粗暴な排除
ちょい長
「わざわざ取りに来てもらって悪いな」
「いや、こっちこそ」
俺が昨日の家を訪ね、半ば強引に吾大さんへの取次ぎを頼んでから凡そ一時間。何となく昨日よりも目に疲れの見える吾大さんがやってきた。
疑念、期待、葛藤、焦燥、不安。様々な感情がぐるぐると渦巻いており、俺は必死にそれを表に出さないように取り繕っていた。
吾大さんの仲間たちは誰が指示をしたでもなく、そそくさと部屋を出て行った。円座に腰を掛けると、目の前の囲炉裏の炭がパチッと音を出してはじけていた。
「ほら。綺麗さっぱり直しておいた。もう落とさねえようにしろよ」
そういって袱紗ごと囲炉裏の脇から太刀を差し出してきたので、俺はお道化ながらそれを受け取った。
「あ、やっぱりばれました?」
「当たり前だ」
呆れが混じった叱責を笑いで躱す。それが終わると俺は真面目な雰囲気を整えて声を出した。
「なあ吾大さん。巳坂に来ないか? 禍室に狙われているなんて心休まる暇ないだろ?」
「馬鹿言え。鍛冶屋が岩馬を離れられるかよ。坂鐘がお抱えにしてくれるくらいのことじゃなきゃ暮らしが立ちいかねえ」
「・・・そっか。ならせめて、なんかあったらすぐに連絡してくれよ。すぐに飛んでくる」
「ああ、そん時は頼むよ」
短いやり取りの中、俺は必死に吾大さんの一挙手一投足を見ていた。決定的に俺を謀っていると断定することもできなければ、本当に紫の事など知らないのだと言い切るだけの根拠もない。
仮に白を切られると分かっていも核心に触れてみようかとも思った。
だが、その刹那。
疑いは確信に変わった。
吾大さんは嘘をついている。禍室との関わりはまだ分からないが、少なくとも紫とついさきほどまで一緒にいた事は間違いない。この袱紗に、その確たる証拠が残っていた。
「ホントは言いたくなかったんだけどさ、聞かなくちゃならなくなった」
「は? 何の話だ?」
「紫はどこだ?」
自分でも驚くくらいドスの聞いた太い声が出た。
「おいおい、昨日も言っただろ? 用事を済ませたから坂鐘に助力を求める伝言を頼んで別れたって」
「それは俺達と会う前の話でしょう?」
「・・・ああ。お前らと会う前の事だ」
俺は太刀を握りしめ、これ見よがしに袱紗を見せつけた。
「だったら何でこの袱紗から紫の煙の匂いがするんだよ」
吾大さんは小さく舌打ちをした。すると目の色が一気に陰り、黒く染まっていくのが分かった。ぼそりと呟いた声は、小さかったがしっかりと俺の耳の中へと入ってきた。
「・・・あの時か」
「それはどういう意味だ?」
そんな俺の問いには答えず、吾大さんはすくっと立ち上がり冷ややかに、淡々と告げて来た。
「円。すぐにここから出ていって全部忘れてくれ。紫はすぐにとは言えないが必ず無事に帰す」
「まさか、そう言われて分かりましたって答えが返ってくるとは思ってないよな」
「思ってねえからこんな顔してんだよ」
吾大さんの言葉に反応して、本当に顔に目が行った。そこには悲哀に塗れた寂しそうな顔があったのだ。その顔に一瞬だけ目を奪われた俺は座布団に仕掛けられていた術に反応するのが遅れてしまった。
座布団の四隅の房飾りが蔦のように絡みつき俺の身動きを封じると、奥の部屋から昨日見た鍛冶屋の連中と強面の妖怪たちがぞろぞろと入ってきた。
「座布団に仕掛けをっ!?」
「後は任せる。こうなったらその太刀も回収しておけよ」
「まちやがれ」
吾大はそう言い残すと、俺の事は最早一瞥もすることなに足早に小屋を出て行った。
残った連中は死んだような目をして淡々と長脇差を抜いたり、裂けた口から涎を垂らしながら舌なめずりをしてきた。これからどうなるかなど、どれほどの馬鹿であっても分かるだろう。
どうやら禍室と繋がっているというのも間違いないらしい。念のために保険をかけておいて正解だった。
身動きの取れない俺の全身に白い布が幾重にも巻き付いて引き寄せられた。突然の事に禍室の連中はギョッとしたものの、身体は反応できていなかった。引き寄せられた先にはしたり顔のなびきがいた。
「ひひひ。貸し一つね」
「何だ、テメエは」
なびきは俺を抱えたまま逃げ出したが、外に出たところで回り込まれてしまった。仲間がいた事で禍室の警戒心が増し、殺意が滲み出てきている。
座布団の術は吾大が施してたものの様で、解くのにもう少し時間がかかる。にじりよる禍室の中にはなびきが女であると見て、下卑た笑みをこぼす者もいた。
それを知ってか知らずか、なびきはいつもの笑い声を出した後に俺に向かって言った。
「しばらく鼻で息をしない方が良いよ」
俺は慌てて肺一杯に息を吸いこんだ。なびきの使う妖術をこの距離でまともにくらったら俺も卒倒する自信がある。
むわっとした生暖かい空気が辺りを包み込む。何も知らない禍室の連中は、その空気を思いきり吸い込んでしまった。
「うぐっ」
と、そんな短い悲鳴が聞こえた。俺達を追って近くにいた数名は気を失うか、鼻を押さえてもがき苦しんでいる。後方にいた奴らだけが辛うじて無事な様子だった。
「な、何だこの腐った牛乳を吹いた雑巾みてえな臭い」
「ふひひひひひ。婦女子の体臭に対してずいぶんな言い方だね。もっともワタシみたいなのにとってはご褒美なんですけど」
残った奴らが鼻を押さえながら無理矢理近づいて来ようとしたが、それは叶わなかった。不意に現れた環と朱の攻撃を背後からもろに喰らい、反撃の余地もなく気絶してしまった。
ようやく術が解けた俺は急いでなびきから離れながら、環たちに向かって言った。
「お前ら・・・待ってろって言っただろうが」
「そんなんで本当に待ってると思ってたんなら、オレの猫かぶりも中々だな」
「全くだ」
環と朱はお互いを見ると得意気に笑い合った。案外いいコンビになるかも知れない。
「それでこれからはどうするんだい?」
なびきは術を収めていたが、残っていた悪臭が風に乗ってこちらにまで届いた。薄まっているとはいえ大分きつい。
「ひでえ匂い」
「ひひひ。ありがとうございます」
猫又の環は人よりも鼻がいい分、余計に堪えているようだった。が、そのおかげで一つの光明が見えた。
「・・・そうか。お前、人よりは鼻が利くだろ?」
「まあね」
「これで紫の場所を探せるか?」
俺は持っていた袱紗を差し出した。環はすんすんと鼻を鳴らし、それを嗅いだ。
「――いや。流石に無理っすね」
「そうか・・・」
「けど、吾大って男の跡なら追えますよ」
「! 十分だ」
吾大の居場所が分かれば必然的に紫の居所もはっきりするはずだ。すぐに算段をつけ跡を追い始める。だが相手は禍室だ、実力では一歩劣る弟子たちの心配もある。俺は部屋から持ってきた秘密兵器を二つ取り出した。
まずは赤ん坊の拳サイズの赤く光る宝石のような金属球を朱へと投げ渡した。
「朱、これもっとけ」
「これは?」
「ひっひっひ。『賢者の石』じゃないか」
「玄に好みの武器に錬成してもらえ。ほとんど思い描いたもの通りになるはずだ」
「金物とも石とも違う、妙な感触だな」
朱の感想には同感だった。俺も初めて賢者の石を触った時は、感動と気色悪さで鳥肌がたった。
「環はこれを」
そしてもう一つの隠し玉だった母から貰った龍刀を環へと渡す。
「いいんすか?」
「俺はこっちの太刀を使うし問題ない。そもそもお前らが大人しく帰ってくれれば貸さなくて済むんだが?」
「んじゃ、ありがたく」
「時間がないから説明を省くが、とにかくヤバい奴等が絡んでいる。いざというときは自分の命を最優先に考えろ、いいな?」
俺は悪戯に恐怖心を呷るためでなく、本心から全員に告げた。禍室の恐ろしさは到底口で説明できるものではない。なびきはともかく、環と朱は想像の中でしか禍室を知らない。侮っているとは言わないが、全容を掴めていないのは危険すぎる。
例え俺の命と引き換えになったとしても、ここにいる奴らが死ぬような事態だけは避けなければならない。特に・・・環だけは、何としても守り切らなければ。
そう思って環の顔を見ると、手元に残った親父の形見の太刀を持つ手に力が入った。
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