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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
19/81

坂鐘磨角

少し短めです。

何とか朝に投稿したかったのです。。。

「よう。よく来たな」


 鬼は自分の住処であるせいか、昨日に増して荒々しく部屋と入ってきた。けれども、何故か前に遭ったときよりも禍々しい妖気はまとっていない。


「そりゃこっちは縄張りを貸してもらっている身ですんで。親分さんに呼ばれれば、万障お繰り合わせの上喜んで馳せ参じますとも」

「鈴とはえらい違いだな、寂しいよ俺は。で、呑むだろう?」

「そりゃ出されれば呑むが、出てないものは呑めないな」

「すぐに出て来るよ」

「なら先に本命を済ましておくか」

「本命?」


 円さんは僕を指差す。


「ここで縮こまっているのが、巳尾長家から新しく遣わされた和泉屋の新顔で、名を環という。長い間此の世で暮らしていたから巳坂はおろか天獄屋のこともよく分かっていない。いきなりの本家筋勤めは酷だろうと凛が気を利かしてくれて、ウチで預かることになった。よろしく頼むよ」

「和泉屋さんでお世話になっております、環と申します。昨日は失礼しました。未熟者ですがよろしくお願いいたします」


 はっきり言って、僕のことなど眼中に入っていなかったのだろう。


 ひどく面倒くさそうにあしらわれた。


「あーはいはい、そうだったな。残念だったな円、折角女を侍らしていたのに丁稚が増えて」


 昨日見せた、こちらの神経を逆なでするような笑みだ。


 良くも悪くも鬼の関心は円さんにしか向いていない。


「別に侍らしちゃいないよ」

「玄と朱つったか? どうだい仕事ぶりは」

「大分助かっているよ、男やもめだったんでな」

「へえ、夜の方は?」

「たまに酌くらいはしてくれる」

「どっちのシャクだかね」


 そういってゲラゲラと笑った。


 ◇


 やがて棗さんがいかにも高級そうな酒器を持ってきた。


「で、そっちのはいける口か?」

「残念ながら蛙だよ」

「良かった。念のために持ってきたお茶が無駄になりません」


 酒とお茶を出し終わると棗さんは部屋を出て行った。


 僕は軽く一礼して、それを見送った。


「では、一献」


 厳かな雰囲気で飲み始めたが、ペースが尋常じゃない程早い。


 よく見れば棗さんが持ってきた酒の容器も、かなり大きい物だった。


 僕は完全におまけ以下の存在の様で、ほとんどない物として扱われている。


 張り詰めていた気がぷっつりと切れてしまっている。けれども、醜態をさらす訳にはいかないので、必死に欠伸を噛み殺すのだった。


「最近は忙しそうだな」

「そりゃあ下町の居酒屋に比べれればな」

「こっちだって暇してる訳じゃない。事ある度にどこぞの当主方から呼び出しくらってね」

「ご苦労さん」

「さっきも入り口で会ったけど、新しいのがどんどん増えてるみたいだな?」

「ま、色々とな」

「…天聞塾のせいか?」



 天聞塾。



 耳慣れない単語が出てきた。


 その時、円さんの酒を飲む手が止まった。ローブの下の顔は見えにくいが、渋った声を出だしていた。


「それだけじゃない。他の連中も息を合わせたように動いている――ような気がする。天聞塾は動きが分かり易いし、そもそも過激なことをするのはごく一派だけだ。大したことはない」

「ならいいけど…何かあったら呼べよ?」

「優しいね。友情っていうのは素晴らしい」


 鬼は大層愉快そうに、それでいて嬉しさを噛みしめるような微妙な笑いを見せた。


 けれど円さんは自分の発言が笑われたと思ったのか、拗ねたように盃を呷るのだった。


「言ってろ」

「そう言えば、明日は何かあるのか?」

「いや? いつも通り店を開けるだけだけど」

「なら、また鈴からお呼びがかかるとだけ教えておいてやるよ」

「またかよ」


 うな垂れる頭にローブが深く覆いかぶさって、更に落ち込んでいるように見える。


「そう落ち込むなって」

「うるせえ、どうせお前も一枚かんでんだろ?」

「まあね」

「ったく」

「だから俺も鈴もこうやって心ばかりの持て成しをしてるんだろ。二日連続で上等な酒が飲めてよかったじゃないか。『文七元結』なんて数えるほどしか飲んだことないだろ?」


 結局、十分程度で飲みの席は終わってしまった。一升は入っていたであろう器は空っぽになっている。


 円さんは立ち上がり、伸びをして体をほぐす。酔いでも回っているのか、小さく出たしゃっくりで体がピクリと揺れた。


「ご馳走さん」

「ああ。じゃ、また明日」


 鬼はだらしなく横になり、やる気なく手を振って見送った。


 一先ず何事もなくこの場を去れてよかった。頭に過ぎったのはそんな事だ。


 次は鬼の機嫌が変わる前に、さっさと坂鐘の家を出てしまいたかった。


「悪かったな。呑めないのに付き合わせて」


 玄関まで差し掛かったところでそう言われる。


 というか、僕の挨拶という体裁は円さんの中からもなくなっているのか。


「いえ――あの鈴さまや磨角さまとは、お友達なんですか?」

「幼馴染だよ。けど子供の頃ならいざ知らず、今は互いに立場と言うものが有るだろ? どうしたって一線引いちまう。向こうも気まぐれに気さくになったり、お堅くなったり、立場を利用して俺で遊んだりと好き勝手やってるだけさ」

「鈴さまと恋仲だというのは」

「さあね」


 下駄箱に入れてあった履物を出すと、慌てた様子で棗さんが走ってきた。


 まだ残っていた僕たちを見つけるとほっとした表情になる。


「和泉さん。よかった、間に合って」

「どうした?」

「磨角様が言い忘れたことがあるので、戻ってきてほしいと」

「ったく、どいつもこいつも人を好き勝手に使いやがって」


 少々投げやりにブーツを放り投げると、(かまち)を再び跨ぐ。


「僕も行きます」

「いえ、和泉さんだけでよろしいそうですよ」

「分かった。ちょっと待っててくれ」

 

 円さんは気を引き締めた様だった。


 僕を引き留めるということは、それだけ込み入った話になるからだろう。


 棗さんに僕のことを任せ、円さんは青白い廊下の先の闇の中に消えていった。

読んでいただきありがとうざいます。


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