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僕は主人公なのだろうか。  作者: 亡人間
二度目の過ち
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マドンナ殺し

頭の中では分かっていても身体は追いつかないものです。

しかし想定の範囲内から先がまた面白いもので、思いもしなかった事は貴重な体験になり今後の引き出しとして人を成長させてくれます。


前回の話の続きではなく、ラブレターに関連したストーリーとなっています。


「誰でも世界を変える事が出来る。」


私の父の口癖だ。

昔からあまり家庭に干渉して来ない父の唯一の教えで、普段褒めない父の精一杯の褒め言葉と理解している。

最後は合唱のコンクールでヴェートーベンを演奏した時だった。


教諭の母が『子供は伸び伸びと育てる主義』で、父はその主義を尊重する形で不自由なく育てられ、そんな教育方針が成功したのか私は『賢い、才能がある』など知能を評価して貰う事が多々ある。


そして今、正に授業中にも関わらず窓の外の光景に釘付けなのだ。

外では体育の授業でただドッジボールをやっていて白い体操着チームと赤いゼッケンを着たチームが男の戦いを繰り広げている。


どんな振り分けをしたのかは謎だが圧倒的に赤チームの方が優勢で、白チームは最後の1人となっていた。

ボールは赤側の手中にあり決着は時間の問題かと思われたが、最後の1人が中々仕留められない。


そんな光景を眺めていただけだったのだが、今や視線を黒板に戻す事が出来ずボールの行方を追っている。


赤チームの身体の大きな男2人が良いコンビネーションでキャッチ&スロウを精密機械の様に繰り返す。

負けを確信した白チームは腕を組み体重を片脚に預けその戦いを眺めている者が殆どだが、そんな状況でも決して諦める事なく足掻き続ける。

華奢な身体も手伝ってか幾度となくギリギリでボールを躱すのが精一杯で反撃の起点を作れない。


幸い教室は校庭のスポーツを観戦するのに丁度いい2階で、今まで恩恵を感じなかった窓際の席にこれ程感謝した事があっただろうか。


そして私は生まれて初めての授業放棄をしてしまう。このままではまともに授業なんか聞いていられない、ましてやこの現象を只の『運』の一言で終わらせる事など出来ない。


まさかこんな場面に出くわすとは窓際の席をこんなに恨んだ事があっただろうか。


罪悪感に心を痛めがら私は昔から評価されてきた頭脳で分析し始めた。

何故あんなに当たらないのか、普通の人であれば恐らく被弾している。


(私でもそろそろ1発ぐらいは当たる頃合いなんだけど…)


外野と内野の丁度中心で最低限の距離を取って被弾率を下げている、しかしあの速い球を何度も避け続けられる理由が全く見つからなかった。


「ボールが止まって見えているの…?」


その瞬間、視線を周囲から感じハッと黒板見るとクラスメートと先生が驚きの表情と共に眼が一点を貫ぬく光景が目の前に広がっていた。

不特定多数大量阿僧祇那由多不可思議無量大数の注目の視線を浴びて、心の声が知らぬ間に露出していた事をやっと理解する。


「な…那由多……さん?」


第一声が掛かるまでの沈黙は怖いほど長く、初めて感じた恥辱を覚えると共に自らも驚きの中に引き込まれた。

沈黙を破った教諭は、目が点となり不思議な顔でこちらの状況を伺っている。


「しっ失礼しました。授業中に申し訳ありません…。」


と、同時に授業終了のチャイムがあらゆる視線を消散させ冬の本番の寒い室温の中に響き渡る。

安堵と共に心音が体温を乱し全身から汗が滲み出る、ふと窓の外に視線を戻すと未だに戦う姿が更に体温を混乱させた。


「なーに見てるの?」


美咲に1人が駆け寄る。

名前は香織と言い運動部の界隈では知らない者が居ない程有名で、鍛えられた長く引き締まった脚は男女共に憧れを抱くほどであった。


耳を赤く染めて硬直した美咲の顔を覗き込むと頬は耳より更に赤く、唇をきつく締め、窓の外に視線を泳がせている。

目線の先には、遠目からでも見て分かる満身創痍の男子生徒が大の字でぶっ倒れていてた。


「あちゃーあれじゃ赤の圧勝だねぇ。バレー部のエースにバスケ部期待の星、それに野球部のバッテリーもいるじゃないか。今年の1年生は豊作なんだってさ。」

「それにしても真面目なアンタが授業中に珍しい…はは〜ん。いやはや。そうか、成る程なるほど。」


顔を上げると何かを察したニヤニヤとした香織の目が、

脳がマトモに働かず言葉が出てこない。


「う…あ…。いゃ。こ、これは」


「これは違うんだ。と言いたいのかな?」


「……。」


「まぁまぁ。大丈夫、悪い様にはしないから」


「わっ悪い様にって!?」


ガタンッ!

椅子が倒れる勢いで立ち上がったり美咲。


その荒ぶった声のせいで『さっきの奇行がなかったかの様に振る舞った』教室が動揺を隠せずチラチラと好奇な視線を彼女達に注がせる。


「まままままっ!いいからいいから落ち着いて。」


両肩に手を乗せて片方はポンポンとなだめる。

しかしこれが落ち着いていられるものか、こんな恥ずかしい思いをして生き長らえるのであれば潔く殺して頂きたい。


「くぅ…。殺せぇ……」


その台詞と共に両手で顔を隠しそのまま床に座り込む。


「まったく。打たれ弱いマドンナさんですなぁ。」


トドメの一撃と共に歩き去る香織。

クラスメートは状況を理解出来なかったが取り敢えず香織を『マドンナ殺し』と呼ぶ事にした。


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