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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
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追われる足跡

ネタ切れが早い。本とか読んで構成を作ります。

 『Zephyr にしかぜ』を出ると素直に店に戻る手筈になった。


 相も変わらず、巳坂の風景を田舎者丸出しでキョロキョロと見回している。


 改めて見ていると、酒屋居酒屋が殆どを占めているのはそれとして、店頭に但し書きや入店制限を設けている店が多いことに気が付く。


 人間お断り、妖怪お断り、地面に足の着く方は入店拒否、水にまつわる妖怪専用、入店する際は体のどこかにある鱗をお見せください、燃えやすい方は入店注意、当店では尻尾を見せないでください、五尺二寸以上の方は入れません、三つ目以上の方歓迎、体の一部ないし全部が無くなっても責任を負いかねます、フード付きのマント着用者は入店禁止―――などなど、数え始めるときりがない。

 

 しかし、これはこれで中の様子が気になるし、何より想像が膨らんで楽しい。もし猫又であることが条件の店があったりすれば、やはり入ってみたい。


 酒屋ばかりで競争率がもの凄く高いだろうと思っていたが、こういった形で住み分けができているようだった。


 しかしその店に入った瞬間、正体がバレそうなものだが・・・


「円さん」

「ん?」


 色々なものに目が奪われる中、ふと気が付いたことがある。


「誰かにつけられてませんか?」

「お、気付いてたか」

「にしかぜを出た後から、ずっと」

「つけられる心当たりはあるか?」


 首を振って否定する。

 そんな心当たりは全くない。そもそも天獄屋で、僕の事を知っている者の方が圧倒的に少ないのだ。


「だろうな。俺に用がある連中みたいだ。ったくモテる男はつらいな」

「どうします?」

「次の角を曲がったら全力で走れ。で、最初の角を右に折れてしばらくすると橋があるから、そこで落ち合おう」

「撒けなかったら?」

「心配すんな。あの程度の連中なら確実に撒ける」

「分かりました」


 言われた通り、角を曲がった途端に駆け出す。


「じゃ、行こう」


 そこそこの込み具合であったが、僕も円さんもスルスルと糸を縫うようにすり抜けていく。やがて僕は右に曲がって追っ手を撒く。しばらく様子を窺っていたが、僕についてくる気配はない。やはり円さんが狙いだったようだ。


 後を追いたい気持ちも強かったが、土地勘がないのでどうすることも出来ない。下手に迷子になって余計な心配をかけるよりも、さっさと言われた通りの橋に向かうことにした。


 ◇


「円さん、大丈夫かな」


 坂鐘家で物騒な話を聞かされた後だ。どうしても良くない事を想像してしまう。けれども、そんな僕の言葉を否定する声がした。


「大丈夫よ、きっと」


 それは景さんの声だった。


 しかし、昨日と違いどこにいるのか見当が付かなかった。


「こっちよ、あなたの足元」


 声は僕の影からしていた。昨日も本棚の影から現れた事といい、影に潜むことができるようだ。


「景さん、何で僕の影に。というかいつの間に」

「あなたが走っている途中でね。追っ手ばかりを気にしてたから、楽だったわ」

「追っ手を撒いていたってのも知ってるんですね」

「まあね」


 影から出てくる気はない様だ。


 円さんの店の時もそうだが、人間に姿を見られるのがとにかく嫌らしい。


 けれど、会話ができるのであれば見えようが見えなかろうが関係ない、僕はダメ元で問いかけた。


「何者でしょうか」

「多分、天聞塾の奴等ね」

「天聞塾?」


 坂鐘家で聞い名前だ。

 円さんと鬼が話題に出すくらいだ、生半可な連中でない事は想像に難くない。


「昔ね、私や凛さまや円たちが一緒に通っていた塾があるの」


 そう聞くと、一つ思い当たる節がある。


「それは、錬金術師の先生の塾の事ですか?」

「あら、もう聞いてるの? なら話が早いわ。そう、その塾の事。先生が亡くなってしまって一度は閉じたんだけれどね、何人かの塾生が集まって新しく立ち上げたのよ。それが今の天聞塾」

「じゃあ元々は同じ門弟ってことですか?」

「上で取り纏めているのはね。さっきの連中は見覚えがないから、新しく入った塾生ね」

「何で付けたりしたんでしょうか」

「さあ。きっと円を何とか入塾させたくてちょっかいを掛けに来たんでしょ。元々言い寄ってはいたみたいだけれど、どうしたって円が首を縦に振らないから、痺れを切せたんじゃないかしら。最近、妙に荒っぽいのよね」

「けど、その先生の跡を継いで作った塾なら、協力しなくていいんですか?」

「冗談。後を継いだなんて思っているのは当人たちだけよ。銀恵(ぎんけい)先生のやっていた塾とはえらい違い。円だけじゃなくて私も願い下げだわ」


 銀恵先生、と初めて件の先生の名前を聞いた。

 勝手に外国人を想像していたが、どうやら違うようだ。


 僕はもう一度、坂鐘家でのやり取りを思い起こす。あの時の円さんの反応や雰囲気からは、とてもじゃないが『天聞塾』とやらに好意的な印象は受けない。それに景さんが気が付いたということは、恐らく円さんも追っ手が天聞塾の関係者であるということは分かっているだろう。


 にも関わらず逃げ出したということは、円さんの胸の内は火を見るよりも明らかだ。


 ◇ ◇


「よう、問題なかったな」


 それから間もなく円さんと合流した。


 何事もなかったような飄々とした様子で、一先ず安心する。


「そっちも大丈夫そうね」


 不意に掛けられた景さんの声に、ちょっと前の僕と同じ反応をしている。


「こっちよ」

「景か。何してんだ?」

「ちょいと聞きたい事があって探してたのよ。そしたら天文塾に追われているみたいだったから様子見てたの」

「助けてくれても良かったんだぜ」


 僕の影の中から鼻で笑う声がした。


「冗談。あの程度、助けるまでもないでしょ」

「で、聞きたいっていうのは?」

「今日の夜は空いてる?」

「空いてはいるが、また呼び出しか?」

「いえ、私が呑みに行きたいの」

「呑みにって・・・うちにか?」


 余程意表をつかれた申し出だったのか、円さんはあからさまに驚いた。


「ええ」

「…珍しい。別に断らなくたって誰かしらいるのによ」

「アンタとサシがいいのよ」

「へぇ」


 と、息が漏れるように出てきた返事には幾ばくかの嬉しさが垣間見える。

 そしてそれは景さんも同じようだった。


「とにかく空けときなさいよ」

「良い酒とツマミとを用意しとくさ」

「そ、ありがと」


 そう言い終わると、僕の影から一切の気配が消えてなくなった。


 姿こそないが行き交う往来の影に、景さんの足跡を見た。


 ◇ ◇ ◇


 円さんは何か考えているのか、それとも追っ手から逃げ切って一息ついているのかは分からないがほんの少し、その場に佇んでいた。


「もう夕飯の支度が面倒臭くなったから適当に出来合いのモノを買って帰ろう」


 やがてそう言うと、何事もなかったかのように歩き出した。


 真っすぐ進めば昨日通った階段に続くはずだが、円さんはまた途中で路地裏の方へ入って行った。


 ここにも様々な食べ物や料理の香りが立ち込めているが、だいぶ様子が違う。


 居酒屋や食堂のような店はなく、料理をそのまま店頭に突き出して量り売りをしているところがほとんどだった。ガラス製のケースや小分けの容器に入っていれば上等で、あらかたは鍋や釜や大皿に雑に盛られて零れんばかりだ。


 此の世にいた頃の、近所の商店街通りを思い出す。賑わい方はそれ以上だが…。


 ただでさえ盛りに盛られた料理の圧が凄いのに、廊下が他に比べて狭いものだから大した客の数ではないのに、かなり込み合っている。


「ここは?」

「ここはおつまみ横丁って言って、酒の肴になるものを量り売りしている店が多いんだ。普通に食ってもおかずになるから、男やもめで買い物に来る奴も多い」

「へえ」

「適当に見繕ってさっさと戻ろう」


 円さんは流石に慣れた様子で、店々から少量ずつ色々な料理を買っていく。


 食べたい物も聞かれたが何を売っているのか見当もつかないので、今日は大人しく円さんの選ぶ品の味を信じることにした。


「こんなものか」


 と簡単な買い物のような口ぶりだが、僕と円さんの両手は塞がっている。どう見積もっても今日の夕食分だけの量とは思えない。


「あ、あとあそこにも寄るか。せっかくつまみ横丁に来たんだし」


 坂鐘家での心労もあったので早く帰りたいのが正直なところだが、まだどこかに寄るつもりらしい。


 黙ってついて行くが、目的の場所が案外近くてほっとした。


「お、ラッキー。まだ残ってるな」

「お社…ですか?」


 石の台座に木製の古びた社がある。


 此の世にいた頃にも、このようなお社は街のどこかにポツンと佇んでいた。ここは天獄屋であることを考えると、少々身構えてしまう。


 しかし、あまり荘厳さは感じられない。


 それは多分、社の左右に八百屋のように積まれた野菜のせいであろう。お供え物なのだろうか、傍目には無人の野菜直売所に見えてしまう。


 円さんは荷物一旦降ろすと柏手を打ち、社に詣でた。それが終わると徐に脇にあった野菜を惣菜の袋に詰め始めた。


「では、ありがたく頂戴します」

「いいんですか、勝手に持って行って」

「大丈夫だ。その為にある社だから」

「野菜を持って行くために置いてあるってことですか?」

「ああ。丁度昨日教えただろ?」

「酒想金物」


 頭に浮かんだ単語をそのまま吐き出す。


「正解」


『想』でのやり取りが今一つ想像できないでいたが、いざ実物を見てもピンと来なかった。


「今のが『想』の取引なんですか?」

「ああ」

「柏手を打っただけで」

「別にああしなければならないって訳じゃないが、あの方が祈りやすいだろ」


 程よく野菜を取り終え、今度こそ帰路につく。


 ぶつからない様に気を付けながら振り返ると、お社の前には拝む者の姿があった。


「持って行き放題ですね」

「そうでもない。祈りに対して常識的な量ってのはあるし、他の人の分だって思いやらないと立ち行かない。毎日持って帰っていたらどうしたって有難味も薄れる。想いと言ったって無限に湧いて出てくるものでもないしな」


 有難味が薄れるという点は同感だ。僕は此の世にいた頃の暮らしを思い出す。


 天獄屋での生活は目新しい物が多くて楽しくもあるが、ぐーたらに過ごす日々にも捨てがたい魅力があった。けれど今更感謝を示したところでどうなるでない。


「ちなみに、度を超えて持って行くとどうなるんですか」

「罰が当たる」


 此の世で聞けばただの子供だましであろうが、ここは天獄屋だ。


 そのような迷信めいた事が現実になろうとも別段驚きはしない。


「そうですか」

「因みに妖怪はあそこから持って行っちゃいけない事になってるから腹が減っても持って行くなよ?」

「分かりました」


 天獄屋には、まだまだ知らない独特の規律がある。しばらくはうかつに独り歩きもままならいだろう。

 

 僕は不意に改めて、此の世でののんきな暮らしの有難さを噛みしめていた。

読んでいただきありがとうざいます。


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