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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
2/81

別れと出発の兆し

少し短めですが、筆を走らせるテンポを殺したくなかったので。


このペースが続けばいいのですが。。。


遅筆にどうぞお付き合いください。

「環、行ってくるよ」

 

 家主がそう僕に声をかけてきた。


 その返事とばかりに尻尾をピクリと動かし、くぁっとあくびをした。いつからはじめたのか、もう幾度も繰り返してきたやりとりだ。


 家の中に人間の気配が消えたのを確認すると、僕はひょいを二本足で立ち窓を開けた。柔らかい日差しとともに風が部屋の中に入ってきた。風には春らしい若葉の香りが鼻に届いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「環」


 その時、ふと名前を呼ばれた。


「母上」


 声のした先を見れば、猫が一匹佇んでいた。真っ白の毛が青草の中でより一層白く見えた。

 母上はそのまま慣れた足取りで部屋の中へと上がってきた。


「久しぶりね、環」


「お久しぶりです」


 春の陽だまりで猫が二匹、三つ指座りで語らっている。人間にとってみれば微笑ましい光景だろう。


 母上はこうやって家主のいない隙をついて尋ねてくる。大抵は他愛のない世間話を交わす程度なのだが、今日に限っては大事な話があると前もって聞かされていた。


「それで話というのは」


「貴方を…天獄屋に戻さなければならなくなりました」


「…え?」


 神妙な顔をしていたので余程の事を覚悟していたのだが、その予想の上を行く話だった。


「なぜ、いきなり」


「爪右衛門様が…あなたをどうしてもと」


「父上が…ですか」


「貴方を正式な跡目候補したいと言われました」


「でも僕にその資格はないはず」


「ええ。私のせいで、本来あなたは正式な跡取りにはなれないはず」


「そんな、母上のせいでは、」



 僕が正式な跡取りになれないことについては、どうやら母上に絡んだ事情があるらしかった。今までも何度か尋ねたこともある。その度に母上は謝るかはぐらかすかのどちらかだったので、いつしか僕もその話題を避けるようになっていた。


「けれど爪右衛門様は、『古い因習だ』の一言で周りを黙らせてしまいました」


「…」


「環には今まで通り平穏なままに過ごしてほしいとお願いしてみたのですが…どうにもあなたには期待が大きいようです」


 そう聞かされるうちに、戸惑いの中に少し怒りも生まれた。


 いくらなんでも勝手過ぎやしないだろうか。


「今さらではないですか。それに僕は跡目を継ぐための準備なんかなにもしていないですし、家のことも何もかもが分かりません」


「ごめんなさい」


「…母上に謝られても僕が困ります」


「それでも、私は謝ります。どうやら不運も子に引き継がせてしまうのですね」



 それから気まずい雰囲気があった。



 板挟みの母上が一番つらいのは分かっているのに、つい甘えてしまった。


 気が落ち着くと家主の顔がちらついた。天獄屋に戻るということはつまり、あの人と別れるということだ。自然と呼吸が深くなった。


「それで、僕はいつ戻るのですか」


「…明後日に迎えが来ます」


「それはまた…いえ、何もかもが急な話なら、お別れも急な方が後腐れがないかも知れません。どの道あの家にはもう十年以上も居ついています。そろそろ潮時なんでしょうね」


「環、分かっているでしょうけれど」


 母上は釘を刺すように言った。


 猫の化生は家人に正体を悟られてはならないという掟がある。掟を破れば、すぐさまその家を立ち去らなければならなくなる……その家主を殺して。


 僕は朗らかに返した。


「大丈夫ですよ、母上。あの人には何も喋りません。けれど近所の猫仲間くらいには構わないですよね」


「ええ」


 母上は最後まで申し訳なさそうな顔をして去って行った。


 僕はその後ろ姿を見送ると窓を閉め、再びソファーの上で横になった。


 頭の中は、それこそ色々な思考が渦を巻いている。無意識のうちに尻尾がパタパタと動いていた。

読んでいただき、ありがとうございます。ぜひ感想や評価をお願いいたします!

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