献身的な嘆願
遅くなりました。
慌てた様子で出て行った玄さんが戻ってきた。出て行った時の青ざめた様な顔は少しだけだが和らいでおり、目の奥には何かを覚悟したような芯の強さが感じられた。
玄さんは店にまだ客が入っていない事を確認すると、カウンターの奥でテイスティングをしていた円さんに毅然として声を掛けた。
「円様。折り入ってご相談したい事があります」
「どうした? 改まって」
「私たちに本格的に修行を付けて頂けませんか?」
「修行?」
「はい。今度いつ、先日のような事が起こるか分かりません。その為に日々の研鑽を積んでおくのは無駄ではないはずです」
「それは体術の修行って事か?」
「勿論、それもありますが、体術はきっと朱の方がお役に立てることも多かろうと思います…私の場合は錬金術の修行をお願いしたいのです」
「・・・」
「理屈や知識を蓄えることでしたら私の方が心得ていますし…それに…実は梅ヶ原様に、円様の外套のことを伺いました」
それを聞いた途端、一気に円さんの顔が曇るのが分かった。事情は分からないが、あまり知られたくはなかったことをばらされた様子だ。
「あの野郎、余計な事を」
「私が無理にお伺いしたのです…確たることをお約束はできないのですが、一つ考えがあります。まだ詳しくはお話しできませんが、それでも錬金術を教えて頂ければ、必ずお役に立ってみせます」
「…」
「お願いします、円様」
立ったまま深々と頭を下げた玄さんを見て、円さんは残っていたウイスキーを一気に呷って飲み干した。そして手癖のようにおばけけむりに火を付けて返してきた。
「実を言うと、そういう修行になってもいいか聞こうと思ってたんだ」
「え?」
「環からも同じことを言われてな」
「環くんも?」
振り返ってきた玄さんに向かって僕は黙って頷いた。円さんの怪我の治りを待って、さきほど丁度タイミングがあったので頼んでみたのだ。
「厳しくなってもいいから、より本格的で実践的なことを教えてくれと頼まれたんだ。体術と錬金術の両方をな」
「…そうでしたか」
円さんはカウンターから出ると、店の戸に吊るしてあった営業を知らせる看板を外してしまい、カーテンまでかけた。
「折角やる気が出たんだ。それを削ぐのはもったいない。どうせ客もいないいし、やってみるか? 本格的な修行ってやつ」
その言葉に僕と玄さんは目を輝かせて返事をした。
「「お願いします!」」
読んでいただきありがとうございます。
感想、レビュー、評価、ブックマークなどして頂けますと嬉しいです!




