誘い
「すまなかった。かなり危険な目に遭ったと聞いている。僕の監督不行き届きだった」
「お前の差し金じゃないってことくらいは分かってるさ。そんなに気にしちゃいない」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ」
巡さんは両の手は床に付けたまま、頭だけをそっと上げた。まじまじと心底申し訳なさそうな顔を覗かせる。
「けど、苦労してるみたいだな」
「…やっぱり先生みたいには行かないものだね。どんどん派閥が生まれて、手に負えなくなってきている」
その声は辛労に染まっていた。同時に僕は、梅ヶ原巡という人間はとても正直な人なのだろうという印象を持った。気品の良さは相変わらずであったのだが、改めて見てみるとその陰にどこか儚げというか、幸の薄そうな気配が出てきていた。
円さんは湯呑を持つと、それをすぐに卓袱台に置いた。
酒が入っているいつも調子で湯呑を持ったら、中に熱いお茶が入っているのを思い出して飲むのを止めたというような、そんな仕草だった。
「だから天聞塾の復活なんざ止めとけと言ったんだ」
「面目ない」
「…さっさと止めちまえばいいのによ」
「そうもいかないさ」
巡さんは力強く、円さんの言葉を否定した。その声には妙な執念というか、暗い影が込めてられているように思えてならなかった。
「少なからず、僕の理想を支持して付いてきてくれる仲間もいるんだ」
「そうかい」
円さんは諦めた様な、それでいて最初からわかっていたように返事をする。
そう聞いた巡さんは、より一層の気持ちを込めた様な眼で円さんを見て続けた。
「謝罪をしにきた身の上で厚かましいのは承知しているけど、君の勧誘が目的でもある」
「…」
「天聞塾に入ってほしい。君のような確かな実力者が必要なんだ」
深々と頭を下げ、懇願する。
僕は何となく動いてはいけないような気になってしまい、まるで石のように固まってしまっていた。
少々、長い沈黙があった。
この間に円さんは何を考えていたのだろうか。僕にはまるで見当もつかない事だった。
「俺の考えは変わっていない。先生を蘇らせようなんて、馬鹿な考えはもう止めろ。死人は蘇ったところ死人だ、人間じゃない」
「だからこそ、君の錬金術が必要だった」
ぼんやりしていたなら、思わず聞きそびれてしまうやり取りだったが、二人の会話にとてつもない疑問を持った。誰がどう聞いても『死んだ人間を蘇らせる』という趣旨の話をしているのだから、僕の反応は当然のはずだ。
あまつさえ、巡さんの口ぶりでは円さんの錬金術は死人を蘇らせるために必要な要素を持っている、というように聞こえる。いくら魑魅魍魎が跋扈する天獄屋であったとしても、流石に死人を生き返らせる術が手易いものであるはずがない。
僕のそんな驚きは勿論二人に届くはずもなく、置いてぼりを喰らったかのように会話は進んで行く。
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