この街に--新都心にて--
「あなたはいつも、私には見えない景色を見ているのね。」
超高層ビルの窓を背にして彼女は、目の前に座るケイを見つめて呟いた。その窓の下には緑豊かな公園と、その先どこまでも続く街並み。遥か彼方にはシルエットになって夕陽に浮かぶ山。
「そんなことないさ。あなただって振り返れば僕と同じものを見られるだろ?」
「そしたらあなたが見えないわ」とケイから目を逸らさずに微笑みながら応える。
「偶には振り向いてみるのもいいんじゃない? あなたが目を離したって僕は
消えたりしないさ」と、ケイは軽く肩を竦めながら混ぜ返す。
「不安だわ。あなたが何を見ているのか、どこに行こうとしているのか。」
ケイは窓の外に軽く目を走らせてから彼女に視線を移し、「大丈夫、今は。今はあなたしか見ていないから」と口元を綻ばせる。
椅子の背に凭れて腕を組んでいた彼女は、身を起こすと組んだ腕を解き、テーブルに肘を突いて軽く指を組んだ。そうしてその指に細めの顎を乗せ、ケイの視線を切らずに受けとめて「その笑顔が曲者なのよね」と上目遣いに。
「でもあなたって素直よね。『今は』って念を押す辺りがね。」
「そりゃそうさ。この街でこの仕事で生きていくには、自分に素直か…さもなければ悪党じゃないとね。」手にしていたグラスを置くとケイは、今度は満面の笑みを浮かべる。
「その笑顔が曲者なのよ。素直な悪党なんて、ほんとに始末が悪いわ。」
やれやれといった体で首を軽く左右に振った彼女の、肩口で切り揃えた髪が揺れてその隙から微かな光が零れた。
「あれ?」ケイは手を伸ばして彼女の髪をそっとかき分け、その光の源を曝け出す。
「あぁ、このイヤリングか。してくれているんだね。」
彼女がちょっとくすぐったそうな仕草で首を振ってケイの指から逃げるとガラス細工のイヤリングが窓からの光を受けて、きらりと揺れる。
「仕事には思いっきり邪魔なんだけどね。」
鼻に微かに皺を寄せて応えた彼女に、意外そうな声でケイは問い掛ける。
「そんなに大きいわけじゃないだろうに。」
「普段イヤリングなんてしないから受話器ぶつけちゃうのよ。」
「でも似合ってるよ。やっぱり選んだ人間のセンスだね♪」
にこにこ顔で彼女を見詰めるケイを、彼女は暫くじっと見詰める。
そしておもむろに天井を見上げるとわざとらしく一つ溜め息を吐き、組んだ手を解いて右手だけ軽く握りこむようにしてそのままそっぽを向く。
夕陽に染まった彼女の顔はしかし、どことなくだが確かに微笑んでいた。
えー、皆様方毎度お世話になっております、性悪狐の清水悠と申します。
いかがでしたでしょうか。先ずはお読みいただきありがとうございます。
今回もあらすじにあるように再掲載です。尚、初出は2004年10月3日です。
街と人をテーマにした作品群の第三話となります。これにて2004年公開版の打ち止めです。
と言うわけで今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。