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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
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ウイスキー講釈

ほとんど趣味の話です。


とは言っても難しいことは書いてませんので。

 言われるまま店に移ると、早速朱さんと着物姿の玄さんにウイスキーの講釈を垂れる運びとなった。


「では、こっちの棚から説明しろと言われたので、その通りにやっていきますが」

「うむ。よろしく頼む」

「ちなみに朱さんたちはウイスキーについてはどのくらいご存じなんですか?」

「西洋の酒、と言う事くらいしか分からん」


 つまり何も知らないということですね。


 困ってしまった。知識の補足をするのと、ゼロから教えるのとではまるで違う。


 学校なんてものも経験がない。思えば誰かにものを教えたり教わったりなんてのは、天獄屋に来てから初めての事だった。


 その時ふと、頭の中に思い出が蘇った。


 初めて…ではないな。


 かつて此の世にいた頃、あの人から書道を習ったことがある。教室や塾とは名ばかりで、月謝も取らず、近所の半紙と筆で墨遊びをするような遊戯場のような雰囲気であったが、時たま真面目に字を教わることもあった。


 およそ授業と呼べるようなものではないかも知れないが、あの時の事を思い出すと、小難しく考えていた自分が阿保らしくなった。


「では、銘柄から始めましょうか。大雑把に覚えてもらって、細かいところを付け足して行くような感じで」


「お手柔らかに頼む…」


 カウンター奥の、ガラス張りの戸棚を開ける。


「ん? けど、玄さんは昨日棚卸してましたよね?」

「姉上は私と違って文字を追うのが好きだからな。帳簿があれば、異国の文字であっても実物と照らし合わせるくらいはできる」


 ふふん、と朱さんは誇らしく笑った。


「僕も実際に飲んだわけではないので、本当に説明的になりますが」


 単純に、左上の棚にあった瓶を順を追って並べていった。


「まず言いたいのが、品揃えですね。正直ここまでヴァリエーショ……品数を豊富に揃えているお店は中々ないと思いますよ」

「まあ、円殿の様子を見ていれば酒に対する熱意の凄さは分かるし、酒に関しては門外漢だが、どれだけ好きなのは店や客を見れば察せされる」


 意外な発言にポカンとしてしまった。


「ど、どうした?」

「いえ、何でもないです」


 今朝から朱さんが円さんの事を彼奴とか貴様としか言っていったので、殿付けで呼ぶのは意外だった。


「順番通りに紹介しますと、向かって左側から『リミデッド・エディション』という名前のウイスキーですね」

 

 と、何の気なしに言ってはいるが、実はとんでもなく高級なウイスキーだ。

 αとβの姉妹製品なのだが、プレミアがつきまくり今ではあり得ない程の高額になっていると聞いたことがある。


「ううむ。まずは異国の言葉の響きに慣れるところから始めねばならぬやもしれん」

「所詮は言葉ですよ。繰り返していれば慣れると思います」

「だといいのだが」


 朱さんはボトルとにらめっこをしつつ、メモの文字を追っていた。


「そもそも、ウイスキーとはどういう酒なのだ。私は下戸だし、姉上は酒は飲めるがこのウイスキーは苦手だと仰っていたが」

「ああ、そうですね。それを説明しましょう」


 僕はカウンターに並んだウイスキーボトルを棚に戻しつつ答えた。本当はまだまだ他にもボトルがあるのだが、全部を紹介するのは酷だろうと思い止めることにした。


「朱さんは、焼酎は飲んだことはありますか?」

「うむ。焼酎なら以前に舐めたことがある。あれもあれで、種別が多くて難儀した」

「ウイスキーは大きく分ければ、焼酎の仲間なんですよ」


 ほう、と朱さんは疑問と興味を一緒にもったような返事をした。


「今の世の中では、お酒は大きく分けて三種類あるんです」

「三種類?」

「はい。醸造酒、蒸留酒、混合酒の三つです」

「う、うん? すまんが、もう一度言ってくれ」


 固くボールペンを握りしめた。

 円さんのようにタブレットは用意できないので、僕も書き出した。


「朱さんが酒ときいて思い浮かべるのは、今は日本酒と呼ばれているんです。これはこの三つのうち、醸造酒と言われているお酒になります」

「ふむ。ではウイスキーは?」

「ウイスキーや焼酎は二つ目の蒸留酒ですね。全部作り方で区別してます。蒸留酒って名前の通り、蒸留することが決め手になるお酒で、往々にして酒精が強いって特徴があります」

「なるほどな」

「で、蒸留酒も十数種類あるんですけど、一先ずウイスキーに絞って説明しますね」


 というかウイスキー以外の酒の説明はできない。


「作る場所によって少しずつ違いがあるんですが、普通は三つの条件を満たせばウイスキーって呼ばれます」


 これも予め書き出して朱さんへ見せる。


「簡単に言ってしまうと『穀物が原料』で『蒸留』をして『木製の樽で貯蔵熟成』させればウイスキーになります」

「樽…というのは酒樽か?」

「酒樽になるのかな?…あぁでも、朱さんが想像してるものとは違うと思います」

「そうか? よく分からぬが」


 イメージが湧けば説明もし易いのだが、どう考えても近代のテレビや本を見ている風には思えないので、諦めることにした。


「一先ずここまでは大丈夫ですか?」

「ああ、辛うじてだが」


 朱さんはふうっと一息を付いた。

 正直言って、触りの触りも良い所なのだが。


「玄さんもいいですか?」


 袖口に目を落とすと、玄さんであろう手が指で丸を作っていた。やはり少なくとも目に見える形でもっていてくれないと、少々戸惑ってしまう。


「では、次ですが、」

「その前に一つ聞いても平気か?」

「何でしょう?」

「穀物で作ると言ったが、具体的には何を指す?」


 メモを指でなぞりながら、朱さんは尋ねた。


「一番多いのは麦ですね。それも大麦です。その次で玉蜀黍かな」

「む? 酒は米で作るのではないのか?」

「日本酒と違って、ウイスキーの場合は麦が主流なんです。逆に米は殆ど使われないですね」

「ほう」

「まあ、飲んだことがないようでしたら一度飲んでみてはどうですか? 案外気に入るかも知れませんよ?」

「確かに・・・始めてみるのにいい酒はあるのか?」

「うーん、それぞれに性格がありますからね…本当の初めてなら見た目とか名前の印象とかで決めるのもありかと」

「ではこれなどはどうだ?」


 朱さんはガラスケースの中にあったウイスキー瓶を一つ指差した。

 

「これは『プロフェシ―』って言いまして、見ての通り容器が中々趣向を凝らしているんですよ」

「うむ。瓶の見た目は好みだな。単純ながら趣がある」


 朱さんはまじまじとボトルを見つめる。

 水晶をあしらった正六角形の瓶には、シンプルながら凝った彫り物が入っている。詳しくは知らないが『キマイラ』という西洋の怪物がモチーフだったはずだ。


「ウイスキー好きが増えるなら喜ぶでしょうし、円さんに言って飲んでみたらどうですか」

「そうさな。これで商いをしている家に世話になっているのだ。多少なり利けるようになっておくのが筋であるか」


 少々考え込んだ後、朱さんは

「昼餉の時にでも尋ねてみるか」

 と言った。


 ウイスキーファンが出来るのは嬉しいものだ。僕も後で飲ませてもらえないか頼んでみようか。


「しかし、よくもまあこれだけの数を作ったものだ。全て中身が違うのだろう? 人間の酒に対する気構えが最早恐ろしいな」

「ウイスキーだけでこんなにありますからね。他のお酒も合わせたら大変なことになりますよ」


 朱さんは呆れるような溜息を零す。


 プロフェシーをしまうと、さらにウイスキーの説明を進める。けれども材料の違いやグレーンとモルトの違い、産地の違い、蒸留方法やピートの話などを説明しても恐らく付いてこれないと思い、どうしたものかと頭を抱えた。


 あと教えられそうなことと言えば…。


 ああ、そうか。


「では、もう一つの基本的なことで、飲み方を教えておきますね」

「飲み方? 茶道のような作法があるのか?」

「いえいえ、そんな格式の高い話でないです。例えば日本酒は冷やか燗をつけるか、もしくは雪で出すくらいしか飲み方はありませんが、ウイスキーはもっと色々あるんです」


 渋い顔をして、朱さんは再びペンを固く握った。


 流石にここからは横文字を使わざるを得ない。


「基本的なものですと、オン・ザ・ロック、ストレート、水割り、ハイボール、あとはトワイスアップくらいを押さえておけば大丈夫だと思います。このお店はカウンターがあって、飲み屋としても営業してるみたいですから。お客さんの相手をすることがあれば、今みたいな注文をされることが多いんじゃないですかね」

「すまんが、書き起こしてくれ…」

「じゃあ、どんな飲み方なのかも簡単に書いときます」

「頼む」


 さらさらと、本当に簡単に書き連ねた。


「では一つ一つ説明しますが、難しく考えないほうがいいと思います」


 実物があった方が分かり易いだろうと、カウンターからグラスを取り出して、身振り手振りを入れつつ教えていった。


 一しきりの説明が終わると、朱さんは目を押さえながら、背中を反らした。見るからに勉強疲れが出ている様子である。


「一気に詰め込んでも無理でしょうから、今日はこのくらいにしておきますか」

「ああ、助かる。姉上はまだまだ物足りぬかも知れませぬが、許してくだされ」


 カウンターの上にはメモ帳の紙が所狭しと並んでいた。


 朱さんはそれをまとめつつ、口を開く。


「しかし、先にも言ったが酒一つ取ってここまで手法を凝らすという気概には恐れ入るな。まだまだ細かな差異はあるのだろう?」

「正直に言ってしまうと、まだまだこんなものじゃないですね。産地や作り方は教えてませんが、それでも大きな違いがたくさんあります」

「そもそも、このウイスキーという酒はどういった経緯で出来上がったものなのだ?」

「そうですね。諸説あるんですが、元々の酒を蒸留するということを思いついたのは、錬金術師だったって言われてます」


 そう言った瞬間、パズルのピースをはめるように、自分自身の心中で妙に得心の行くことがあった。


 そうか。だから錬金術なのか。


「ん? どうしたのだ?」


 少しの間呆けてしまったようだ。僕は何でもないように取り繕い、話を元に戻した。


「昔は蒸留器なんて変わった機材を持っているのは錬金術師くらいでしたから。ある日、出来合いのお酒を蒸留してみたら、今までとは違う味わいのお酒になったんです。当時の人は、それに不老不死になる効き目があるなんて信じてしまって、挙ってお酒を蒸留したそうです」


 そういうと朱さんは得心がいったような顔で頷いた。


「なるほど、円殿も錬金術師だからそういう繋がりもあるのか」

「そう言えば、朱さんも錬金術を習っているんですか?」

「正確に言えば手習いしているのは姉上の方だ。姉上が聞いているなら必然的に私も講釈を聞くことになるので、多少は耳に残っている。そう言えば、環は錬金術を?」

「知識としてなら多少はあります。今度から円さんに正式に教えてもらいます」

「そうか、姉上に学友が増えるのは何よりだ。私では満足に受け答えが出来ないからな」


 朱音さんは、さも自分のことのように笑う。


 短いやりとりだが、大分姉妹の仲が良いんだなと感じていた。

読んでいただきありがとうざいます。


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