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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
30/81

強行

明確な敵役書くのって楽しいですよね

「本当にごめんなさい。お見苦しいところをお見せしました」


 巳縞の門を潜り抜けたあたりで、母はそんな事を言った。しばらくして落ち着いてきたのだろう、声色が普段通りだった。


 玄さんはあくまで柔らかく受け応える。


「…いえお気になさらず。所詮は新参者ですから」

「すみません」


 それからしばらくは、みな押し黙り、ヒタヒタと和泉屋へ歩いて行った。


 先頭を行く母上は慣れたもので、すいすいと裏通りを進んで行く。元々は巳坂の出身だと言っていたので当然と言えば、当然なのだが。


 そう思ったのがきっかけとなり、先程までの話が頭の中にフラッシュバックする。


 母上が元は人間というのは、未だに信じられない。そんなことを口にすることはおろか、素振りであっても感じたことがない。とは言え、僕自身も母上と共に過ごしていた時間は普通の親子よりかは少ないのだ。思えば、自分の母親であるのに知らない事の方が多いような気がする。


 やがて、ふと開けた通りに出た。今まですれ違うのがやっとというような狭さの路地を通ってきた分、開放感がある。


 申し訳程度の柵に囲まれたその場所には乱雑に椅子や机が置いてある。酒の匂いがそこかしこに残っているので、きっと買ったり持ち寄ったりした酒と肴を楽しむための場所なのだろう。


 時間帯のせいか、そこを使っている影はまばらだった。巳坂なので酒を飲むのに場所や時間を気にしない輩が多いとはいえ、寂しさを覚えるくらい閑散としている。


 いつの間にか足の止まっていた母上はどこを見るでなく、ぼんやりとその広場を見ていた。が、それも束の間。再びきびきびと歩き出す。


 しかし、母上の足はまたしても止まってしまう。


 僕たちの前にいきなり五人組の男達が立ち塞がったのだ。


「何か?」

「そっちの坊主。昨日、和泉円と歩いていたな」


 そう言われて僕は昨日、円さんと撒いた追っ手のことを思い出す。


 今日は付けられている気配は感じなかった。けれど待ち伏せとも思えない。たまたま出遭ってしまったのだろう。


「…」

「少し話をさせてもらえないだろうか」


 男たちは真っすぐに僕を見る。


 円さんの名前を出したということは、あくまで目的は円さんなのか?


 恐らく昨日の一件で一番、円さんとのつながりがあると思われたのだろう。


「申し訳ありません。先を急いでいますので」

「あんたは?」

「この子の母親です」

「ならお前も一緒に来てもらおう。そっちの女もな、和泉屋と無関係じゃないんだろ?」

「断ります。急いでいるので」


 無理矢理に切り抜けようとする母上だったが、五人の中で最も厳つい男がそれを止めた。男は顔に違わない声で言う。


「お前らの事情なんて聞いてねえよ。まどろっこしい事はいい加減うんざりだ」「すみませんね。いよいよこうでもしないと和泉屋さんは話も聞いてくれなさそうで」

「…あくまで和泉屋が目的なの?」

「ええそうです」

「という事は、あなたたち…天聞塾ね」

「おっしゃる通りです」


 柔和な笑みで受け答えしているが、空気は張っているし、余裕のない顔をしている。


 何よりも懐からわざと覗かせたドスが全てを物語る。


 それを見た僕たちからも余裕は消えたのだった。


「勝手は重々承知していますが、妙な真似は止めてください。少し和泉屋さんと話すきっかけさえつかめればいいんです」

「虜を盾にですか?」

「そうすりゃ向こうも頷くしかねえだろ。こっちには時間がねえんだよ」


 五人に包囲されると、言われるがまま広場に入った。


 何とかこの場を切り抜けるために頭を働かせるが、妙案など容易くは出てこない。頭数でも戦力でもこちらが圧倒的に不利だ。


 母は元より、玄さんも戦闘は得意ではないと見える。


 唯一、戦えるとすれば僕なのだが、その時は手酷い失敗をしていた。


 実力を発揮するために猫又の生命線ともいえる『アレ』を、あろうことか和泉屋の自室に置いてきてしまっていた。


 それを取りに戻る最中に襲われるなんて。いくらなんでも不覚過ぎた。


「次はどうする? 店に行くか?」

「あまり目立ちたくもないしな。和泉屋さんは今どちらに?」

「さあ? 分かりません」


 そう業を煮やし短絡的に発起した厳つい男は敵意をむき出しにし、母上を喉を掴み、締め上げる。


「いいからさっさと教えろよ」


 助けようと動く僕と玄さんも、あっさりと身動きを封じられてしまった。


 母上の拙い抵抗など、大男にはまるでこたえていない。男も母上の顔色が悪くなっていくのを見ると乱暴に地面に落とした。


 僕は反抗を試みるも、二人がかりであしらわれてしまう。


 男は咳き込み、蹲る母上に尋ねる。


「で、和泉円はどこにいるんだ?」



 その質問に母上は返事をしなかった。


 他ならぬ本人が答えてしまったからだ。



「君の後ろに黒い影」


 そう言い終わった瞬間には、もう大男は円さんの掌底で吹き飛ばされていた。


 あまりにも突然過ぎて、まるで瞬間移動でもしたかのような早業だ。


「――円」

「ダメだ…気持ち悪い」


 ローブの下には未だ具合が悪そうな顔があった。


 足元もおぼつかず、母上の前に蹲ってしまった。


 ようやく状況を飲み込めた他の天聞塾の連中は、すぐさま武器を取りだしたり構えたりして戦闘態勢を取る。


「止しておけよ。俺を呼びに来たのは巳尾長家の手下だ、直に手配が回る。今なら俺が穏便に済ませてやるから諦めな。俺は天聞塾には関わりたくない、その考えは変わらねえよ」

「…あなたの力を借りなければ、もう立ち行かないのですよ。その為には手段は選びません」


 そう言った優男は僕を立ち上がらせると共に腕を封じた。


 そして、何かの術を使う気配を察知した。その刹那、僕の頭は水泡に包まれ、飲み込まれてしまった。


 咄嗟の事で驚き、碌に息継ぎもしていない肺の空気を更に逃がしてしまう。


 ガボガボ、という口から漏れた空気が水中を伝う音だけが、絶望的に耳に響く。


「てめえ」


「私は水にまつわる錬金術の扱いに長けています。このままではお連れさんは溺れ死にますよ」


「環っ!」


 母の悲痛な叫びも水に遮られ僕の耳には微かにしか届かなかった。

読んでいただきありがとうざいます。


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