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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第二章 岩馬
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耳の痛い静寂

 すると先までの戦いの喧騒と今の衝撃を聞いたのか、小屋にたむろしていた残りの禍室の連中がぞろぞろと出てきた。


「ちくしょう」


 吹き飛ばされても尚、意識のあった吾大はよろよろと上体を起こしてそんな悪態を零した。と、同時に円の技をまともに喰らっても余力のある自分に少々驚いていた。


 円の攻撃は間違いなく決まっていたのだが、掌底の踏み込みの際に橋の床板が衝撃を十二分に受け止めきれず損壊してしまい、満足な威力が伝わっていなかったのだ。


「吾大」

「聞いたで。禍室とつるんでいるらしいやん」


 やがて円の跡を追って、ぞろぞろと小絲たちが駆けつける。何はともあれ足止めが上手く言った事実を確認し、環はほっとした。


 円を先頭につかつかと平然たる趣で吾大に近よろうとすると、昨日吾大と共にいた男が紐で縛られている紫を盾にしながら叫んだ。


「止まれ! こいつを殺すぞ!?」


 その恐喝を聞くや否や円は橋の上に転がっていた、吾大の石の剣を目にも止まらぬ速さで掴み、紫に投げつけた。刃は紫の顔面を貫き、後ろにあった樹をへし折るほどの勢いだった。


 全員がギョッとして固まる中、事情を知っている元天聞塾の塾生たちだけが涼しい顔をしている。


「いやぁ助かったよ。お礼は巳坂に戻ったらね」


 紫は相も変わらない軽々しい口調で礼を言うと、文字通り煙となって消えてしまった。縛るべきものを失った夢のつなぎ紐がはらはらと地に落ちると、固まっていた連中がハッとして正気を取り戻した。


「まだやる気か?」


 ローブの下の円の顔はその場の誰からも窺い知れない。それでも全員が易々と挑発していい人間のオーラでないことは感じ取っていた。


「・・・強大だぞ。お前たち全員を合わせたよりも、もっとな」


 そう言い放った吾大の右手にエルガンが集中するのが伝わってきた。その手を勢いよく地面に叩きつけると、地面の一部がせり上がり一本の巨大な土柱が現れた。これは吾大の本当の奥の手だ。一度使用すれば持ち前のエルガンを使い切り、まともに歩く気力さえ失われるが、その分強力な錬金術であった。


「くそっ!」


 それの正体を知っている円たちは素早く環を匿うように取り囲んで迎撃の構えを見せる。


 土柱からは無数の石槍が放たれて円たちを襲う。


 円は先ほど見せた水の柱を川から作って応じるが、飛来する石刃は前とは数も勢いも段違いであった。しかし石の槍が円たちに届くことはなかった。


 景は円の影から無数の黒い腕のようなものを出した。なびきは袖からボロ布を出し、川の水に浸して鞭のように振るい、小絲は先端が鈎針になっている自らの髪の毛を自在に伸ばし、網のようにして全員を覆う。


 それぞれが十八番の妖術を使って夥しい数の石槍を残らず打ち落としていった。


 岩が砕け、水がしぶき、堅い何かがこすれ合う。


 やがてそんな音の交錯が収まると、大小様々な岩が橋に穴をあけ川底にめり込んでいた。


 吾大も含め禍室の連中は、そのどさくさに紛れ込んですでに姿を消しており、耳の痛い静寂だけが残されるばかりだった。


「くそっ・・・」


 円は下手をすると自分の耳にすら届かない程の小さい声でそう言った。そして大きく息を吐くと、フードを外して振り返り、未だに座している環に尋ねる。


「大丈夫か、環」


 その表情はからはすっかりと毒気も気迫も剥がれ落ち、普段の円のそれであったので、環は返って驚いてしまった。


「ま、何とか・・・」

「吾大を足止めして無傷かぁ、噂通り中々やるやんか」


 小絲のそんな賞賛の言葉を素直に受け取りながら助け起こされた環は、ふと朱の姿が見えない事に気が付いた。


「あれ? 朱さんは・・・?」

「ここだ」


 と、円に促らせれるままに視線を動かす。見慣れない外套の袖からは円の手の他に二本ずつ腕が飛び出していて、何とも奇怪な様だった。


「で、これどうすればいいんだ?」


 円がそう尋ねると、頭の中に直接響くような感覚で玄の声が聞こえた。


(どうぞ、そのまま脱ぎ捨ててくださいませ)


 言われるがままに円が外套を脱ぐと、それは淡く光ったかと思えばすぐに普段の黒の袴姿の朱の形に戻ったのだった。


読んでいただきありがとうございます。


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