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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第二章 岩馬
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場当たりな襲撃

 いくらなんでも臨時休業が多すぎやしないかと思った。けど、どうやら円さんの収入源はこの店以外にもいくつかあるらしい。そもそも「酒想金物」という独自の価値観で回っている天獄屋の事だから、僕の思いもよらない様な凌ぎ方があるのかも知れない。



 店を出て戸に鍵をかけた時、タイミングよく来客があった。



「どうも」



「よう、棗」



 そこには坂鐘家の一派である、荒木棗さんがいた。相変わらずコジャレた喫茶店の名物イケメンウェイターのような出で立ちだ。



「こんにちは」


「先日は助太刀頂き忝く思います」



 恭しく言った朱さんは深々と頭を下げた。



 そうだった。先日の天聞塾とのいざこざに巻き込まれた時、八雲さん共々助けに駆けつけてくれたのだ。おかげで事件は早々に収拾し、円さんの手当ても迅速に行えた。僕も朱さんに倣ってお礼を言った。



「とんでもない。こちらこそ、ああいうのを相手にするのがウチの組の仕事なのに」



「今日はどうした? 用事だったか?」



「ええ、実を言うと…ただお揃いでお出かけですか?」



「野暮用を片付けてたら半端な時間になっちまってね、飲みにでも行こうと思ってたところだ。急ぎのようならそっちを優先するけど」



 そう言って円さんは僕らをチラリとみた。



 もちろん、そっちを優先してもらって構わない。円さんに頼むという事は余程の事だし、棗さんが来たという事は発端は十中八九、磨角様の用事だろうから。ところが僕らの予想は当てが外れていたようだった。



「いえ。環君をお借りできれば、と思いましてね」


「え? 僕ですか?」


「はい。正式に和泉屋さんの預かりになったという事で、磨角様からよく面倒を見るようにと言われまして。僕を含め坂鐘の若い奴らと親睦会でも、と」


「へえ。あいつもマメだね」


「といいますか、僕が手を挙げたんです。環君がいれば、ウチの面子と合わせて「集めの揃え」に行けますでしょう?」



 そう言われた円さんは得心が言ったような顔になり、やがてクスクスと笑い出した。



「なるほどね。親睦とは名ばかりでそっちが本命かい」



「そんなそんな。環君の歓迎ももちろん大事ですよ」



「ま、そういう事ならこっちは構わないさ。環、いい機会だからお呼ばれしてみたらどうだ?」



 どうだ、と言われても突然のこと過ぎてついて行けない。何より磨角様が絡んでいるというだけで尻込みするには十分すぎる理由だ。まだ天獄屋の中で円さんと離れたくはないという思いもあるが…それは流石に幼稚過ぎるだろうか。


 …。



「わかりました。折角のお誘いですから」



 僕は結局、好奇心を理由に釣られてみることにした。今日から始めた修行だって、円さんの負担にならず自分だけでもトラブルを解決できる力をつけるために始めた事。



 この程度で尻込みしていては意味がないと思ったからだ。



 すると棗さんは、ニコリと笑ってくれた。



「よかった。きっとみんな喜びます」



 と言う訳で、急遽、天獄屋で初めてのお呼ばれに参加することになったのだった。



 ◇



 円さん達と店の前で別れると、棗さんに連れられてまず坂鐘のお屋敷を目指すことになった。僕を拾えるかどうか不明だったため、面子は未だ屋敷に待機しているらしい。そこで集まって後、河岸を変えて飲み始めるそうだが…。



「あの~、僕がいたら「集めの揃え」に行けると言ってましたけど…」



 なんですか、それは? と尋ねる前に僕の質問を察した棗さんが答えてくれた。



「ああ、お店の名前だよ。「集めの揃え」の通り何でもいいから五個で一組の面子を揃えないと入れない店でね。中々行く機会を作れないんだ。しかも一度行った事のある組は変えないといけないから、これも大変で…けどその分、酒と肴はイチオシなんだ」



 あのクールな雰囲気の棗さんが嬉々として語る様子を見るに、本当に行きたいと思っている店なんだろうな…あれ? でも……



「つまりは僕がいるとぴったり五個一組になると?」


「そういうこと」


「ちなみに何の組になるんです?」



 これから会う面々が分からない以上、何の共通点があるのかまるで見当が付かない。チラリと棗さんを見る。すると実にいやらしい含み笑いを浮かべていた。



 あ、これは付いてからのお楽しみとか、当ててごらんとか何とか言われてはぐらかされて教えてくれない奴だ。



「それはお楽しみって事で」



 やっぱりか…。



「何かヒントだけでも」


「そうだねえ…一つは今ここに「二」が揃ってるから、坂鐘で待ってるのは「三」ってこと」


「それは算数ができれば分かります」


「あ、それもそうだね。じゃあ僕らの数え方は?」


「え…匹?」


「正解」



 それがヒントって事は残りも動物の妖怪って事かな。



 いずれにしても皆目見当が付かない。そもそも正解だって天獄屋の知識に乏しい僕が知っている事なのかも怪しいのだ。


 それから歩く事十分ほど。


 道々、通りがかる店のうんちくを教えてもらいながらとうとう坂鐘の家についた。まだ昼と呼べる時間帯なのに、坂鐘家の開けっ放しの門の向こう側は丑三つ時様な暗影を漂わせている。


 かえって不気味さの演出と化している石塔に照らされた石段を上がって行く。それだけでは心もとないので、棗さんはどこからか取り出した坂鐘の家紋入りの提灯に自前の狐火を灯して先導役を任せている。


 暗がりの竹やぶに風が吹き、笹の葉がそれにそよぐ音が何やら不安を呷り、進む足を急かしているような気さえしてきた。


 この前は玄関から上がってすぐに磨角様の待つ部屋に通されたが、今回は途中で道をそれ家人が使うような通路を通って直に中庭へと連れていかれた。あの薄気味悪く青白い家の中を歩かなくて済んだので、それは良かったが僕はもう一つ気になっていた事をついつい小声で聞いてしまった。



「今日、磨角様はどちらに?」



 すると小さく笑う棗さんが同じような小声で教えてくれた。



「大丈夫。ウチの大将は部屋に籠ってるから。ああなると絶対に出てこないんだ」



 どうなるとなのかは知らないが顔を見せ合う機会がないのは幸いだ。取って食われることはしないだろうが、やはりあれほどの妖気をまとう妖怪には遭わないに越したことはない。


 屋敷はやはり怖いくらいに静まり返っていた。


 だからこそ、不意にかけられた声はよく響いた。



「そいつが鍋島環か?」



 庭を横切っていた僕と棗さんは声のした方向に顔を振った。そこにはサイドテールに銀簪を差し、着物の片肌を脱いだ女がいた。さらしを巻いているので乳房は隠れているが、その代わりと言わんばかりにさらけ出した右腕に真っ赤な竹の刺青が彫ってある。


 いつか時代劇で見た賭場にいる女壺振り師みたいな格好だ。



「スズメ。お出迎えかな?」



 スズメと呼ばれた女は「っけ」とガラ悪く返事をした。屋敷の縁側に立っているせいで、より高圧的に見える。



「この間の騒動の時、大層な活躍ぶりだったんだって? 天聞塾の奴らを全員一瞬で噛み殺したそうじゃねえか」



 いや、噛み殺してはないです。



 そう弁明をしようとした時、縁側からスズメとやらの姿が消えた。だが叫び声を上げたせいで、すぐに飛び上がったのだという事は分かった。



「おらぁぁぁぁっ!」



 スズメさんは空中で気合いを発すると、いきなり殴りかかってきたのだ。ただあまりに高く飛び過ぎたせいで、意表を突かれはしたものの避けるのは簡単だった。


 僕が身を躱すと今まで立っていた場所に拳が撃ち込まれる。そんな勢いで空振りした拳を地面に打ち込んだら、骨が折れるんじゃ……けれど僕の心配とは裏腹にスズメさんは余裕の笑みを見せてこちらを見た。注してみると、彼女の右手は黒々と変色して鈍い光沢を帯びている。


 鉄に変化してるのか?



「動きは中々だな。よっしゃかかってこい」


「かからないですよ」


「あ? 何でだ?」



 こっちの台詞なんだけど。と言う僕の言葉は棗さんが代弁してくれた。



「それは環君の台詞だよ。なんで戦わなきゃならないのさ?」


「なんでって本当なら俺達がぶっ飛ばずはずだった天聞塾の奴らをコイツがのしちまったんだろ? てことは、俺はコイツと戦わにゃ誰と戦って興奮を抑えんだよ」



 ビックリするくらい知ったこっちゃない。これも一種の逆恨みか?


 すっかり興奮しきったスズメさんの目は話を聞いてくれる奴のそれじゃない。それなのにも拘らず、僕はつい話合いを試みてしまった。そのせいで彼女の蹴りに反応が遅れ、今度は避けきれず受けるしかなかった。


 だが先ほどと同じように着物の裾から見えたスズメさんの足は鉄に変化している。咄嗟に身体を引いたから助かったものの、踏ん張って堪えていたら骨をやられていたかもしれない。


 勢いを殺すために蹴りの進行方向に飛んだせいで、足の勢いに乗せられてしまい庭の生垣まですっ飛ばされてしまった。



「っへ。どうした? そんなもんか、おい」



 生け垣の上に仰向けで寝そべりながら、僕はそんな挑発を受け取る。


 流石に僕もここまで理不尽で謂れもない喧嘩を売られて黙っている程、できた妖怪じゃない。


 懐から出した手拭いを頭に被ると猫を被るのを止めた。俺は手拭いの隙間からギロリとスズメを睨みつけた。

読んで頂きありがとうございます。


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