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里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。  作者: 音喜多子平
第一章 巳坂
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錬金術師

ようやくタイトル触れられた。



 夕飯が終わり、せめて洗い物でもしようかと思っていると、円さんの部屋に呼ばれた。


 入った部屋は他の部屋とは打って変わって、洋風の作りだった。天井からぶら下がるランタン風の照明が、あの人の家の書斎にあったものと似ていた。


部屋の中は、お世辞にも綺麗とは言えない。間取りこそまあまあ広いが箪笥、机、テレビ、小型の冷蔵庫、乱雑に積まれた本、脱ぎ捨てられた服、ノート型パソコンにプリンターなどが縄張り争いをしている。そして何より印刷用紙やノートの切れ端と思しき紙切れが部屋の大半を埋めていた。


 その中で、さっきまで円さんが着ていたローブだけが丁寧に掛けられている。

 あからさまに物を退かして作ったような場所に座布団があり、そこに座らされた。


「どうも昔っから後片付けってのが苦手でね」


 部屋の様相みた感想が顔に出ていたのか、円さんはそう切り出した。


「さて、色々と俺も整理が付いていないんだが、改めて明日からはよろしく頼むよ。うちはご覧の通り、ウイスキーを中心にした洋酒を専門に扱っている。店の事と天獄屋のことと、じっくり教えていくからそのつもりでな」

「こちらこそ、改めてよろしくお願いします」

「部屋の用意はいいんだろう? 明日からは忙しくなるだろうから、今日はゆっくり休むんだな」

「はい。それで明日からはどうすればいいですか?」

「ん? そうだな」


 円さんは机の上にあった手帳を開いた。


「まず、磨角のとこに顔を出さなきゃいけねぇな」

「磨角?」

「さっき会っただろう? 巳縞にいたあの鬼だよ」

「う…」


 確かに挨拶をしなければならない妖怪であろう雰囲気は感じたが、正直気が滅入る。


「あの方はどういう妖怪なんですか?」

「そうか。まずそこだけでも教えておくか。」


 円さんは手帳を閉じた。


「ここの階は天獄屋の中で『巳坂』と呼ばれている階層だ。一番の特徴と言えば、酒の製造と販売を担っている。更に特徴的なのは、頭首筋に当たる家が二つあるってところだな」

「二つ?」

「そう」


 円さんは頷いた。


「天獄屋には十三の階層があるってことくらいは知ってるだろう? そして、その階ごとに取りまとめをしている顔役ってのが決まっている。それが頭首だ。巳坂を除いた他の階層には大体一つずつ、そういった御家がある」

「巳坂にだけ二つあるわけはなんです?」

「それは、明日の朝教えるよ。お前の他に朱って奴にも同じことを教えなけきゃならないやつがいるからよ、手間は省きたい」


 やはり、この家には他にも誰かがいるというのは間違いなさそうである。


「今日はざっくりとだけ覚えておけばいいさ。ともかく、昼間に会ったあいつらが今の巳坂を取り仕切っている巳縞家と坂鐘家の両頭首ってことだ」

「結局はお偉いさんなんですよね」


 説明を受けても気が滅入ることには違いなかった。


「まあな。けど、一応の筋は通さないと後々怖い。心配しなくとも、俺が一緒にいるから今日みたいにはならねえよ」


 そう言われてポンポンと頭を軽く叩かれた。


「あいつは、見ての通り鬼だが話は分かる奴だ。きちんとしておけば問題ない」


 そう言われて、さっきあの鬼が言っていたことを思い出した。



『お前が来るのを待っていた』



 僕と八雲さんがいなくなった後、その話が出たかもしれない。しかし、何故か言及するべきではない気がしてしまい、言葉を喉の奥へ飲み込んだ。


「それじゃ明日は朝飯食って、午前中いっぱい使って今の続き。午後から坂鐘へあいさつ回りって流れで行こう」


 明日の予定が決まると、部屋に戻って寝るように言われた。


 椅子から立ち上がったところで、円さんの後ろの壁に掛かっていた額に目が留まった。なぜ今まで気にならなかったのかが分からない程の大きさの絵である。


 絵の中央には裸の人間が描かれている。いや、翼が背中から生えているので、これは俗にいう天使というやつであろう。天使は顔も髪も身体も女性的かつ男性的であり、性別が断定できない。その両手には双頭の蛇が巻き付いた剣を持っている。よく見れば、台地ではなく大きな亀の背に乗っているのが分かる。そしてその頭上には人面がある太陽と月のようなシンボルが描かれていた。


 部屋の装飾としては、少々インパクトが強すぎる。


 それよりも僕が気になったのは、この絵の題名であった。


 額縁の下に、まるで美術館の作品のように札がついている。



「錬金術は           。」



 という具合に、不自然な隙間の先に句読点がある名札だった。


 その刹那、かつて飼い主だった男のもう一つの口癖を不意に思い出した。そして、ついぼそりと囁くような声でそれを暗唱してしまった。


「錬金術はあらゆる世界の扉を叩く」


「何!?」


 ガコンッ。

 と、円さんの後ろの壁から物音が聞こえる。それは目に見ても分かるほどの変化だった。


 隠し扉だ。


 煌々と灯るオレンジ色のランタンの光が、さらに下へと続く階段を照らしていた。


「……」

「……」


 嫌な沈黙だった。

 どう考えたって、見てはいけないものを見てしまった。


「何で合言葉を知ってるんだ?」


 何事もなかったよう冷静に扉を閉めた円さんにそう聞かれた。声色が普通だったのが僕の気を軽くする。


「…さっきも言いましたけど、この世で飼い主だった人の口癖です」

「何者だよ、お前の主人は。もしかして同業か? 妖怪相手の何かをやってるのか?」

「いえ、僕に対しても何の違和感も感じないくらい、妖怪的なことには疎い人でしたよ。だからこそ、そういった類のものにはすごい位の憧れを持ってましたが」


 円さんはじっとこちらを見た。僕の言葉に虚偽があるのかを確かめるように。


 そして、

「ま、ここで彼是考えても仕方ないか」

と結論付けた。


 お咎めなしということでいいのだろうか。僕には、おっかなびっくりと采配を待つしかない。


「巳縞でも言ってたけど、俺は錬金術師なんだ」


 そうだった。実を言えばそれについても詳しく聞きたかった。


 円さんはまた座り、僕もそれに倣って座りなおした。


「今開いちまったのは、言ってみれば研究室と言うか実験部屋への隠し通路だよ。さっきみたく、この部屋の中でこの絵のタイトルを口にすると戸が開くよう、術で隠してる。(すこぶ)る気になるだろうが、危ない物もあるから勝手に入るなよ」

「分かりました」


 と素直に答えるが、そう聞くとやはり気にはなる。


「合言葉はあまり口外しないでくれよ。尤も部屋にも鍵は掛かってるし、合言葉を知ってるやつは沢山いるから気にはしないけどよ」

「それは合言葉としてどうなんですか?」

「そのお前の飼い主とやらが知ってるくらい、錬金術業界じゃ有名な言葉だしな。そもそも、俺が錬金術を習っていた塾の生徒なら全員知ってる」

「錬金術の塾があるんですか。流石は天獄屋といいますか」


 鈴様たちの口ぶりもしやとは思っていたが。

 もし本当なら通ってみたい気がする。

 つくづくあの人に毒されている部分が多いなと苦笑した。


「陰陽師や魔法使いだって、別段珍しいとは言わない世界だからな。此の世の感覚の方が敏いと大変なのは分かる。俺の場合は逆だったが」

「逆?」

「小中高は普通に此の世の学校に通ってたんだよ。両方に折り合いをつけるのが大変だった」

「その錬金術の塾っていうのはまだあるんですか?」


 そう聞いた途端、雰囲気が陰鬱としたものに変わるのが分かった。怒っている訳ではないが、少なくとも円さんにとって嫌な感情が芽生えたのは紛れもない。そういう声と目だったのだ。


「どうしてだ?」

「いえ、少し興味があったので、もしそういうところに行ける機会があったらと」


 慎重に言葉を選ぶ。


 理由は不明だが、僕の質問に他意がないのが伝わったのか、円さんの心中は落ち着いたようだ。


「残念だがもう残ってない。そこの塾長が亡くなってな、何年も前に解散してる」

「そうですか、残念ですね」


 もう少し聞きたいことはあったのだが、これ以上失言をしないよう、飲み込むことにした。


「ま、そんな顔すんな。錬金術だったらちゃんと教えるよ」

「本当ですか?」


 その言葉に思わず声のトーンが上がった。


「ああ。リプシー・ロールを知っているくらいだ。かえって教えがいがありそうで楽しみだ」


 それは嬉しかったが、あまり期待されるのも得意ではない。けれどもやはり嬉しさの方が勝ったような顔になってしまった。


「さて、見せるつもりのないものまで見せちまったが、明日からはてんやわんやだ。寝れるときに寝ておくとしよう」


 今度こそ話は終わり、僕は円さんの部屋を後にする。


 廊下に出て、部屋の戸を閉めた。その暗がりの影踏むばかりの場所に景さんがぼうっと立っていた。


「ひっ」


 考え事に気を取られ、気配に気が付かなかったので、肝を冷やした。部分的に顔の変化が解けてしまった。


「話は終わったかしら?」

「は、はい。今終わったところです」


 僕は顔を作り直して答える。


「そう」


 景さんは部屋の戸を叩いた。


「円。私も今日は一旦戻るわ」


 戸の向こうからは、くぐもったような声で返事が聞こえてきた。


「それじゃまた明日ね、環くん」

「はい。おやすみなさい」

「うん。おやすみ」


 景さんは音もなく闇に溶けていった。


 ◇


 あてがわれた部屋へ入る。


 どうやら玄さんが気を使って布団を敷いてくれたようだった。


 眠るときくらいなら構わないだろうと、僕は猫の姿に戻った。眠ることは三度の飯より大好きである。枕まで用意してもらって申し訳ないが、それは使わずに掛け布団の隙間に潜り込むと、体を丸め、鼻先だけ呼吸ができるようにした。


 今日という日だけで理解が追い付かない事が多すぎる。だからこそ、今日くらいは何も考えずに寝てしまいたかった。


 寝付きはとても良い方だと思う。その上緊張か疲れか、いずれにしても睡魔も味方してくれた。


 僕は瞬く間に眠りに落ちた。

読んでいただきありがとうざいます。

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