「えーと。今日一年生は全クラス合同だったので…」
「では、バレー部の川崎とバスケ部のイケメンと野球部のバッテリーが居たチームが最後に戦ったチームを知らないか?」
「あっ!香織先輩!!俺っ!俺のチームです!」
1人が威勢良く前にしゃしゃり出る。さすが名前が通っているだけあって下級生も協力的な姿勢で接してくる。
「そうかそうか。まぁ随分とボロ負けだったじゃないか。」
「いやぁ。。。チーム分けが悪かったと言いますか…。でも先輩、そこまで分かっているなら野球部とかバスケ部に行った方がいいんじゃ…」
「私は陸上の運動部とは仲が悪いのだよ、、、さて、本題だがその試合で最後の1人…」
その問いを言い終わる前にその男は答えて来た。
「ああ!春夜のことですか?いやぁ俺もビビりましたよ!あんなに当たらないなんてすっげぇ運ですよね!」
「はる…や?はるやという名前なんだな?」
「そうです!春夜 旭です!」
(なんだ旭が名前じゃないか……まぁ良い。」
「でかしたぞ少年!今度、君を膝枕の刑に処する!」
「えっ??ええ??ちょっ!先輩膝枕って!?」
その返答は走り出した彼女の耳には届かず、一同は全速力で馳ける後ろ姿を呆然と見送った。