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王国動乱 11

 キール老人が点けたランプの明かりは炎のように揺れない。

 一定の光量を保ち部屋を照らし続けている。

 これは一体何だろうか。


「良いか。仮にこれがドラゴンの死体だったとするぞ。こうして標本になっておるが、薬漬けにせんと腐るとこれには書かれておる」


 そんな仮定が成り立つのか?

 流石に標本にされるようなちっぽけな魔獣と一緒にされたらドラゴンも怒るんじゃないか。


「何じゃその顔は」

「いや、ドラゴンはまた別なんじゃないんですかね」

「ん? おぬしはドラゴンに詳しいのか」

「あーいやいや、違います。そう思っただけです、すいません」

「ふん。まあ良い。時におぬしはその辺の店でドラゴンの皮など売っておるのを見たことはあるか」


 無いに決まってんだろ。

 ヤりまくって繁殖しまくってたとしてもその辺には売ってなかっただろ。

 いやドラゴンの夫婦生活とか知らんけど。


「無いですよ」

「そうじゃ。無いんじゃ。おかしいとは思わんか?」

「おかしい? その辺に売ってるほうが変ですよ」

「たわけが。その辺に売ってるかどうかという事では無いわ」


 あんたが言ったんじゃねえか……。


「文献には実に様々な品々が出て来る。魔獣の素材を使った装備を作って、中には魔石などという物も使ったそうじゃ。それらで戦ったと、そう書かれておる。大昔の話じゃな」


 そこら辺はよく知らん。

 俺の時代じゃ鉄とか銀が関の山だし、そんな珍品見たことも聞いたこともない。


「ではそれらはどこへいったのか。貴重であったそうだ。何故誰もその存在を知らん? 話に出てくるだけというのはおかしいとは思わんのか。強大な力を持つ品を、人間がそんなに簡単に手放すかの?」


 それはその通りだ。

 だが、戦乱の最中で失われていったのではないのか。


「それとか、魔族と戦って折れまくったとか」

「それで負けたのならそれもあるかもしれんな。だが勝ったのじゃ。そして魔獣を駆逐した。当時の人間が、仮に戦いの中でそれらを失ったとしても、その過程でまた作るはずじゃ。違うかの?」


 それもまあそうなるだろう。


「ここに答えがある。この標本にな」


 このちっぽけな死骸に?

 

「腐ったんじゃよ。もしくは風化した。そうして、失われていった」

「腐るって……そんな素材使って武器にするのはおかしくないですか?」

「そうじゃ。おかしい」


 嬉しそうにキール老人が笑う。


「よしよし。いいぞ。当時は今より遥かに戦いに関して優れた力を持っておったはずじゃ。残された資料の数々がそう言っておる。そんな当時の人間達がそんな欠陥品を使うはずがあるまい」


「つまりじゃな。当時は腐ったりなどせんかったんじゃろうよ」


 はてな。


「腐らせないような技術を持ってたってことですか?」

「おお! 良い発想をするではないか。なるほどな……そういう事もあったかもしれん」


 やっぱりエルヴィエルとちょっと似てるぞ。

 話の途中で急に自分の世界に入ってブツブツと考え始めたりするところとか。


「キールさん?」

「ん、うむ。だがやはり少し違うな。その技術で作られた物が全て失われたというのであれば、今度は別の疑問が出て来る」

「えーと、つまりどういうことですか?」


 スッ、とキール老人の顔から喜色が消える。

 心なしか暗いようにも見える。


「……ワシはな、こう結論付けた。人間が魔法を失ったのと同じく、魔獣もその力を失ったのだと」


 



 キール老人の話は、たしかに説得力があった。

 女神の消失と共に魔法の力が衰えた人類と同じく、魔獣も力を失った。だからこそ、力を失っていったはずの人類が魔獣を駆逐せしめたのだと。


 腐らないはずの魔獣の素材が腐るようになり、過去の遺物は失われていった。

 魔石や神秘的な力を有していたはずの物も、ただの石くれへと変わっていってしまったのではないか、と。


「魔獣も魔力によって魔獣たりえていたのじゃろう。魔族を見んのもそうかもしれぬな」


 ……それは、どうなんだろう?

 エルヴィエルは自分のことをほとんど語りたがらなかった。

 だからその考察に関して俺が意見できるようなことは何もない。


 だがエルヴィエルはたしかに魔法を使っていた。

 この世は魔力に満ちている。

 そうも言っていた。


「女神のせいかどうかは分からん。だが明確にそこを境に魔力というものが失われていったと、文献を見る限りでは――」


 俺の魔力は魔法のようなものだとエルヴィエルは言っていた。

 キール老人がさっき魔法を使ってみせたように、人間が魔力を全て失った訳でもない。

 俺はただ人より潤沢な魔力を持って生まれたのだと、そう思っていたが。


 魔獣まで女神の隠遁と共に魔力を失ったというのはどういうことだ?

 女神は魔獣にも魔力を貸し与えていたというような、そんな話になる。

 エルヴィエルには影響があったようには見えなかった。

 

 いつしか考えても意味が無いと忘れ去っていた疑問が再び渦巻く。

 その答えを導き出せそうな老人が目の前にいるが、俺の疑問を投げかける訳にはいかない。


 俺の探知の魔力は決して吹聴してはならないと、エルヴィエルから強く言われている。

 



「魔獣の生態に関して、まあその変異の考察は終わりにしよう。例の男の問題じゃ」


 キール老人に意識を戻す。


「魔獣の研究は魔術師にとってそう珍しいものでもない。その道を進んでおれば多くの者がそこを通る」

「何故です?」

「異質じゃからな。閉ざされた魔法の道を進むと、そこにあの時代から今尚生きる研究対象がおるのじゃ、当たり前のことじゃろう」


 そういうものか。

 しかし魔術師が魔獣を狩る姿が想像できない。


「キールさんはどうやって研究したんですか? ご自分で捕まえにいったりしたんですか」

「阿呆。研究とは魔獣の体をこねくり回すことだけではないわ」


 いやいや。

 だからあんたが今そんなようなこと言ったんじゃねえか。

 チラリ、とキール老人が横目で俺を見る。


「だがまあ、おぬしの言うように研究対象がおるのに手に入らんのでは誰も満足せん。ワシも手に入れたな。金で買ったがな」


 なんて時代だ。

 魔獣を扱う商売があるなど、思わず将来街の人間がこぞって魔獣を庭に繋いでいる絵が思い浮かんでしまった。魔王ですらドン引きする未来だろう。


「いくらしたんですか?」

「値段などどうでも良いわ!」


 キレる老人。

 だから杖で叩くんじゃない。


「魔獣は先も言ったように力を失っておる。無論危険な存在に変わりは無いがな。弱い魔獣を捕らえて魔術師に売る連中がおる。その商売をしておるのが、ガリア王国じゃな」


 マジか。随分と需要の少なそうな商売に思えるが。


「まあ儲けようとしておる訳ではなかろう。数少ない魔術師ではあるが、だからこそ今もその道に進む人間は皆、本気の者達ばかりじゃ。ガリア王国はその商売を通じて魔術師を集めておる。実際多くの者があそこに集っておる。日の目を見ないワシらの動向を気に掛ける者も少ない」


「それって取り締まられたりしないんですか」

「するじゃろうな。が、そんな事までワシは知らん」


 手燭の火が消えかかっている。

 意味が無いことに気付き、覆いを外して息を吹き掛け消す。


「ガリアは魔獣研究の最先端という訳じゃな。もしあのボルグという男がその研究の産物で生まれた薬のようなものを使ったと仮定するなら、納得もいく」


「そうですか」

「魔獣との関連はワシが見た訳では無いので推測でしかない。で、実際に見たおぬしはどう感じる。この標本と、ワシの話と、ボルグをその目で見て剣を交えたことを総合して、おぬしはどう感じるのじゃ」


 うーん。

 腕組みして考えてみる。


「難しいですね。ミハイル様からガリア王国のことを聞く前に、ボルグとやり合っている最中に魔獣みたいだ、って思ったのは間違いないです」

「うむ」

「あの、なんでボルグが固まったのかは思い当たることありますか」


 俺の一番の疑問はそこだ。

 なんか失敗した、のだろうが、俺はどうせ終わりだと言っていたボルグの言葉が気になる。

 あの結末を知っていてああなることを選ぶだろうか。


「悪いが何とも言えんな。その固まった死体を見てみんことにはな」

「まあ、ですよね」


 

 結局、結論を断定できないので保留するしか無い。

 しかし俺にとっては大きな収獲となった。

 キール老人の話してくれたことは面白かったし、勉強になった。

 ミハイル様が戻るまで待つ。


「このランプ、これって何ですか? 火じゃないですよね?」

「それか。ワシも良く分からん」


 えっ。

 唖然とする。


「ワシはこの部屋に残されていた物をそのまま利用しているにすぎん。そのランプに明かりを点す呪文ややり方が記された書物を読み解き、その通りにしているだけだ。それでも、四年掛かった」


 しまった。またキール老人に暗い翳が射す。


「ワシは優れた魔術師でもなんでもないぞ。いや、もはやそんな者はこの世にはおるまい。ここはミハイル様達が発見するまで手付かずだったようでな。百年以上昔のものだ」


 ここが。

 とてもそんなに長い間放置されていたようには見えない。

 まあ掃除はしたのかもしれないが。

 置かれた品々が傷んでいるようには見えない。


「惜しいな。衰退に抗った魔術師達も、百何年前はまだこれだけの技術や知識を繋ぎとめていたということじゃ。これが繋がっておればな。捨てたものはもう戻ってこんということじゃ」


 暗に、魔法なんて価値が無いと学問を疎かにしている現代っ子を批判しているかのようで、なんだか居心地が悪い。


 こんな俺が探知の魔法を使うと知ったら、キール老人はどう思うだろうか。

 しかし俺の魔法は研究が難しそうだ。

 知られたら、頭や腹をかっさばかれそうだな。

 やはり黙っておくに限る。




 扉が開き、ミハイル様が顔を見せる。

 後ろに部下を連れているのだろうか、複数の人間がいるのを捉える。


「キール殿、お話は終わりましたでしょうか」


 おいおい怖ーな。

 自分が待たせといて、あんたいつまでやってんの、みたいなことをこの爺さんに言うとは。


「申し訳ありませんが答えを出すまでには至りませんでしたな。その男の死体、手に入りませんかの」

「やはり、難しいですか。何とか手を打ってみましょう」


 うーん、闇。



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