フリーターで、傭兵です 9
「あー、リリアとこの子が泊まる部屋を知らんか? フォズの連れてきた家族だ」
「レイモンドさんのお孫さんですか。こんにちは」
「こんにちは」
祖父が一番手前にいた女性に話しかける。
女性が祖父になにやら説明を始めたところで、俺はそっと台車へ近づく。
荷の梱包されていない、色んなものがとりあえずという形で満載された台車だ。
素早く辺りを窺う。
こちらを注視している気配は無い。
目当ての物を抜き取り、腕輪と反対側のポケットへねじ込むと、そ知らぬ顔で祖父の後ろへ戻る。
2人のためです、なにとぞ寛大な裁きを女神様。
ついでに腕輪がポケットを破きませんように、アーメン。
思わず笑みがこぼれる。
我ながらとんだ悪ガキだったもんだ。
慌しい昼の時間を終えたターゼントののどかな午後は、穏やかな気配に包まれている。
広場の真ん中に突っ立ち急にニヤリと笑った俺の前を、子供連れの母親たちが眉をひそめながら通り過ぎていく。
「危ない目つきね……怖いわ」
「見ちゃダメよ、早く歩きなさい」
女神よ、目つきに言及したあの女に軽くでいいので天罰を与えたまえ。
祖父に口添えを頼むまでもなく、俺は自力で問題をクリアした。
母には自分で伝えると言い、祖父と別れた後で出陣の宴を楽しく両親と過ごした。
そして2週間、俺は無事腕輪を着けることに成功したのだ。
台車から抜き取ったのは傭兵御用達の首布だ。
砂や虫が入り込まないよう、鎧と首の隙間に巻いたり、防寒具として顔に引き上げて口元を覆ったりと、大活躍の一品だ。
モッコリ膨らんだズボンのポケットを全力で押しつぶし、近くの人間の視界に入らぬよう不自然に前傾姿勢を繰り返しながらも、俺はなんとか祖父と別れるまで隠し終えた。
そう、俺は危険極まりないこの腕輪を、腕ではなく首に装着するという発想を得たのだ。
両親にはキツめの演技をした。
「首布貰っちゃった! 父さんみたいでしょ」
「お、立派な傭兵さんだなぁ~」
「ほんと、お父さんそっくりね」
父と同じ格好が嬉しくてたまらないという体で、外出する時は首布を巻きっぱなしでいるという違和感を排除した。
最初足に装着することも考えたが、手首や足首のふくらみを隠すのは難しいと思ったからだ。
俺だって首輪を着けることに躊躇はあった。
何しろその見た目は童話の中の魔王の飼う番犬そのものだったからな。
こうして首輪の上から首布を巻くことで見た目問題は解消された。
幸いなことに子供の細首を取り巻く直径は確保されていた。
部屋にいる間は腕輪を自分の小さなカバンに押し込み、母に探られないよう目を光らせるのが面倒といえば面倒だったが。
父を送り出した日の午後から、俺はエルヴィエルの小屋へ通うことになっていた。
祖父をインターセプトした俺はこの辺の説明を適当にごまかしたが、この2週間の間は祖父に任せるということになっていたので、母は深く詮索してこなかった。
父達が出発し、いち早く部屋へ戻った俺は母が来る前にカバンから腕輪を引っ張り出す。
いよいよ首輪を装着した俺は魔力が見えるか自分の腕や身体を眺め回す。
うーむ。何も見当たらない。
首ではダメなのかもしれないが、そうなったらエルヴィエルに託そう。
期待に胸をふくらませ小屋へ向かう。