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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第二章 岩馬
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食餌給餌


 岩馬からの帰り道、僕は生まれて初めて駕籠というものに乗った。


 街角でたむろしていた駕籠屋は他の妖怪たちと違い、正体をまるで隠しておらず少しどきまぎとしてしまった。


巳坂でも時折、全く人の姿を介さない妖怪を見ることがある。そいつらに共通しているのは、総じてガラが悪いという点だ。此の世でいうところのチンピラやごろつきと呼ばれるような輩も見た目でそれと分かるような恰好をしているが、天獄屋においては服装よりもより分かり易い。


 恋慕の穴は十分も歩かずに岩馬に着いたのに、巳坂への帰路の駕籠には三十分近く乗っていた。相変わらず天獄屋の中では距離の感覚が今一つ掴めない。


「偶には家じゃなくて、外で食べてみるか?」


 駕籠降りた円さんは僕らを見てそう申し出た。こちらとしては願ったり叶ったりの事なので断る理由などどこにもない。岩馬でそろえた荷を運び屋に預けた円さんは、幾百もある巳坂の居酒屋の中から候補を一つに絞ることに集中した。


 およそ十分の間、うんうんと唸り頭を抱えていた。通りがかった者の中には円さんのその様子を見て、和泉屋が飲み屋を探してるぞ、と呟くのもあった。ここでは日常の光景なのだろう。


 そしてようやく、円さんの中で『甕井屋』という店に考えがまとまった。


 ◇


「らっしゃい」

「よう」

「この間ぶりだな、和泉屋さん」


 暖簾をくぐり戸のついていない入り口から中に入ると店主と思しき男が挨拶をしてきた。その男には見覚えがある。つい先日、円さんの見舞いに来ていた客の中に見た顔だった。


 僕らは少し奥ばった個室へと通された。この数に対して部屋が大きいような気もしたが、悠々と座れるので好意として受け取った。


 席につくと、円さんは品書きを朱さんにずいと差し出して言った。


「偶には飲むかい?」

「うむ」


 朱さんは勝手が分からないと言うので円に注文を任せることにした。円さんは品書きを一つも見ることなく、あれやこれやと酒と肴とお茶とを催促した。


 この甕井屋という店は「鯉」を使った料理が名物らしく、鯉こく、甘露煮、鯉の洗いというような聞き知った料理の中に、暇鯉首(いとまごいのくび)、鯉の炊きのぼり、あっち池のこっち鯉などという、相変わらずの冗談めいた料理も並んでいた。


 そんな料理に舌鼓を打っていると、店主がやってきてさも申し訳なさそうに尋ねてきた。


「すみません。相席お願いできますか?」

「こっちは別に構わないけど?」

「ありがとうございます」

「とは言っても顔見知りでしょうが」

「え?」


 数間置いて甕井屋に案内されて現れたのは、これまたよく知った顔だった。


「八雲さん」

「意外」


 と、少しだけ目を見開いて驚いた。以前であれば絶対に気が付かなかったであろう八雲さんの顔の変化も二日に一度は顔を合わせて妖怪談義をしていればいやでも分かるようになる。


 とは言っても意外と思ったのはお互い様だ。


「こっちの台詞だよ。独りか?」

「私もいるわ」


 僕の影の中から景さんの声も飛んできた。


「もうすぐ、小絲も来る」

「そろい踏みだな。鈴のお守はいいのかよ」

「鈴様は坂鐘に行ったから平気」

「あ、そう。そりゃ巳坂で一番安全だ」


 八雲さんは部屋の戸を閉めると、脇目もふらず円さんの元に歩み寄り目の前に跪いた。そしていつも通りに濡れた着物の裾を介錯しながら、右手を円さんの頬へそっと当てたのだった。


「火傷はもう平気?」

「ああ。お蔭さまで。ありがとうな」


 先月の事件で円さんが負った火傷の手当てに一番尽力してくれたのは他ならぬ八雲さんだった。八雲さんはこと火傷に効く薬を作る腕前では、そこそこ有名なのだそうな。


 けれども円さんが持っているのが酒ではない事に気が付いた景さんは、心底心配そうな声を出してきた。


「…でも調子悪いの? お酒飲んでないじゃない」

「どっかの塾長のせいでな、ウチの弟子に清肝茶がバレたんだ」

「あら、それは御気の毒さま」

「巡はどうだった?」

「良くも悪くも相変わらずだったよ」

「そう」


 そして八雲さんが離れるタイミングで、景さんが僕の影から飛び出してきた。上手い具合に死角に入ったまま、手早く円さんに目隠しをしてしまった。


「それ取らないでね」

「えぇ・・・」


 こうして八雲さんと景さんが加わり、晩酌が再開したのである。皆が盛り上がる中、円さんだけが、


「食べにくい・・・」


 と、暗い愚痴をこぼしてた。


「予約してあったはずなのに…甕井屋のやつ、遊んでいるわね」

「かたじけない」

「いいのよ、この前は揉め事を抑えてくれたんだし。いつか玄さんとも飲みたいわね」

「それは嬉しい申し出です。姉上も私もまだまだ不安な事が多いので、話し相手が増えるのは喜ばしく思います」

「そんなに畏まった言葉でなくてもいいわよ」

「む? 申し訳ない。これはほとんど癖のようなものでして」

「その方がキャラが立つ」

「き、きゃら?」


 いつしか・・・というか八雲さん達が来てからというものすっかり男と女の間に見えない溝が出来上がってしまっている。


 女たちはきゃいきゃいと盛り上がるのに反比例して、僕と円さんは極めて厳かに箸と口とを動かすしかない。


「…何か肩身が狭いんですが」

「奇遇だな。俺もだよ」


 同意してくれた円さんだったが、トイレに行くと言って部屋を出て行ってしまった。目隠しをしていたので僕が戸の傍まで案内したのだがそんな様子も、残された僕も女たちの会話を止めるための要因にはならなかった。


 ところが。


 数分も経たぬうちに戸が勢いよく開らかれた。


「ごめん。遅れてもうた」


 そう言って入ってきた女は、片肌を脱いだ半纏の下に腹掛けと股引きを着、少し膨らんだ胸にはさらしを巻いていた。それはまるで、どこかの祭りで神輿を担いできたかのような風貌であった。


 僕が入り口から最も近い位置にいたせいで、お互いにすぐに目と目が合ってしまった。すると、


「…誰?」


 という、僕と同じ疑問を先に口にした。


「聞いてるでしょ? 円のところの居候よ」

「ああ、評判の・・・けど何で一緒なん?」

「偶然居合わせたみたいだけど、甕井屋がいたずらしてね。相席してるの」

「あ、そう」

「ん? その声、小絲か?」


 廊下から戻ってきた円さんの声が聞こえた。お祭り女は目隠しをしている円さんを見ると「何してん、自分」と極めて冷ややかツッコミを入れたのだが、すぐに景さんの仕業であると納得した。


 そうして揃って部屋の中に入ると、何故か男と女で席がわかれてしまった。


「そういやアンタ、もう傷はええんか?」

「元々そんな重傷じゃない」

「よう言うわ。手酷くやられたらしいやないか」


 お祭り女の心配と叱咤を笑いで包んだようなツッコミが飛ぶ。そして机から少しだけ身を乗り出して、僕と朱さんに自己紹介をしてきた。


「改めまして、ウチは巳縞家(みしまけ)御用取纏役(ごようとりまとめやく)小絲(こいと)。仲良くしてや」

「和泉屋さんにお世話になっています、環です」

「同じく朱と申します」

「聞いとる聞いとる」


 それからは再び女衆だけが酒を飲み、話に花を咲かせ始めた。僕と円さんは反対に終始大人しくなり、箸しか動かす物がなかった。


 そんな状況を打破したかったのかどうなのか、円さんが誰に対してでもなく聞いた。


「そもそも何の集まりだったんだ?」

「別に理由はない」

「鈴様から久しぶりに暇もろてな、そしたらやっぱり飲みにいこってなるやん?」

「ま、そうなるな」

「そっちこそ珍しいやんか。今日はどうしたん?」

「ちょっと野暮用で岩馬まで行ってな。飯の支度も面倒になったし、こいつらにも巳坂の旨い店に連れて行ってやろうと思ってよ」

「ふうん」


 円さんの思いは空しく、それで男女の会話は終わってしまった。そして小声で僕に「帰るとするか」と尋ねてきたので、僕も便乗した。


「そろそろお暇するよ。飲めないのに飲んでる奴に付き合うのはモヤモヤする」

「なら朱だけは置いていきなさいな。もう少し話がしてみたいわ」

「って言ってるけど?」

「円殿が許してくれるのであれば、私ももう少し話がしたいな。今度は姉上にも代わりたい」

「そりゃ構わないさけど・・・」


 物憂げに円さんは言葉を出した。


「ただ、帰りの道連れを頼んでもいいか?」

「すぐそこじゃない」

「実はちょっと気になることがあってな」

「どうしたの?」

「岩馬で小耳に挟んだんだが、禍室が騒ぎを起こしているらしい」

「…」

「物のついでに頼むけど、浅くていいから調べてみてくれないか?」

「わかったわ」

「頼む」


 そそくさと部屋を出て行こうとする最中、円さんは「あ」と声を出して残っている女たちに向かって言った。


「あ、それと。あんまり飲み過ぎるなよ」

「どの口が言うてんねん」


 至極尤もなツッコミを背中で受けつつ、僕らは甕井屋を後にした。


読んでいただきありがとうございます。


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