力説
「ぃっよっすー!」
煙から飛び出てきた女の頭は黒いショートボブにパーマがかかっていて、とてもフカフカとしていた。セーラー服の似合う華奢で軽そうな体つきなのだが、実際にプカプカと空に浮かんでいる。膝上くらいの長さのスカートからはすらっと細い足が出ており、ブカブカのローファーの先っぽはぼやけていて煙との境目がよく分からない。人の形を取ってはいるが妖怪なのは間違いなさそうだ。
そして何より僕の正面に座っている円さんに挨拶しているものだから、スカートの中が丸見えだった。尤もいくら相手が女でも人の形をしているモノにはどうしたって欲情しないのだけれど。
「・・・知り合いですか?」
「残念ながら知り合いだ」
「なんという塩対応。流石のボクも傷つくぜー☆」
語尾に☆でもついているかのような軽いノリと喋り方だった。円さんは早々にうんざりしたような顔で僕らを指差して女に向かって言った。
「いいから自己紹介でもしてろ」
「そだねー」
「うぜぇ」
浮かんでいる女はクルリと向きを変えると、屈むようにして目の高さを下げてきた。が、それでも僕よりはいくらか高い。
「改めまして、こんにちは。ボクは坂鐘家当主専属の御側御用役目の紫。以後お見知りおきをー」
「あぁ、はい。環といいます。円さんのところに厄介になっています」
「同じく朱と申します」
「棗くんから聞いてるよ。この間はお揃いで大層なご活躍だったそうじゃないか」
紫さんは僕らの後ろに素早く抜けると肩を組んで、そんな風におだててきた。肩に乗っかっている感触はあるのに重量がまるで感じられない。何とも不思議な感覚だった。
「で、何しに来たんだ?」
「つれないなぁ。珍しく円君がやられたっていうからお見舞いに来たんじゃないか。怪我はもういいのかい?」
「まあ、ボチボチとな」
「そいつは何よりだ」
「で?」
「で? とは?」
紫さんは人差し指を頬に当てながら、あざとく小首を傾げて聞き返す。
「それだけじゃないだろ」
「いやいやいや、ホントにそれだけだって。ついでのお見舞いなのは悪いとは思ったけどさ」
「ついで?」
僕らを離れ、円さんの肩を揉みながらご機嫌取りのように言った。
「深角さまに頼まれたお使いの途中なんだよね。けど聞いていたら、何やら円君達も岩馬に行くみたいな話しじゃないか」
「達もって事は…お前もか?」
「そうなんだよ。折角だから一緒に行こうぜー」
転がる様に話がまとまると、すぐに朝食の支度をすることになった。紫さんは率先して台所に入り、柱に掛かっていたエプロンを慣れた手つきで身に着けた。てっきりその流れで包丁とまな板を取り出すかと思いきや、天井の方へ浮かんでいってしまった。
円さんは慣れたように無視して料理を始める。すると上から茶化す様な声がした。
「いやー、ボクまでご馳走になって悪いね」
「ったく」
「そんな機嫌悪くするなよ。ホラ、セーラー服のエプロン姿なんて男の眼福だろ?」
「エプロン付けるんなら少しは手伝え」
「ムリムリ、めんどくさいし」
それからも気の知れた掛け合いは続いた。その内にできた会話の合間に僕は見上げて尋ねてみた。
「紫さんって何でセーラー服着てるです?」
そうしたら、まず不敵な笑いが返ってきた。
「ふふふ。久しぶりにそんな愚問を聞いたぜ」
「え?」
「それはね・・・セーラー服より可愛い服が存在しないからさ!」
紫さんはさして大きくもない胸を張り、威風堂々とした態度でそう言い放つ。
「…あ、はい」
僕の大したほどでもない経験則でも話半分で聞いておけと、たちまちにそう悟った。紫さんの瞳は性質や熱量は違えども、趣味に燃えた輩の目の光り方のそれだった。
「機能美、内容美、様式美を全て兼ね揃えていると言っても過言ではないと、ボクは思っているからね。これだけの美しさをもった服なんて天獄屋だけでなく此の世を探したって見つからないさ」
「一度しか天獄屋を出たことないくせによく言うよ」
円さんの声に紫さんは更に芝居がかった口調と動きで説明し始めた。朝ごはんの支度の最中だから、正直言って鬱陶しい事この上ない。その上、円さんは慣れたように躱しているし、朱さんは絶妙に気配を殺しているので必然的に紫さんの講釈が僕に飛んでくる。
「…そうさ。思えばあの一度の外出が運命だったのさ。円君が高校生の時に、こっそりと彼の通う学校を見学させてもらってね。その時、通学路で見た朝の女学生たち…彼女らの身に纏うセーラー服を初めて見た時のボクの衝撃…分かるかい?」
「分かんねーよ」
「とにかく、そんな訳でそれ以来すっかりセーラー服の虜になってしまったのさ」
「そうですか」
「よかったら着てみるかい?」
「遠慮しておきます」
「ちぇ」
「朱ちゃんはどうだい? その赤みがかったポニーテールに映えると思うぜ」
「いや、私も遠慮させて頂く」
「そう…」
短い間に僕も朱さんが紫さんのあしらい方を覚えていた。それからはクルクルと天井の真下を漂っていたが、やがてバツの悪さを感じたのか出来上がった料理を運ぶのを手伝い始めていた。
やがて、いつもよりも遅めの朝食になった。
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