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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第二章 岩馬
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危険な移動


「しかし・・・なんとも壮大な気迫のある方であったな」

「ですね」


 登ってきた石段を降りている最中に、朱さんはそんな事を言った。その顔は湯から上がったばかりのように少しだけふわふわとしている。そうしていると、紫さんが僕らの後ろからこっそりと教えてくれた。


「今の方が『全護(またしざね)母聖(ははのひじり)』様といって、岩馬の頭領をしている妖怪さ。長いからね、みんなで(ひじり)様って呼ぶんだ。あの大木の『木霊(こだま)』ってやつだね」

「なるほど」


 円さんだって承知のことであろうが、そこは妖怪らしく気を使っているのだろう。聖様の事を耳打ちしたら、ふわりふわりと円さんにまとわりつきに行ってしまった。


「それにしても聖様から直々に『甘露』を注いでもらえるだなんて、相変わらず覚えめでたいね」

「悪目立ちってやつだろ」


 円さんがそう呟くと、紫さんはくつくつと楽しそうに笑った。


「ささ、ご挨拶も済ませたし、いよいよお楽しみと行こうか」


 ◇


 恋慕の穴のあった少し開けたところまで下りると、そこからすぐに右の方へとそれて進んだ。林道と通り木漏れ日の移り変わりを目で楽しんでいると、やがて水の流れる音が聞こえてきた。


 苔の生した岩を通り越すと、木々の間から船着き場が見えた。


 こちらは大分賑やかしく、恋慕の穴の数倍の騒がしさがある。


 僕たちは先頭の円さんに倣って順番待ちの列に加わった。人が三人も乗ったならギュウギュウになるような猪牙舟(ちょきぶね)よりも更に小さい舟に乗せられた客たちが続々川下りしていく。


「舟に乗るんですか?」

「まあね。岩馬に来て舟に乗らないなんて、銭湯に行ってお風呂に入らない様なもんさ」

「聖様のあるこの辺りは特別として、岩馬は土の道より川の道の方が多いんだ。舟でなけりゃいけない場所もある。なにより、この馬の背からの下町に向かっての川下りがスリリングでな、一度ハマると病みつきになる」

「スリリングとは、どういう意味だ?」


 横文字になれていない朱さんが僕に尋ねてきた。何とか拙い語彙を活用して説明したのだが、結果としてそれは不必要なことであった。


 僕ら全員が乗り込んだ小舟は徐々に川の流れに乗り下流へと下っていったのだが、その速度が尋常ではなく早かった。しかも川幅は狭くところどころに岩が川の中から顔を覗かせている。そんな流れの中を円さんの棹捌き一つを頼りにぐんぐんと下っていくのだ。


 周りでは僕らと同じような舟がどんどんと座礁したり、転覆したりしている。船頭の円さんはそれさえも軽やかに追い抜き、躱してぐいぐいと進んで行く。


 必死に船の縁にしがみ付きながらも、僕は何となくお約束というか嫌な予感を感じ取っていた。


 ――こういうのって、最後は決まって『滝』だよな・・・――


 僕の予想したセオリーは当然のように外れることなく、舟はその大きさからは信じられない程に高く、勢いよく滝から飛び出して着水した。ゴールたる船着き場の岸からは拍手と歓声が聞こえてきたが、こっちはそれどころではない。


 身をもって「スリリング」という言葉の意味を理解した朱さんと共に、僕らはうな垂れていた。


「これがスリリングです・・・」

「・・・よく分かった」


 そしてグロッキーな僕らを尻目に、円さんと紫さんは嬉々として今の川下りの様を楽しんでいる。


「いやぁ円君は流石のお手並みだね。腕が全然落ちてない」

「やっぱこれだよな、岩馬と言えば」


 そういって円さんは船を岸へと寄せた。さっきまでの感覚とのズレで、舟の進む速度がバカに遅くなっているように思えた。


読んでいただきありがとうございます。


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