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王国動乱 6

登場人物紹介

 デイロス・リンツ……レプゼント王国貴族。中央統括公爵。貴族然とした紳士的な振る舞いの若き当主。

「先日、巫女様の件で骨を折って頂きましたな」


 ミハイルが話し出す。


「私の失態です。ルンカト公に北に集中して頂きたいと思い、こちらで対処するつもりだったのですが」


「あの折の敵、リンツ家でありました」

「馬鹿な!」


 にわかには信じ難い。

 リンツ家は陰の王族と言っていい。政争などに関わる必要も無い程、その立場は保障されている。また、現当主デイロスは野心家とは到底思えなかった。


「老公が、オルリア連合国と通じているのは確かなことです。ただし、王国に反旗を翻すというような様子ではありません」


 引退した、前公爵。デイロスではないと知り、少し安堵する。


「あくまで、巫女様に関わることでの手引きでありました。それ故、公にお伝えせず伏せていたのですが」

「話してくれぬか」


 こちらも全容を把握している訳では無い、という前置きからミハイルが話し出す。


 老公の狙いが何かは不明。

 オルリア連合国から何か見返りを受けるつもりなのは間違いないだろうが、それもはっきりはしない。

 問題なのは、裏組織と通じたことだろうか。


 とにかく、あの件については終わった。

 ネイハムに動いて貰うことで、リーゼンバッハは隠れおおせた。

 オルリア側に尻尾は掴まれなかったはずだ。


 だが、リンツが関わっていたことはあの時点で不明だったのだ。

 リンツ家であれば、ネイハムとリーゼンバッハ家を繋ぐのは容易い。

 遡って、王都とルンカトを行き来していたコモーノが狙われたのではないか、というのだ。


 おそらく、とミハイルが言う。


「公が固める南部で手を出すことも、公に敵と思われることも避けたかったのでは無いかと。今回の一連に乗じて、ガゼルト公一派によるものだと思わせたかったのかも知れません」

「では、今回の件以前からコモーノは狙われていたと?」

「そう予測しています」


 ネイハムは考える。

 ならば巫女の一件、終わっていないではないか。

 そも、ネイハムはミハイルの求めに応じてラスターをエイゼルの補助に据えたにすぎない。

 エイゼルを表に出さないために。


 しかし、巫女の件にこれ以上踏み込むのは躊躇われた。

 万が一それでネイハムが糾弾されれば、バランダル家どころか王にまで波及しかねない。


「公、この件は我々にお任せ下さいませんか」

「それが良いとは思うが……こちらで動かしている者を、ただ放り出す訳にはいかぬ。ガゼルト公派閥の動きも、コモーノが握っていた」


 ネイハムに焦燥が生まれる。

 これがルンカトであれば。

 感情が昂ぶって粗野な言葉遣いになっていることにも、気付かない。

 

「そちらについても、最大限探りをいれます」

「うむ……。俺はどう動くべきか。ちと分からなくなってしまったな」

「ひとまず、今動かしている者達には撤収を。今回の件については、すぐに痕跡を消してしまうのが良いかと」


 ラスターがどう動いているか考える。

 多分上手くやっているはずだ。

 おそらく今頃、エティゴに取り入ってあの女を餌に、誘導しているに違いない。

 そういう事は上手そうに見える。

 だが今となっては逆に、深入りしてしまったなら面倒だ。


「今夜はこれから舞踏会に出席しなければならん。コモーノもエイゼルも居ない今、明日にならねば接触できん。俺以外では、信用すまい」


 ラスターの性格では、この状況で誰を寄越そうが疑ってかかるはずだ。

 また、そうでなくてはいけない。


「あなた、私が行きますわ」

「む? お前……そうか、お前はラスターと会っていたな」

「ええ。それに、巫女様のお心を掴んだお方。良い機会だわ。兄上にも知っておいて頂きたいと思います」

「どういう事だ!?」


 アナスタシア以外の面々に、衝撃が走る。

 うふふ、と笑うと、これは秘密でした、お忘れ下さいな、とすまし顔で言う。





 舞踏会の貴賓席には、デイロス・リンツ夫妻を始め、王都住まいの高位貴族、高級官僚が並んでいる。

 既に王と王妃の姿は無い。

 ひとしきり口上を述べ、挨拶を受けると中座している。


 貴族達にとって重要なのは、主賓ネイハム・バランダル公爵がどういう動きをするかだ。

 後継問題に重い腰を上げた公爵が、ガゼルト公に勝つべく王都に乗り込んできた、というのが大筋の見解だ。


 だが、おかしい。

 そのネイハムが、本来この場で身に付けるべき公爵衣装を纏っていないのだ。

 あろうことか、将軍服だ。

 夫人も随伴せず、御前での名乗りも将軍、であった。

 一体何のつもりだ。


 王も宰相も、平然としていた。

 ありうべからざる事態だが、南部領主の不気味さは今に始まったことでは無い。

 王都詰めの将軍他、軍部の人間達と談笑するネイハムを、貴族達は見てみぬふりをしながら観察するばかりだ。


 そこに、護衛を伴ったルンカト公爵夫人が姿を見せた。

 既に王も王妃も退出している。

 貴族達がその非常識さに眉を顰める中、夫人は真っ直ぐにネイハムに歩み寄る。


 周囲に優雅に挨拶を交わしながら、そっとネイハムに耳打ちする。

 頷いたネイハムはアナスタシアと共に貴賓席へ向かうと挨拶し、アナスタシアを残して軍部の人間を引き連れ退出していった。


 


 

 ザリッ、と砂が音を立てる。

 倒れた劇場守備兵から拾った剣を手に、ボルグの間合いから巧妙に距離を取り続ける。

 地面が爆発するかのような凄まじい速度でボルグが突進してくるが、動きの起こりに合わせて横へ跳ね、自分を追って唸りを上げる剣を剣で滑らせるように受け流す。


 もう、いくらも持たない。

 霧を展開して緩慢な時間の中に入り込んで、どれほど経過しただろうか。ボルグの動きはいささかも衰えてこない。うう、と唸りを上げるボルグに正対する。


 周囲は凄惨な有様だ。

 駆けつけた守備兵の引きちぎられたような死体が散らばり、残った守備兵は遠巻きに牽制している。

 エティゴも、死んでいた。


 ラスターも避けるのが精一杯だったのだ。

 他の事など気を配る余裕が無い中、横っ飛びにかわし振り向くと、前に立つ守備兵もろとも、ボルグが剣を横殴りに振るうところだった。


 上半身が吹き飛んだ守備兵とエティゴの体が、劇場の壁にグチャリと、嫌な音を立てた。

 しかしそれを気にする余裕も無かったのだ。



 もうボルグにまともな思考は無さそうだ。

 ただ突っ込んできて、がむしゃらに剣を振る。

 それが救いといえば救いだった。

 しかし徐々にただ突っ込むのでは無く、じわりと距離を詰める素振りを見せ始めている。


 こいつはまずい。

 完全に追い込まれた。

 逃げようにも、速度が違いすぎてまず無理だ。

 交錯の中放ったナイフはボルグの右目を捕らえたが、ガアッ、と叫んだボルグは無造作に引き抜き、投げ捨てたのだ。


 もはや魔獣と呼んでいい。

 斬りつけた手応えが、異様だった。

 何とも名状し難いが、爬虫類系の魔獣の肉に似た手応えをしていた。

 ボルグに踏み込むことは自殺行為に等しいが、距離を取りながら振るう剣では、まともに傷を与えることもままならないだろう。


 

 打開策として、このままいなしながら劇場内に入ることも考えたが、それにも不安がある。

 ボルグは、脚力が強すぎて砂の上を滑っている。

 これが強固な石床だと、突進から横に追撃してくるようになる可能性が高い。

 そうなればお手上げだ。


 庭園から増援が来るはずだが、犠牲者が増えるだけだろう。

 ラスターの腕も痛みに悲鳴を上げている。

 常人には不可能な見切りで、神業に近い角度と力加減でなんとかいなしている状況なのだ。

 ボルグの剣捌きは力任せに大振りするだけだが、その速度と込められた威力はかつて経験した魔獣の一撃よりも遥かに脅威だ。


 まさか王都内でこんな化け物と対峙するとは。

 エルヴィエルから貰った愛用の品を身に付けてこなかったことを後悔するが、傭兵の死なんてこんなもんだろう、とどこか冷静でいられる自分に満足する。


「グウウ……フッ、フッ」


 膨れ上がった身体で、背中を曲げこちらを見ているのか見ていないのか分からないボルグが、立ち止まる。

 バキ、と鈍い音を立て握った剣の柄が砕け、ザッと音を立て砂の上に剣が落ちる。


 距離を取り、様子を窺う。

 パシッと左手に剣を投げ、右手をブラブラ振って痛みを取る。

 不意に動かなくなった。

 よく分からんが今のうちに逃げちまうか?


「おい、どうした」


 まあ、逃げるつもりは無い。

 もはや人間辞めただろうが、シンファさんとルシアさんを殺すと言った意思が消えたかどうか分からない以上、こいつを野放しにするつもりは無いのだ。


「グッ、グッ、グッ」

「それじゃ分かんないんだよな」


 左手の剣を捨て、落ちていた別の剣を拾う。

 このインターバルは有り難い。

 ボルグの仕留め方を考える。

 首を切り落とせば流石に死んでくれそうだが、試すのは命がけどころじゃ済まない。

 軍に化け物という報告は行っているはずだ。

 俺にできるのは、時間を稼いでこいつをここに貼り付けておくことぐらいか。




 しかし、ボルグが動かない。

 奇妙な呻き声を時折上げるだけで、燃料が切れたかのようにピタリと止まってしまったのだ。


「どうなったんだ……」


 離れて取り巻いていた守備兵の一人が少し距離を縮め、尋ねてくる。


「いや、俺にも何が何だか。増援は?」

「もう来るはずだ。幸い今夜は庭園全体に人が多く配置されているはずだから、すぐに渡りは付くはずだ」


 もう一本落ちていた剣に近付き、拾い上げる。

 投げてみようか。

 でもそれで怒ってまた襲い掛かってきたら嫌だな。

 うーむ。



 薄明かりに照らされたボルグの体が収縮していくのを探知する。

 弾け、破れた服が纏わり付いているので目では見え辛いが、膨らんだ上半身の瘤が内側に落ち窪んでいくように、一回り小さくなった。


 なんだ?

 急に静寂が押し寄せる。

 それまで激流のように波打っていたボルグの体内から、一切の動きが消えた。

 彫像のように、何も感じない。


「よっ」

「おい!」


 持て余していた剣をボルグに向かって投げると、驚いた守備兵が慌てて後ろに駆け出す。

 コン、と間抜けな音を立て、投げた剣がポトリと地面に落ちる。

 肩の付近に当たったが、今の硬質な音は間違いなく首筋から聞こえた。


 劇場の横手に趣味の悪い彫像ができた。

 一体、どうなっているのか。



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