狂騒劇 8
登場人物紹介
レーブ・サルマン……ハイン劇場支配人を務める貴族。爵位は伯爵。領地は無い。
控え室の前に来ると、守備兵が控え室前の係にルシアさんを呼ぶよう指示する。
俺の指名だ。
ここから中に入り込めればいいが。
しばらく待っていると、今来た通路から2人、気配が足音を響かせながらやって来る。
「ジュリオール卿、部外者を入れて貰っては困るのだがね」
「サルマン伯。こちらのラスターさんはお客様であり私の知己でもあります。それにソル・オ・デンサの関係者でもあるようでしたので」
「そうかね。しかし決まりを破って貰っては困るのだ」
細面に蛇のような目をしたいかにも貴族といった出で立ちの中年だ。
蛇でサルとはこれいかに。
守備兵も2人の貴族の間でバツの悪そうな顔をしている。
サルマンは短く刈り込んだ銀髪の下の鋭い目で俺を値踏みするように上から下まで眺める。
「君は?」
「ラスターさん、こちらはレーブ・サルマン伯爵です」
「お初にお目に掛かります、ラスター・セロンと申します」
「それで、ジュリオール卿に言ったように公演中にこちら側へ許可無く入ることは禁止されているのだ。君はどういった権限でここに居るのかね?」
「サルマン伯、それは私が」
「黙っていたまえ、ジュリオール卿」
なんだこいつ。
権限て何だよ。リオスさんが許可してくれたって理由以外になんか必要かよ。
まったくいけ好かない。
わずかこれだけの会話でここまで嫌悪感を抱かせるとはある種の才能かもしれない。
「そのようなものが必要とは知りませんでしたもので。許可を頂いたつもりでおりました」
「それは支配人である私が決めることだ。つまり、ジュリオール卿に騙されたと、こう言いたい訳かな」
この台詞にはムカッときた。
力づくで黙らせてやれたらどんなに気持ちよいだろうか。
しかし一応、もしかしたら事情があるのかもしれない。
リオス老人が度々こういったことでトラブルを引き起こしている可能性だってある。
俺が思っている以上に、何らかの理由で厳しい規則になっている可能性もあるのだ。
「いえ、控え室に行けないか尋ねたのは自分からですし、ジュリオール卿に騙されたなどこれっぽっちも思っておりません。権限とは何でしょうか?」
「そんなことも分からないとはな。君の家は?」
今の俺には慇懃無礼と言う言葉がピッタリだろう。
言い方こそ敬語だが、台詞にも顔にも反骨の気持ちがありありと出ている。
無論、サルマンにもそれは伝わる。
「サルマン様をお招きするには手狭な家です」
「……ほう。家格は?」
肩を竦め口の端に笑みを浮かべ答えた。
この程度の挑発には耐えるか。
「何もございません」
「そうか。……庶民か、そうか」
サルマンはまばたきを忘れたかのようにじっと俺を見ている。
一切、視線を外さずに俺を見つめ続ける。
恫喝のつもりならお笑いだ。
一般傭兵でしかない俺が貴族の権力で失うものなどたかがしれている。
「ラスターさん。来てたんですね」
扉が開き、ルシアさんが顔を覗かせた。
見慣れぬ顔に支配人までいることに少し怪訝そうな表情をしている。
「君、この男は君達の一座の知り合いかね」
「はい、そうでございます。色々と協力して頂いておりまして。間に合わなければ本日の公演にも支障を来たすところでございました」
澄ました顔で答えてくれた。
どうやら素早くこの場の空気を読み取ったらしい。
心の中で感謝を告げる。
「ふん。だったらきちんと登録することだな。君達がこの劇場に相応しい、野蛮な連中では無いと証明したいならな」
「申し訳ございません」
「ではジュリオール卿に免じて今回だけは見逃すとしよう」
「ありがとうございます」
背を向け足音を響かせながら去っていくサルマンに、ルシアさんはまだ頭を下げている。
迷惑を掛けてしまったな。
「ラスターさん、お嬢さん、申し訳ありませんでしたな。私のせいで」
「そんな。ジュリオール卿のご好意に甘えた私が悪いのです」
「おや、随分と礼儀正しくなられましたな。こちらのお嬢さんがいるからですかな?」
見上げた人物だ。
おそらく和ませようとしてくれているのだろう。
紳士とはこういう人物のことを言うのだろう。
広場の外は暗い夜空が広がり、静かな王都が闇の中に佇んでいる。
劇場の優雅なエントランスからは暖かな光が零れ、今日の舞台の余韻に浸る人々を吐き出している。
俺と同じように出迎えか、使用人と思しき人間がそれぞれの主人を列になって待ち、歩み寄っては去っていく。
来た。
「エティゴ様、お待ちしておりました」
「お前か。来ていたか」
「はい。お誘いに預かり光栄に思います。それで、ご報告したいことが」
マッチョを従えたエティゴの後に続く。
「屋敷まで着いてこい」
エティゴとマッチョからは、劇場に居た人々のような高揚した雰囲気が感じられない。
俺が言えたことじゃないが。
屋敷の使用人に出迎えを受ける。
そういえばエティゴは使用人の出迎えがいなかった。
エティゴの書斎に着くと、ドカリとソファーに腰を落ち着けたエティゴに顎で促される。
「実は例の女に会って参りました。あ、ルシアという女です。法廷にも居た女ですが、良く言って聞かせましたところ、エティゴ様に謝罪したいと」
「ふん、それで」
「まあ、私もお前の謝罪など役には立たないと言ってやりました。エティゴ様、そこで」
爛々と目を光らせるエティゴに告げる。
舞台を見たエティゴが何を思っているかは想像に難くない。
シンファさんは貴族の感嘆の息と、観客の喝采を浴びていた。
「エティゴ様に楯突いたシンファという女にも、謝罪するように諮って参りました」
「……それで」
「あまり良い顔はしておりませんでした。しかしながら、謝罪はしても良いと。まったく、不遜な女です」
「そこで、エティゴ様、支配人のサルマン伯でしたか。その方にお会いしたのですが」
「うむ。サルマン伯か」
「お知り合いですか? では、そこからあの女を追い込めませんかね?」
エティゴが考えるように棚に目をやる。
俺の考えでは、支配人を巻き込んでエティゴ共々破滅させる作戦だ。
シンファさんをギリギリで守りつつ、不正を白日の下に晒す。
ネイハム様はシンファさんとエティゴの間にもう一度、逃れようのない形で罪が明らかになるようにすればいいと仰っていたが、最終的にどうするつもりかは分からない。
考え込むエティゴの後ろから、マッチョがじっと俺を見つめている。
爵位と呼称
レプゼント王国の爵位は全て「その領地を治める者に対して与えられる称号」となっている。南部全体を治めるネイハムが南部公爵では無くルンカト公爵となっているのも、ルンカトという領地を治める貴族の位が最高位の公爵として固定されている為。元々南部公爵という爵位は存在しない。
ターゼントやレーベントに対しても爵位は設定されているが、時代と共に民間に経営権が移った為空位となっている。このように領地を持たない貴族が増えた為、便宜として「領地」では無く「家名」に爵位を与えている。
正式な呼称はルンカト公爵のように「領地+爵位」。サルマンのように「家名(姓)+爵位」が設けられたのは後年になってから。




