転機
頭に浮かんだ妄想を継ぎ接ぎしながら一つの物語を作っています。
「ねぇ。ちょっといい?」
「君が好きなの。私とお付き合いしてくれない?」
あまりにも現実味がない言葉に僕の思考は停止する事しかできずにいた。
目の前に居るのは学校一の有名人。
俗に言うマドンナ的な3年生の那由多 美咲。
日本人離れした長いまつ毛と高い鼻に光を放つ様な白い肌、成長で小さくなってしまった学生服が彼女のスタイルの良さを強調させていて、スラリと伸びる脚に対して少し短いスカートが清楚なイメージを遊ばせてしまっている。
腰下まで伸びた皆んなが大好きな黒髪は手にした者を幸福にすると信じられ、気のせいか眩しい後光が見える只の完璧な美少女だ。
「返事がないって事は…そうよね。君とはお話した事も無いし、いきなりこんな事言われてもね…」
冗談じゃない。こっちは言葉の意味を理解するのにこれ以上ない程脳みそを回転させているんだ。
この状況は言葉を発するまでにラグがあるのは男として必然なんだと思いつつ、何て返答をするか。
いや、どの言葉が正解なのかと今でも思考が固まらない次第で目眩さえしてくる。
「私じゃダメかな?春夜 旭君。」
「こんな所で告白するなんて私も思ってなかったけど…」
そう。ここは学校の廊下でトイレの前、僕は放課後に用を足しにここへ来た。
帰宅する前に寄っただけなんだがこんな場面に出くわすなど夢にも思ってなかった。
予想外過ぎる展開に身体の制御機能が役に立たず、僕の股間から暖かい水が滴る…正直に言おう。
嬉ションしている。
「あ………あぁ…」
脳みそなんて全く役に立たないと思ったのは初めてだ。
それと同時に『言葉にできない』と表現できる唯一を人生で始めて体験した。
脚を伝って靴まで滴る水を僕は止めることが出来ずに、どうにかしてこの場をやり過ごそうと思考を考えるだけが精一杯担っていた。
「……。」
「返事は私が卒業する前にしてくれたら嬉しい…です…。」
少し弱気な言葉と共に耳を赤く染めて去って行ったその背中を放心状態で見つめていた。
そして僕も掻いたことのない汗が頬を伝っていた。
「どうして?」
と精一杯の言葉を発する事に成功したが状況は最悪。
一刻も早くこの場から逃げ出したいがこの足で廊下を歩いて良いのか分からない状態で何かに助けを求める様にバッグの中を漁り、何を血迷ったか昼に買ったスポーツドリンクのキャップを開けて自分の足元に撒き散らし、未だに正常な判断が出来ないまま下駄箱に走る。
すれ違う人々の目が自分の失禁を見透かした錯覚に陥るっている。下駄箱まで頭を上げることが出来ず『ただ、ただ逃げ出したい』その一心で駆け抜けるしか出来ず、心拍とは別の焦りに追われながら一目散に駆けていった。
やっと目的地へ辿り着くと今まで以上にない手捌きで靴を取り室内靴のまま家へと目的地を変える。
カサッ…
靴を取った直ぐ後に何かが床へ滑る音がする。
それは遠目からでも分かる朱色の便箋で、下駄箱に手紙など思春期の男子誰もが妄想を膨らませるラブレターではないのか?
自らが犯した失禁の羞恥心を感じつつ有り得ない現実を目の当たりをした事も手伝いそれを拾いに行かずにはいられなかった。
急いで手に取りその場を離れる様に心掛ける。
中身を確認したいのは山々だが今はそんな悠長なことをしている場合ではないし、他人にアンモニアの匂いを感じられたくない!
その一心で冷静ではいられなかった。
走る事以外の理由で確実に心拍数が上がっていて、その理由が1つである事は確かだ。
今日は冬でも特に寒い日で、こんなに汗を掻くなどこれっぽっちも思っていなかった。
「熱い…。」
そう零した時には家から最寄りの公園の前で息を切らし、額から頭皮から汗が滴るまで身体が熱を帯びていて、案の定己2本の下腿は汗と混じった嫌な臭いを吹き上げていた。
幸い公園に人が居なかったせいか、未だに混乱した状態で『人生で初めてのラブレター(仮)』の差出人が誰なのかを確認する。
恐る恐る便箋を取り出し中心に貼ってあるハートのシールを短い爪でカリカリと引っ掻き薄い紙が傷つかない様にゆっくりと剥がす。
春夜君
あなたが好きです。
告白をしたいので放課後、校舎の裏に来てください。
那由多 美咲