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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
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悪意の予兆

本文よりもタイトルに頭を使う今日この頃

 翌日。


 和泉屋は朝から大騒ぎだった。


 朝一で巳縞からの呼び出しがあった上に、円さんがいっそ死んだ方が楽だろうと思えるくらいの青い顔になって苦しんでいたからだ。


 円さんはかなり遅くに、予想を裏切らずぐでんぐでんに酔っぱらって帰ってきた。誰かに送ってもらった様だったが、僕らが気が付いた時には既に跡形もなく消えていたから、妖怪の類に送ってもらったのだろう。


 円さんは酔ってはいたが上機嫌ではなかった。しきりに「チクショウ」だとか、「何でかね」とかブツブツと恨み言を漏らしていた。


 朱さんと協力して何とか布団に運んだ。酔いも手伝って円さんはすぐに眠ってしまったのだった。


「大丈夫ですか?」

「…死にそう」


 寝る前に水の一杯でも飲ませた方が良かったかもしれない。そう思ってしまうほど、円さんはひどい二日酔いになっていた。


 玄さん曰く、いつもは起きてくるという時間に起きてこなかったので様子を見に行った。布団を捲ってみると、青い顔をした円さんがいた。


 三十分かけて起き出し、三十分トイレに籠っていた。当然食事は取れないので、薬と水を出したのだが、それも飲んだそばから戻してしまう始末だった。


「今日はお断りになった方がいいのではないですか?」

「そういう訳にもいかない」


 立ち上がる程度の余裕は出てきたが、依然足元は頼りない。支えがないと歩けないくらいフラフラとしている。


 流石に一人で外出させるには心配だったので、僕と玄さんも付き添いという名の介護役として同行することにした。


 玄さんと僕の肩を借りて辛うじて歩く円さんだが、いかんせん身長が違い過ぎるので介添えというよりは引きずっていると言った方が正しいかもしれない。途中、円さんの顔見知りの数名は笑ったり、心配の声をかけてくれていた。口ぶりから察するに珍しいことじゃないらしかった。


 結局、巳縞へはこの前の倍近くの時間をかけて、やっとたどり着いた。


 門の前には八雲さんがぽつんと立っていた。


「ああ、やっぱりこうなった」


 蛇の目傘の先で弄ぶように円さんを突っつく。湿ったような目は相変わらずだが、この状況だと呆れ顔に見える。


 僕は一番心配している事を聞いた。


「この調子で鈴様たちに会わせて大丈夫ですか?」

「慣れているから平気」

「そうですか」


 やっぱり日常茶飯事なんだろうな。

 しかし、八雲さんは零すよう言う。


「だけど」

「だけど?」

「今日は少しまずいかも」


 僕と玄さんは顔を見合わせた。とは言ってもお互い理由は分からないのだが。


 八雲さんから部屋まで円さんを運んでほしいと頼まれたので、僕たちは再び引きずり始めた。


 蛇の道を中ほどまで進んだ頃合いだろうか。円さんはローブの中から水を出してゴクゴクと飲んだ。そのお蔭か何とか自力で歩けるくらいには体調が戻ったようだ。


 玄関を上がると一昨日とは逆の廊下を通った。案内された先は突き当りの角部屋だったが造りがかなり豪華だ。要人やそれに準ずる妖怪の為の応接室なのだろう。


 ここまでくれば安心だろうと、僕たちは一歩下がった。


 しかし、八雲さんはそれを止めた。


 何故かは分からないが、僕と玄さんも同室しなければならないらしかった。


 全員が恭しく鎮座し、頭を垂れた。それを確認すると八雲さんは中に声をかけ、襖を開けたのだった。


 中で待っていた気配は三つ。その三つとも僕が知っている妖怪のモノだった。

 一つは磨角様。

 一つは鈴様。

 そして、もう一つ。

「母上・・・」


 思わず声を出してしまった。僕は慌てて口を押える。そして詫びの意味で深々と頭を下げた。


 忘れていた。


 この中にいるのはいずれも当主筋の妖怪だ。失礼があっては円さんにも迷惑が掛かってしまう。幸いにも誰からも言及されなかったので、お咎めはなしということみたいだ。一安心する。


 それぞれが一声かけてから入室する。


「…久しぶり」

「…ええ」


 円さんと母上はそんな挨拶をした。


 まさか…知り合いだったのか?


 奥の上座にはこの家の主である鈴様が座っており、机を挟みそれに次ぐ形で磨角様と母上が腰かけている。円さんが末席に座るとちょうどよく四角形が出来上がる。


 八雲さんは母上の後ろを抜けて鈴様の後ろ斜に座った。当然のように金盥に入っている。


 僕たちもそれに倣い、円さんの後ろ斜にそれぞれ座った。


 玄さんは場慣れしているようで、再び頭を下げる。僕もそれに続くと、今更なが緊張に気が付いた。


 そんな中、口火を切ったのは母上だった。

母上はきっと全員を睨みつけてから言った。この雰囲気を良く知っている。母上がかなり腹を立てている時の態度だからだ。


「言われた通り面子が揃うまで待ったわ。さあ、事情を話してもらいましょうか?」

「そうカリカリすんなよ。大仰しいことは何もない。丁稚奉公の面倒を見るために奉公先を紹介したってだけだろ」


 磨角様は変わらずニヤニヤと、嗜虐的な笑みをしている。


「だから、何故よりもよってこの人の店なのかってことを聞いてるの」

「再三説明してるだろう。こいつのところが空いてたからさ。収まるところに収まったってだけさ」

「貴方のところは息子が必要な程手が足りないの?」

「…」


 円さんは何も言わない。


「聞いても無駄みたいね。まあ当主勢の前じゃ下手な事は言えないでしょうけど」

「百歩譲って坂鐘さんの言う通りだとしても、何故貴方が出てくるのかしら? 私は巳縞家にこの子の処遇を頼んだのよ。正式にね」

「ええ、頼まれたわ」

「なら巳縞家の考えを聞かせてもらえますか?」

「その前に一ついいかしら?」

「何?」

「この場は全員、元塾生って立場になってお話ししない? 堅苦しくなって言いたい事も言えないのも居るでしょうし」

「俺は構わないぜ」

「…いいわ」

「だそうよ、円」

「…」


 お膳立てはあったが、それでも円さんは喋ろうとはしない。

 黙ったまま、深い息をしただけだった。


「それでもこの人に言えることはないでしょう。何故環がこの人の店にいるのかを聞きたいのよ、鈴」

「ツッキーが色々と条件を出して来るからよ。私としては全部かなえられていると思うけれど」

「どこがかなえられているというの?」

「言っていいのかしら?」


 その言葉に母上はハッとした。


 そしてすぐさま僕を見るときつい口調で命じた。


「環、少し下がっていなさい」


 その場の空気はすぐに察する事ができた。


 けれども一瞬、僕は戸惑ってしまった。


 その隙が伝わったのかどうか知らないが、鬼が下卑た笑みで僕のことを引き留める。


「別に良いだろ。こいつだって最早、当事者だ。聞いてた方がいい」

「けれど、」

「そうやって隠そうとするからこじれていくんだと思うけどね」

「事をこじさせている貴方がそれを言うの?」

「母上」


 僕の声は部屋の中に馬鹿に響き渡った。


 正直、この時ばかりは鬼の思惑に感謝する。


「僕は言われるがまま此の世へ行って、言われるままに天獄屋に帰ってきました。母上の言う事を勿論信用していたからです。けれど、不信が全くないという訳じゃないんです。お願いします、今何がどうなっているのか聞かせてください」

「…」

「お願いします」

「わかったわ」


 母上は座りなおし、少々乱れた着物の襟を正した。

読んでいただきありがとうざいます。


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