出し抜き
その言葉をきっかけに全員が戦闘態勢を取った。それと同時になびきが俺達から距離を取る。アイツの術は範囲が広く味方まで巻き添えにしやすい上、二手三手と回数が重なる毎に読まれて対策されてしまうので、少数戦では活かしづらい。ここぞという時の為に付かず離れずの位置を保ってくれている。天聞塾から付き合いのある奴は、呼吸が合わせやすいから安心感が段違いだった。
問題は環と朱だ。
知り合って日が浅いせいで、連携をするのは骨が折れる。その上どっちも血気盛んで攻め急ぐきらいがある。流石に相手のポテンシャルを見誤ってはいないと思うが、信頼に足りていないのも事実だった。
そんな散漫な思考と吾大を追いかけたい焦りに付け入るかのように、浪人男は鋭く間合いを詰めてきた。横に逸れようと思った刹那、奴の持つ太刀が特別な太刀であることに気が付き、俺は動きを変えた。
浪人男はまず朱を狙い、居合抜きの構えを見せた。。だが鞘から抜き放った瞬間、刀身が解けるかのように姿を消した。
「え」
朱の息の漏れる声が聞こえた。刀身が消えた事で僅かの間だけ動きが固まったのだ。俺は奴の太刀筋を読んでそれを防いだ。
「ほほう」
浪人男は俺が初太刀を防いだことに素直に感嘆の声を漏らした。
「今のに反応できるとは、やるな」
「刀身が・・・消えた?」
目の前で起こった事の理屈が分からず、朱はただただ戸惑っている。
かくいう俺も奴の太刀を目の端で捉えていたから何とか反応することができだけだった。もし気が付かないまま戦っていたらと思うと、今更ながらにぞっとする。
「もしやとは思ったが、磨角の『主義刀』だな」
「ああそうか。吾大と知り合いなら刀の正体も知っていたとしても不思議はないな」
「ヒヒヒっ。それをなんでコイツが持っているのさ?」
「きっと俺と同じように磨角が吾大さんに預けて直しでも頼んでいたんだろう。大方、紫の用事ってのはこれを受け取りにくることだった」
面倒ごとというのモノは重って訪れるらしい。今の一太刀で相手の実力が見誤ったものでないことははっきりした。その上、磨角の愛刀を使ってくるとなると輪をかけて危険度が増す。
「円殿、今のは一体・・・」
「あいつが持っているのは『虚無主義の剣』っていう刀だ。説明している暇はない。とりあえず刀身が消えて見えなくなる刀とでも思っておけ」
「厄介な・・・」
それからも男は四対一の不利を感じさせる事無く応戦してきた。
攻めと引きの駆け引きがとてつもなく上手い。吾大を逃がし、増援を見込んでいるからこその時間を稼ぐ戦い方だ。下手な連携で探り探りの動きを見せている俺達は自分で自分の首を絞める結果となっていた。
唯一の救いは、男の持つ「主義刀」を奴自身が使いこなせていないという点だった。もしも正式な持ち主である磨角と同じくらいに使いこなせていたら、更に不利な状況になっていた。
だが、そんな中。一番懸念していた事が起こってしまった。
焦りから攻めあぐねいていた環が不用意に攻め込み、それに朱がつられて前に出てしまったのだ。
男はその隙を見逃さず、鋭い一閃を環に振るう。後列にいる朱も同時に狙い撃てる太刀筋だった。
辛うじて防御が間に合い、更に幸いなことに環の被っている馬鹿に霊力の高い手拭いと賢者の石に攻撃が当たったので、斬撃自体は防ぎきれた。だが確実に殺すつもりで放たれた太刀の勢いは尋常でなく、体躯の小さい環と朱は剣の勢いに吹き飛ばされてしまった。
何とか吹っ飛んでいく朱と環の背中に覆いかぶさり、なびきの伸ばしてくれた布の助けはいったのだが、勢いを完全に殺すことは難しく、俺達は後ろにあった小屋の中にまで飛んでいった。
空き家だったので中には誰も住んでいなかったのだが、それ相応に老朽化が進んでいて俺達が吹っ飛んできた衝撃で小屋そのものが崩れ落ちてきた。
「っぐ」
落ちてくる天井がスローモーションに見えた。
体が直接触れていた朱を抱きかかえると、転がる様に外へと逃げ出した。小屋は野良ネコの住処になっていたようで、驚いた数十匹の猫たちが縦横無尽に散らばっていった。
そんな猫たちの姿を見て、朱がハッとした。
「環がおらん」
「何っ?!」
まさか小屋の下敷きになったのか・・・。
青ざめていく中、浪人風の男も含めて、俺達は全員妙な妖気を感じ取った。これは妖怪たちが幻術を使う時に漂う独特の気配だ。しかも環が放ったらしい気配もある。
ならば、俺達は一体何を幻覚として見ている・・・?
「あの猫・・・まさか」
それにいち早く気が付いたのは、他ならぬ浪人風の男だった。
散り散りに逃げて行った猫たちが一匹、また一匹と霧散していく中、たった一匹だけ、姿が消えずに真っすぐと吾大の後ろを追いかける灰毛の猫がいる。
「行かせるかあぁぁぁっ」
「早乙女ぇっ!」
浪人風の男は吾大を呼び注意を促すと、すかさず踵を返して橋へと向かった。しかし橋を渡ることはできなかった。橋の袂に俺が渡した龍刀を媒介にした強固な結界が張られていたからだ。
「猫は幻覚、この結界も中々にして強力・・・やるな、あのちっこいの」
「なんでも師匠が優秀らしいよ」
その軽口になびきだけが笑って応えてくれた。
しかし、俺まで見事に騙された。もしかすると不用意に踏み込んだところからして、手拭いの防御を当てにした環の作戦だったのかもしれない。
もしそうだとすると、末恐ろしい奴だ。錬金術の修行の段から思っていたが、環は磨けば光る才能をいくつも持っている。
「だが、あのちっこいので早乙女が止められるかな?」
「流石にそれは高望みし過ぎだ。だからさっさとアンタを片付けさせてもらう」
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