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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第二章 岩馬
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不潔の気配


 円さんの後ろをついて、僕らは吾大さんを追ったのとは真逆の路地に入った。角一つを折れただけなのに、賑やかしい大通りとはガラリと様相が変わっている。その通りは道の両端にズラリと露店が並んでいるのだが、どの店もどことなくジメッとした陰湿さを醸し出していた。


 そう思ったのは僕だけでなく、朱さんも感じていたらしい。


「何やら雰囲気が少し変わったな」

「人知れず通り。何に使うのかよく分からない品物を探すならここが一番便利だ」


 そもそも何に使うかよく分からない物を探す機会がない。なので一体どれほど便利なのか想像もつかなかった。


「奇妙な店はどの階層にもあるのだな」

「まあな」

「けど全部見て回るの大変ですね」

「それは大丈夫。ここならではの便利な店がある」


 そう言って円さんは通りの入り口辺りでゴザの上に座っていた誰かの元に向かった。


 先ほどから目の端には入っていたのだが、正直どこかの浮浪者かと思っていた。


白い布一枚を全身にかぶっているのだが、その布は所々がほつれたり、破れたりしており汚れも目立っている。そして長さが足りず、布で隠しきれていない手足が病的に白いのが印象的だ。


 そのボロ布纏いは近づいてくる僕らの気配に気が付くと顔を上げ、ふひひひひと気味の悪い笑いで出迎えた。その時にボロ布から覗かせる顔を見て、僕は初めてそれが女であるという事に気が付いた。


「いらっしゃい。久しぶりだね」

「元気そうだな、なびき」

「新顔だね。お連れさんかい?」

「ああ。いまウチで預かっているんだ」

「ヒッヒッヒ。錬金術師だろ? 匂いで分かるよ」


 なびきと呼ばれた女は僕と朱さんの顔を交互に見るとニタニタした笑みを浮かべながら頭を下げてきた。僕が言うのもなんだが猫背で姿勢が悪い。


「なびきと言います。あなた達も錬金術師ならここにくることも多いでしょ。是非とも御贔屓に」

 

 そう挨拶をされたのだが、なびきさんの放つ何とも言い難いいぶせさのせいで僕と朱さんは言葉に詰まり、身動きが取れないでいた。


 僕はどうにかこうにか話題を作ろうと一瞬で頭を働かせ、やっとの思いでそれを声に出す。


「ここは何を扱っているです?」

「ヒッヒッヒ。ウチは物はおいてないよ。探している品物が人知れず通りにあるかどうか、あるんならどこの店にあるのかを教えるってのが商売だから」

「なるほど」


 女は脇に置いてあった杖を手に取り立ち上がった。見た目はRPGに出てくるような魔法使いだが、やはり色々みすぼらしい。


「それで? 今日は何をお探しで?」

「これだ」


 円さんはあらかじめ用意していたのであろうメモをなびきさんへと差し出した。


「ええと――硫黄、水銀、硝酸、炭酸マグネシウム、黄鉄鋼、石灰、木炭、石炭、アンモニア、鶯の糞、虱、馬の尿、鼠の毛、犬の骨、兎の血、フラスコ、ビーカーに後はいつものだね。ヒヒッ」

「ああ、揃いそうか?」

「馬の尿だけは微妙だね。出ていたけど、量がなかった。もしかすると全部買われているかもしれない」

「・・・他にも買う奴がいるのか」


 今日はやけに朱さんと心情がリンクする日だなと思った。


「なら急ごう」

「手分けした方がいいだろう。手を貸すよ」

「そいつは助かるよ」

「円だけは特別だからね。ヒッヒッヒ」


 なびきさんと円さんは簡単に打ち合わせをするとそれぞれが購入する物を手際よく決めた。そして話し合いが終わるとなびきさんは一足先に人知れず通りの客たちの合間を縫って消えてしまった。


 勝手が分からない僕らは円さんの荷物持ちに徹した。


 ここの区画は道の幅が狭く巳坂を思わせるような外観をしている。先に説明のあった通り、どの露店も一体何に使うのかがさっぱりわからない様な品物を陳列して商売をしている。


 その大多数が時代の掛かった古そうな物であったが、中にはパソコンなどの精密機器や電化製品が置いてる店もあった。ひょっとすると此の世でいうところのリサイクルショップとしての側面もあるのかも知れないと、漠然に勝手な妄想をしていた。


 やがて僕らの担当だった買い物が済むと一番最初の場所に戻って行った。そこには既に買い物を終えたなびきさんがおり、やはり気味の悪い笑い声で出迎えてくれた。


「なんとか揃ったね」

「ありがとな」

「いいよ。円とワタシの仲じゃないか。ヒヒヒ」


 なびきさんは品物の入った袋とお釣りとを円さんに渡してきた。


「それにしても、この材料・・・大がかりなものを作る気だね」

「まあな」

「ローブがなくなったらしいね。護身は大事だよ」

「なびきも気を付けろよ。禍室が沸いてるらしいじゃないか」

「ああ、なんだかそんな話もチラホラ聞くね」

「何かあればすぐに知らせろよ?」


 そう聞くとなびきさんは口が裂けんばかりの笑顔になった。すると例の笑い声も咽かえってしまい、悪夢にうなされてる豚のいびきのような息遣いになっている。


「ヒヒヒ。心配してくれるなんて嬉しいよ。あんまり嬉しいから、今日は少し勉強させてもらおうかな」

「今日の支払いはどうする? 金かウイスキーならあるけど」

「それもいいけど・・・そうだな・・・」


 なびきさんはボロ布の中から、勝るとも劣らないボロさの巾着袋を取り出した。それから更に爪切りを取ると円さんに差し出す。


「じゃあこれで」

「爪切り?」

「両足と両手の爪を切って、それをもらえればいい」

「「え?」」


 またしても僕と朱さんの声が重なった。一瞬何かの聞き間違いかと思ったからだ。そんな僕らの様子はまるで気にも留めず、なびきさんは円さんを急かすように言った。


「深爪しないように気を付けてね。ヒヒヒ」


 円さんも円さんで、特に疑問に感じるような様子を見せずに両手両足の爪を切ると、紙に包んで爪切りごとなびきさんに渡した。


「はいよ」

「毎度あり」

「また今度もよろしくな」

「こちらこそ。今度飲みに行くよ、ヒッヒッヒ」


 そうしてなびきさんと別れた僕らは巳坂へと帰る運びになった。


 人知れず通りを離れる時、最後尾にいた僕は何となく後ろが気になって振り返ってみた。が、そのせいで少々ゾッとする思いをしてしまった。


 なびきさんはゴザの上に再び座ると、大事そうに紙の包みをほどいていた。そして中にあった円さんの爪を指でつまむと、何の躊躇いもなくそれを口の中に放り込んだ。


 爪をかみ砕くポリポリという音が耳元に届く。


 僕は生まれて初めて自分の耳の良さを呪った。


 大よそ予想はしていたが、なびきさんもれっきとした妖怪なのだろうと確信した瞬間だった。


読んでいただきありがとうございます。


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