橋上の戦い
◇
時間は少し戻って、環が葉吹を出し抜いて橋を行く吾大に迫っていく場面となる。
橋は向こう岸へと辿り着く前に、小島を経由する形となっていた。追いかけるだけなら猫である環の方に分があったと見えて、その小島のところでようやく回り込んで吾大の足を止めることができたのだった。
頭に被った環の手拭いが風に煽られてはためいている。
「テメエ、昨日の話を聞いてただろ? 禍室に関わって無事で済むと思ってんのか?」
吾大は年端もいかぬ環の姿を見て、少々憐れんだ声でそう告げた。そう脅して引く素振りを見えるのなら、何とか見逃してやろうと本心から思っていた。
だが、無情かな。無知な客を相手にそれは無用な同情であった。
「知らねーよ。俺はあんたたちがいうところの外様だからな」
「外様? それがなんで和泉屋と一緒にいやがる?」
「色々と訳があってね。今はあの人の弟子なんだよ」
「弟子・・・だと?」
途端に吾大から肩の力が抜けた。一瞬だけだが、纏っていた覇気のようなものがなくなったかとさえ思えたのである。
吾大についてはほとんど何も知らない環であったが、それでも円と同じ錬金術師の塾の同輩という事で、自分が敵う相手ではないと予想はしていた。決して無理はせず、円たちが追い付いてくるまでの時間稼ぎに徹するつもりであった。
なので、吾大の反応は環にとっては好都合だった。
(以外におしゃべりだな。このまま足止め食ってくれりゃいいんだけど)
しかし、そんな考えが頭の中に過ぎったのも束の間。吾大は暗さに深みを増した眼で環を睨みつけながら言った。
そして傍らにあった石塔に手を触れる。それは音を立て崩れ落ち、後には剣の形に磨かれた二振りの剣が残っていた。
「そうか・・・ならテメエが死ねば、和泉屋もオレの気持ちが少しは分かるかもしれねえな」
「予想はしてたけど、やっぱり錬金術師か」
「ああ。和泉屋と同じな」
吾大は右手に持った石剣を地に突き刺した。途端に同じ形をした剣が無数となって土から生え出るように環に襲い掛かる。驚きながらもそれを避け、尚且つ足止めのために向こう岸へと続く橋を背にして戦いの姿勢を取った。
そして、術を見せても尚、戦う気概を失わない環を見て、吾大はいよいよ観念し覚悟を決めて『名乗り』を上げた。
「天獄屋裏百物語十六話『石刃嵐先駆』」
突然の耳慣れない言葉に、環は素っ頓狂な声を出してオウム返しに尋ねた。
「は? 裏百物語?」
環のその様子に、吾大は驚きと憐れみの合わさったような面持ちになる。
「禍室も百物語も知らねえとは、よほど最近転がり込んできたのか・・・可哀相に・・・だが、もう遅い。テメエはもう二つに一つしか道は選べねえぞ? オレ達禍室の中に入るか、もしくは死ぬかだ」
「死ぬとか殺されたとか、ホントにすげえな。天獄屋は」
環は変化を解き、元の猫又の姿を取った。最早正体を隠す利よりも変化に使っている妖力さえも惜しんだからだ。
そうしたところへ再び吾大の先に見せた攻撃が襲ってきた。
二度目の攻撃だったので、先程よりも軽やかに回避することができ、その余力を使って体を捻りながら石の剣に爪の一撃を加える。が、予想に反して石の剣は固く、爪の方が力負けする結果となってしまった。
(想像よりも固い・・・多分、土の中の金属の比率とかを操ってるんだろうな・・・)
やはり錬金術の腕前は到底敵うものではないと感じる一方で、別に錬金術の技術比べをしている訳でもないと強がりも見せた。
環は橋を突破しようと向かってくる吾大を目掛けて火炎を吐いて応じた。しかしそれは、両の手に持たれた石の刃に十文字に切り裂かれてしまう。
火炎が容易く打ち破られたことに環は一瞬戸惑ったが、同時に剣を振るう吾大の動きの鈍さにも気が付いた。円とは違い、錬金術と体術の両方が得意なタイプではないと判断する。細心の注意を払い肉弾戦にて応戦すると、右腕を爪で切り裂き、ついでに左肩にも足刀を入れることができた。
体術では若干だが自分に分がある。環はそう思ったが、それを悟ったのは吾大も同じであった。
吾大は持っていた剣を手放すと瞬く間に十数本の剣を錬成した。その一本々々に含まれている金属が吾大の作った磁場に反応して浮き出し、まるで衛星のように吾大の周囲を回りながら取り囲む。
吾大からしてみれば子供と侮っていた自分への戒めと、肉弾戦では不利と認めての正真正銘の全力である。複数の刃を磁力で操るのは余程の集中力が必要で長くは持たせられない奥義の一つなのだが、環がそれを知る由はない。
周回する石の刃に攻防を委ねて吾大が猛進してくる。刃は単純な回転運動を繰り返すばかりで見切るのはそう難しいことではなかった。けれども、橋を通すまいと避ける選択肢のとれない環にとっては効果的な攻撃となった。
始めの三撃までは何とか掻い潜ることはできたものの、手数が圧倒的に多すぎるせいで後退する以外の手が打てなかった。どんどんと橋を渡られていく中で、環に一つの考えが浮かんだ。
(錬金術で作った剣ならエルガンでどうにかなるんじゃ・・・?)
直感であったが、環はそれに身を任せることを選んだ。すると不思議な事に被っている手拭いの霊力が増したような気がした。まるで自分を使えと手拭いが語りかけている様な気さえした。環は手拭いの端を掴むと、それを吾大に向かって回し始めた。理屈は分からないが、手拭いの端は意思を持ったかのようにどんどんと伸びていき、らせん状に吾大を取り囲まんとする。
すると手拭いから放たれたエルガンによって石の剣の回転に陰りが見え、数本が手拭いに弾かれて橋の欄干を越えて飛んでいった。
環は自分の立てた仮説が上手くいった事に喜んだ。しかし、それは同時に気の緩みも生んでしまったのである。
吾大はそれを見逃さず、残っていた石の剣に意識を集中された。それは回転力を増し、環の手拭いを横薙ぎに吹き飛ばしてしまった。咄嗟の事に反応できず、手拭いごと腕を引っ張られる形になった環は致命的な隙を見せてしまう。
「エルガンを使っての妨害は、エルガンで防げるんだよ」
そう吐き捨てると、吾大は磁力を操り残っていた石の刃の全てを環に狙いを定めて射出した。
目で攻撃を捉えられているのに身体が動かない。環は咄嗟に死を覚悟した。
しかし、その刹那。
目の前に橋の床板をぶち破り、水柱が現れた。飛んできた石の刃は悉く上へと押し流され、一本たりとも環には届かなかった。
環は予想だにしなかった事態に混乱していたが、吾大にはそれが誰の術によるものなのかがはっきりとわかった。わかったのだが、振り返りそれを目で見て確かめるには数間遅かった。
既に円が背後まで迫り、掌底による攻撃を吾大の背中に与えていた。
「吹き飛べ」
けたたましい音と共に吾大の身体は宙を舞うと、環の頭上を軽々と越え橋の袂まで飛んでいった。
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