フリーターで、傭兵です 8
俺が魔力の無駄遣いという事実に悲しみ、肩を落としている横で、祖父とエルヴィエルは俺が滞在している間のことを打ち合わせているようだった。
レプゼント方面部隊が本隊と合流し大掛かりな作戦を行う2週間。
父も明日から任務に出かける。
妻子を安全に移動させ孫を父親に見せる絶好の機会とし、父は俺と母を連れてきたわけだが、観光旅行という俺の目論見はどうやら外れたらしい。
一旦俺と母があてがわれた宿舎へと戻ることになった。
「その腕輪は魔力を可視化させてくれるのだよ。自分がどのように魔力を使っているのか、自分の目で確かめてみるといい」
エルヴィエルはそう言ってくれたが、問題がある。
この腕輪はポケットに入れるには危険すぎる。
住み慣れた我が家の自分の部屋のように、隠し場所も知らない。
さりげなく、失くすと大変だから、と言って祖父に一度預かってもらえないかと頼んだが、
「お前にとって大切なものだ。失くさぬよう、しっかり身につけておきなさい」
とんでもない答えが返ってきたので閉口する。
子供にこの凶器をずっと身につけているようにとは、祖父はどこかズレている。
別に俺も着けることに抵抗があるわけではない。
問題は、母だ。
傭兵団で働いていたというが、俺からすれば家で家事に勤しむ普通の母だ。
俺がヤンチャして帰ってくると、まだ小さいんだから危ないことをしてはいけない、と諌める至って常識人の女性だ。
改めて指にひっかけたままぶら下げている腕輪を見る。
仕組みはよくわからないが、トゲの無い部分の細工を強く押すと2つに割れ、腕にあてがうとくっつき輪に戻るところを実演してもらった。
サイズは装着者の腕に合わせてある程度合うそうだ。取り扱いにも問題はない。
しかしこの鋭いチャクラムにもなりうる恐ろしい見た目の腕輪を、確実に母は受け入れないだろう。
「じいちゃん、母さんにこの腕輪のこと言ってよ」
「ん? そうだな。エルヴィエルから貰った物だとワシから言っておこう」
「母さんはエルヴィエルのこと知ってるの?」
「いや、知らんはずだ。アイツはあの小屋から出ることはほとんど無い」
反吐が出そうになる。
祖父に預けた途端いきなり、10歳の息子が魔族から渡された凶器を身につける、などと言い出せば結果は火を見るより明らかだ。
正気とは思えない。この祖父が穏便に母を説き伏せられるとは到底思えない。
どうするべきか。
俺だって自分の魔力を見てみたいのだ。
俺が自由に魔力を扱えるわけでもなく、いつそれが確認できるかもわからない以上、そのきっかけを知るためにもしばらくは常に着けているようにとエルヴィエルは言った。
祖父が気づいているかどうかわからないが、到着した時に母が祖父と交わした会話。
「お義父様が会いにきてくださらないから」
冗談めかしていたが、あの台詞には確実に母の皮肉が込められていた。
俺を産んだ母がなぜ、父と同じように俺を傭兵団の中で育てなかったのか。
こんな立派な傭兵団から離れた街へ引っ越したのか、祖父と行動を共にしてなんとなく理解したことがある。
父は明日から遠征だ。できれば巻き込みたくない。
敷地内の西門付近にある宿舎が建ち並んだ一画は、大勢の人間が明日の準備か忙しく宿舎を出入りしていた。
馬が繋がれていない台車に、様々な物資を積み込んでいる。
「しまったな。お前たちの泊まるところを聞いておらんかった」
人ごみに飲まれる手前で足を止め、祖父がつぶやく。
俺としては大歓迎だ。
この流れで祖父が母に説明しても、渋々ながら母は頷くに違いない。
しかし俺が2週間快適に過ごすためには、母と祖父の関係が冷え込むのは望ましくないのだ。
ズボンのポケットに突っ込んだ腕輪を手で押さえる。
「これと同じタイプで別デザインってありますか?」
念のためエルヴィエルにそう聞いておけばよかったと後悔する。