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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第二章 岩馬
70/81

手練


「気前良くなりすぎたかな」


 甕井屋を出る時に見栄を張って全員分の会計をしていた円さんは、帰り道で財布片手にそんな事をぼやいていた。


 その時、朱さんを差し置いて抜け駆けのような気がして一瞬躊躇ったのだが、円さんに聞いてみることにする。


「円さん」

「ん?」

「どうにか錬金術の予習とか訓練とかをあの部屋に入らずともやれないものですか?」

「そうだなぁ…」


 と、円さんはあれこれと考えてくれた。その答えが返ってくるのと、店に着いたのとは同時の事だった。


「それならエルガンのもう一つの使い方を覚える訓練をしてみるか?」

「それは妖力以外という意味ですよね」

「ああ。今朝も言ったが、エルガンは元々肉体に宿っているエネルギーを使う方法と、大気中のエネルギーを取り入れて使う方法の二つがある。あの時は説明を省いたが、双方に利点と欠点がある。体内のものを使うなら場所を選ばないし、余計な変換や調節は不必要だ。代わりに100%自己生産になるから空になる事もあるし、キャパシティーも個体差があったり、回復に時間がかかることもある。反面、外部のエルガンなら理論上は無限に使うことができる」


 居間に入るまでの間、立て板に水の勢いで説明してくれた。


「そっちのデメリットはどういうものがあるんです?」

「まず考えられるのは場所を選ぶということだな。潤沢にエルガンが溢れているところもあれば、枯渇気味な場所だってあり得る。他には種類の多さだ。火気、水気、木気、金気、土気、と五行で考えるだけでも五つある、別の理論を持ち出して来るとそれこそ千差万別だ。当然、自分が扱いやすい、扱い難いも出てくる。それに無限といっても場所を変えることが前提だ。同じ場所でエルガンを取り入れ続ければ、それだけどんどんとエルガンが薄くなっていくしな」

「けれど、両方を体得していれば対応できる幅が広がりますね」

「その通り。その上金属加工に関して言えば、エルガンなら何でもいい訳だからな」

「どうすればいいんですか? 外部のエルガンを取り入れるには」

「それも方法論としては幾つかあるが、ポピュラーなのは呼吸で取り入れる方法だな。渡した教科書の中に『訓練用呪文集』って書いてある本があっただろう」


 言うが早いか僕は部屋に行き、段ボール箱の中から使い古しの教科書を取り出した。所々に注意書きや落書きの入っている年代物だ。本の類はまだ十数冊ある。これらを使う時が来るのが楽しみで仕方がなかった。


「持ってきました」

「じゃあ一番最初にある、指先に火を付ける術をやってみるか」


 本気の意気込みの代わりとばかりに僕は手拭いを被る。やはりこの方が調子がいいのは確かだった。


 円さんの言う通り、基本の前書きと説明とが書かれた文章の下に呪文と思しき一文がある。それらに則って俺は術の発動を試みた。


「『耳を澄ませよ。拍手するのは、焚き火だけ』」


 そう呪文を唱えて指ぱっちんの要領で指を鳴らす。すると静電気のような音と共に指先にマッチ一本分の小さい火が一瞬だけ灯った。でもそれは直ぐに消えてしまった。


「くっそ」

「そう悲観すんな、相変わらず筋はいい。そもそも妖怪は妖気を使う感覚に慣れ過ぎているからな、初めてじゃ普通は火すらつかん。」

「気分は魔法使いだぜ、まったく」

「間違っちゃいない。魔法使いや陰陽師が呪文を唱えているのは、正しくこれと同じ原理だ。呪文を発声することで自然にエルガンを取り込む息使いになるのさ。呪文が違えば呼吸も変わるから、術の結果も変わってくる。そして、その息の使い方を声を出さずにできるようになったなら――」

 円さんはいいながら俺と同じように指を鳴らす。


「こうやって呪文なんぞ唱えなくてもできるようになる」


 その火を使って咥えたお化けけむりを吹かすと、白い煙が部屋の中に広がる。


 やがて頬を染めた玄さんが送られて帰ってくるまでの間、俺はずっと指ぱっちんを繰り返していた。


読んでいただきありがとうございます。


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