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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
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過去の受難

猫になりたい。

「ならあちこちから話が飛んでくるのは面倒だから、私が話すわよ」


 全員、返事をしないことを返事とする。


 鈴様の凛とした声は、他ならぬ僕に向けて放たれた。


「まず始めに前提としてだけど…環くん。君の命が狙われている…可能性があるの」

「え?」


 驚いたのは僕だけでなく、和泉屋の面子全員だった。


 玄さんに至っては見るからに困惑と懸念の表情を浮かべている。


「鍋島家の現跡目候補がね、殺されたそうよ」

「…っ!」


 僕はいよいよ取り乱した。この場での発言が冗談である訳はない。


 そして鈴様の口から出た跡目候補という言葉。それは、会ったことこそ数えるほどしかないが、僕のよく知る猫又だった。


 ふと見た母上は眉間に皺を寄せ、眼を固く閉じていた。


「それで猫岳の内輪で色々と揉めに揉めた結果、当主の血を引いている環くんが急遽呼び出された訳。さてここで君の頭には何故自分が選ばれたのかという以前に、そもそも『鍋島家の長男である自分が何故今まで跡目候補から外されて此の世に行かされていたのだろうか』って疑問があるでしょう?」

「はい」


 素直に返事をする。


 今でこそはしがらみなど持ってはいないが、かつては当然抱いていた疑問だ。けれど母上に尋ねても、手白さんに尋ねてもはぐらかしを続けられたことでもある。


 鈴様は気を使ってか、チラリと母の顔を見て伺いを立てた。それは母上にも伝わってようで、微かだがきちんと伝わる声量で応じる。


「…構いません」

「それはね、環くん。あなたのお母さん、つまりはツッキーが元人間だからよ」


「え?」


 母上が元人間?



 驚きすぎるとかえって頭は冷静になるらしい。いや、もしかしたら思考が追い付かなくなっているだけかも知れない。


 どちらにせよ僕は言葉が出せないでいた。


 徐に母上を見たが、ついにその言葉を否定しない。


「今でこそ、ツッキーはれっきとした妖怪よ。あなたがよく知っているとは思うけれど。じゃあ次に出てきた何故人間のツッキーが妖怪になったかという疑問に答えましょう。環くんは『猫岳の湯』って知っている?」

「猫岳の湯、ですか?」

「そう。猫岳に湧く特別なお湯でね、妖怪にとっては普通のお湯と変わらないんだけれど、人間にとっては話が別なのよ」


 そう聞いた途端、円さんの纏っている雰囲気が変わった気がした。


 怒りでも驚きでもない。強いて当てはめるなら、何だか悲しそうな雰囲気になった気がする。


「猫岳のお湯を浴びた人間は猫になってしまう、人間に言わせれば呪いのお湯みたいなものでしょうね。ツッキーは昔にそれを浴びてしまったの」

「な、何故そんな事に」


 なんの証拠もないのだが、僕はふと父を疑った。思えば失礼極まりないのだが、猫岳と聞いてつい父の顔を連想してしまったのだ。


「巳坂では色んな酒を造ってる。その中に猫岳の湯を材料にしてる特別な酒がある。そいつの仕込みの為に…」


 ◇


 鈴様の話はこうだ。


 母、鍋島月子。旧姓篠田月子は、かつて巳坂の住人だった。


 円さんと同じく天獄屋に住まうれっきとした人間であり、天聞塾で共に錬金術を学んでいたらしく、所謂ところの幼馴染という間柄だった。話では鈴様、磨角様、八雲さんに景さんも同じ塾の同級生の関係らしい。


 母と円さんは家も近く、親同士が商売の都合で懇意にし合っていたそうで、それこそ生まれた時から一緒に過ごしていたそうだ。そして母の両親が急死した際、円さんの家で寝食を共にした時期もあるのだという。


 ところが今から十八年前。事件が起きる。


 母と円さんの二人は例によって、鈴様たちと遊ぶために巳縞屋へ連れ立っていた。その日は、とある酒を醸造するために必須である『猫岳の湯』を運び入れるため猫岳からの荷車が数台、巳縞屋に出入りしていた。


 巳縞屋の事情や勝手などは重々承知していた母たちは、作業場の隙間を縫うようにして鈴様の下に急いだ。だがその時、原因はわからないが湯の入った桶が置いてある荷車の一つの車輪が折れ、将棋倒しに荷崩れが起こった。


 先を歩いていた円さんに上から崩れた桶と共に『猫岳の湯』が降り注いだ。


 そして。


 母は後ろから円さんを突き飛ばして、身代わりとなったのだ。


 慌てふためく巳縞と猫岳の者たちが崩れた荷をどかすと、そこにはずぶ濡れになり、ぐったりと気絶している仔猫が一匹いるだけだった。


 その事故はすぐに猫岳の当主であった父の耳にも届いた。


 事情を知った父はすぐさま、当時、母を預かっていた円さんの親を尋ねてきて正式な謝罪をした。更に母の本当の身内はすでに他界している事を知ると、人間を妖怪にしてしまった責任を取る為に、母を正室として猫岳に迎えることを提案したのだという。


 ◇


「それでツッキーは鍋島家に嫁入りして、君が生まれたという訳ね。けど純粋な猫又である猫岳の他の連中は素直に喜ばなかった。元は人間ですからね、色々と言われたんでしょう」

「それは別に問題ではないわ」

「とは言っても口うるさく言う者が多かったのは、環くんが跡取り候補から外されていた事実で分かるわよね?」

「…はい」


 母はきつく否定したが、その事はここにいる誰よりも僕が知っている事だ。


 少なからず、母に対しての嫌がらせ染みたことがあったのは覚えがあるし、手白さんからも聞いたことがある。尤も、母の努力と忍耐はようやく認められて猫岳での確固たる立場を築いているとも聞かされている。


読んでいただきありがとうざいます。


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