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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
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筆が重くなってきました。。。

 その時廊下が騒がしくなっていることに気が付いた。人間に化けているのだが、廊下から聞こえてきた不意の騒音のせいで、頭に猫の耳がぴょこんと出てしまい、それを慌てて手で押さえた。


 誰かが口論しているような声が、段々と近づいてくる。


 その声は、円さんと鈴様にも届いたようで、互いに元いた場所に座りなおした。心なしか、また空気が張り詰めた気がした。


 八雲さんはいち早く立ち上がると、そそくさと部屋の外へと消えてしまった。


 しばらくして襖のすぐ向こう側まで気配が近づいてきたのを感じた。いくつかの声で口論をしているようだったが、襖の向こう側でいったん落ち着いた。そして何やら周りを遠ざけようとする八雲さんの声が聞こえると、複数の足音がどんどん遠退いて行った。すると外には、二つの気配が残った。一つは八雲さんらしい。では、もう一つの気配は誰のモノだろうか。


 そう思った矢先、かなり乱暴に襖が開かれた。


「よう」


 飛んできた挨拶は、短いがそれだけで簡単に伝わるほど高圧的な声色だった。


 蘇芳(すおう)色の着流しには、金糸で勾玉のような形が所々に施されている。その上に羽織っている乳白色の羽織りは、裾や襟がボロボロで、まるで血飛沫を浴びたように、赤い斑点がぽつぽつと付いていた。


 その羽織りには、汚れに対しての不潔さはなかった。が、不吉さはあった。


 いや、それを身につけている者からして心地よい雰囲気は感じ取れない。


 耳か隠れる程度に伸びた黒髪は、整えてはあるが何故か禍々しい。が、それ以上に禍々しいのが、その眼だ。気だるく陰気そうな瞳だが、弱弱しさはまるでない。こちらの不安や疑心などを楽しんでいるかのような目なのだ。


 だが、目の前のコレから感じ取れる不吉さの出処は身なりからでも、眼光からでもない。左の前髪をかき分けるようにして、鋭く頭部から付き出している、角から滲み出ている。


 他の妖怪と違い、自身に正体を隠す気はさらさらないのだろう。


 今、目の前に立っているのは紛れもなく『鬼』だった。


「よう、珍しいな」


 円さんは、立ち上がりはしないが、首だけは向けて挨拶を返した。


「なんだよ。昼酒やるなら声掛けてくれたっていいじゃねぇか。寂しいね、仲間はずれは」


「お前と鈴が一緒に捕まる方が珍しいだろう。今日はこれから雨かね」


「天気なんざどうでもいいだろ。それより俺も車座に入れてくれよ」


「入らないで」


 部屋に入ろうとした鬼を、そう制止したのは鈴様だった。


「ん? ああ、そうか。この部屋には入ってほしくないよなぁ」


 鬼は笑った。にやにやとした、わざとこちらの神経を逆なでするような顔で。


「八雲。環君を連れて下がりなさい」


 八雲さんは、はいと頷いた


 突如、会話の中に自分の名が出てきて僕ははっとした。どうしたものかと、どぎまぎしつつ僕は円さんを見た。


 フードの下から覗かせる円さんの目は、心配しないくていいと言っているような気がした。


 ここに居残る理由もなく、すくっと立ち上がると、座布団の皺を直して部屋を出る。


 だが、鬼の脇をすれ違った途端、敵意がふんだんに込められた妖気をぶつけられた。


「オイ。巳坂に来ておきながら、俺に挨拶なしとはどういう了見だ」


 僕はそのまま固まってしまう。振り返るどころか、目線も動かせない。唯一、動く事ができたのは、頬を伝う冷や汗だけだった。


 懐の手拭いに手を伸ばしたところで助け舟があった。


「ああ、悪かった。そいつは今日からウチに奉公にあがるモンだ。如何せん、此の世での生活の方が長くてな、今ひとつ、ここの律が分かってないんだ。後で改めて挨拶にはあがるから、ここは勘弁してやってくれ」


 円さんの声は、こびり付いていた妖気をストンと落としてくれた。

 僕は息を吸うのを忘れていた事に気が付いた。


「じゃあ、お前が例の小僧奉公か。それなら早くそう言えよ」


 恐怖を付きつけられた後に見た鬼の顔は、とても優しい顔に思えた。しかし、それに続いた言葉によって、再び嫌な気配が体に纏わりついてきた。


「お前が来るのを、首を長くして待ってたんだからさ」


 何故見ず知らずの鬼に、待ち侘びられているんだ。そもそもこの鬼は一体誰なんだ。


 こちらの頭が混乱している事など露知らず、鬼はすでに僕への興味をなくしたようにそっぽを向いた。そして、部屋に入ろうとしたところで、再び鈴様に止められた。


「だから、入らないでと言っているでしょう」


「今日はいつにも増して冷てえなぁ。円、別にいいだろう」


「好きにしろよ。確かにこの面子が揃うのは貴重だしな」


 そう言われた鬼の顔を僕は横から見ていた。ほんの一瞬、禍々しさが嘘のように純粋な笑顔になった気がした。しかし、気のせいと言われても仕方がないほど、すぐさま先ほどの嫌らしい笑みに変わっていた。


 鬼は許しが出たのを良い事に、ずかずかと部屋の中を進む。円さんの前をすり抜けると、あろうことか鈴様の隣にくると、肩を抱きかかえるようにしてドサリと座った。


 驚きと疑問を顔に出している僕を後目に、他の全員は何事もないよう、いつも通りという風だった。けれども、鈴様だけは渋い顔になっていた。


 恋仲の間を割いて、あそこまで馴れ馴れしている、そして、それを甘んじて受け入れているような、この部屋の中から漂う雰囲気は不可解でしかなかった。だが、ここまで堂々と誰も取り繕うともしないと、僕の方がおかしいのだと錯覚させられた。


「ところで、そいつは円のところで預かるんだろ?」


「まあな」


 円さんは湯のみを傾ける。


「八雲」


 短い声と目で指図された八雲さんは、そっと襖を閉める。そして、僕は連れられて別の部屋に案内されることになった。


 けれども、襖の一枚程度では猫の耳を誤魔化す事は出来ない。部屋の中の声は、すんなり届いていた。


「ふうん。やっぱり俺の言ったとおりだったろう。お前が頼めば、円は大抵の事は折れてくれるんだよなぁ」



 …どういう意味だ?


 鈴様とあの鬼とが結託して、僕を円さんの所へ行くように仕向けたという事か?何のために?


 ということは、そもそもここに来るように指示をした母上も加担していたということか?



 巳坂に来てからは驚きが続き、巳崎の屋敷に来てからは、更に疑問が増える一方である。


 頭は混乱以外の何物でもなかったが、僕は、八雲さんからはぐれない様に歩くことしか出来なかった。

読んでいただきありがとうざいます。


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