悪戦苦闘
次の日。
居間で挨拶をすませた後、朱さんと共に実践の部屋へ出向いて稽古をする運びとなった。足の踏み場もない部屋の、さらに奥の寝室にいる円さんを起こさぬように僕たちは息を殺して鍵を開けた。
実践の部屋へ入ると、早速模擬戦を始めた。
朱さんは六尺棒を持ち、俺は手拭いを被った。母から貰った先生の形見とやらではなく、元々持っていた何の変哲もない手拭いだ。アレはよっぽどの事がない限り使いたくはなかった。
両者ともに構えて息を整える。すると合図などしなくともお互いの体が勝手に動いていた。
俺は爪を立てて飛び掛かるが構えられた六尺棒で防がれてしまう。だが問題ない。寧ろわざと防がせたのだ。
爪を引っ込めて棒を握ると重力に身を任せ全体重をそれに乗せた。そのまま勢いを殺さず、巴投げの容量で朱さんを投げ飛ばし六尺棒を奪うついでに、あわよくば勝負を決めてしまう算段であった。
が、考えていた程甘くはなかった。
朱さんは投げられながらもあっさりと六尺棒から手を離し、体を捻りきれいな着地を決めた。すると先ほどの俺のような跳躍を決め距離を詰めた。咄嗟に防ぐことはできたものの、一瞬のうちに攻守が逆転してしまった。
その上、一つミスをした。咄嗟の事で力んでしまい慣れない武器を手放せない状況を作ってしまったのだ。ここで離しても朱さんに六尺棒を返すだけなので自分で自分を追いつめる形になっている。それは相手も承知の事で容易に距離を取らせてもらえない。
腐っても俺は妖怪・猫又だ。朱さんと玄さん相手ならば手の内を曝しても致し方なしと思い、隠していた術をお披露目してやることにした。
通常ならばあり得ないタイミングで六尺棒から手を離す。一瞬であったが、朱さんの顔が訝しむそれに変わった。
俺はきっと眼に力を込める。もしも猫のままであったなら瞳孔がキュッと細くなっていた事だろう。
そして次の瞬間、口から火炎を吐き出した…ように見える幻を見せた。狐火くらいは出せるのだが、まさかこんな訓練程度で朱さんに火傷を負わせるわけにもいかないので、その折衷案だ。
幻覚の火炎に怯んだ朱さんは、ようやく距離を取ることを許してくれた。ここぞとばかりに俺は追撃の手を打つ。自分そっくりの分身を数体生み出して更に混乱を誘う。此の世にいた頃に時たま悪戯で使っていた術だが、戦闘用に使っても差し支えはないはずだ。
けれども朱さんは数間対応に戸惑ったものの、すぐに発した気合の一斉と共に分身を悉く薙ぎ払った。分身は所詮目くらまし程度の事しかできないので、強度は紙よりも脆い。
正体を見定めると、朱さんは六尺棒を上に放り投げた。
予想だにしていなかった行動に思考が止まり、つい六尺棒を目で追ってしまった。その隙をついて朱さんに攻撃を許してしまった。が、服に触れるかどうかの浅い掌底だったのが幸いだ。ダメージにはなってすらいない。
・・・そう思った時点で、俺は朱さんと玄さんの策に嵌っていた。
突如として着物の袖から自分のモノではない腕が二本生えてきた。それは勝手に動き、背中に回り込んで組んでしまった。俺の腕も袖に引っ張られ抵抗する間もなく封じられてしまう。
「なっ!?」
服の中に玄さんが移動している・・・?
そう理解した時には全てが遅かった。
空に放った六尺棒を取った朱さんの鋭い薙ぎが、俺の顔面のすぐ真横で寸止めされた。
「・・・参った」
悔しいがそう言うしか残されてはいなかった。
「服の中を移動できるんですか?」
助け起こされながら俺は聞いた。
「正確に言えば、妖気を移しているだけだ。本体はここにある。触れさえすればどんな服でもあのような戦法が取れるのが我ら姉妹の妖怪としての強みだな」
「そっか。始めから二対一だったんですね」
「ふふ。騙すようで悪いが、我らが着物の妖怪だと失念していた環にも非はあるぞ」
「仰る通り・・・ん?」
そんな会話の中でもう一つの疑問が湧いてきた。
「どうした?」
「素朴な疑問なんですが、玄さんと朱さんって両方が同時に人の姿になれるんですか?」
「・・・何故だ?」
「いや、相手がいきなり二人に分かれるような戦い方ができるなら、面白そうだなと思って」
「できなくはないが・・・たとえ死ぬことになっても絶対にやらん」
「なんで?」
本当に理由が分からなかったので、あっけらかんと尋ねてしまった。朱さんは目を伏せがちに、その上少々頬を赤くしながら答えてくれた。
「姉上も私も人の姿になってしまっては・・・何も身に纏えないではないか」
「・・・」
どちらかが着物となっているのだから、そうなるのは当然だ。少し考えれば分かりそうなものを、つい無意識にセクハラをしてしまった。
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