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狂騒劇 6

 レプゼント王国に限らず大陸中、芸術という娯楽が普及し始めたのはいつ頃からだろう。

 歌や絵といった根源的なものは勿論のこと、今やその複雑性は多様を極め、一部の上流階級のものだけではなくなっている。

 ハイン王がそれに貢献したかどうかは分からないが。


 王都には小さな芝居小屋も含めると、6つの劇場があるらしい。

 庶民に手が届く大衆劇場からハイン劇場のような貴族の社交場まで、その在り方も多様化している。

 コモーノさん曰く、


「貴族の社交場とは、王宮から離れたもう一つの政治の場でもあります」


 だそうだ。

 あの老人も熱弁を振るっていた。

 優れた劇場こそ、多くの者に感動を与えるための場所であるべきだ。

 芸術を理解もしない一部の人間だけのために作られたのでは無いはずだ、と。


 つまり階級を分けて存在するような王国の芸術の在り方は間違っている。

 芸術の発展を妨げる足枷だ、と。


 コモーノさんの話では、そういった場所も必要だと肯定しているようにも聞こえたが。

 ハイン劇場のチケットが呆れる程高額なのは俺もおかしいと思う。

 しかしソル・オ・デンサのような優れた一座が大衆の間に根付いているのだから、まあ好きにすればいいんじゃないかとも思う。



 夕闇の空が劇場の背景となり、美しく曲線を描いた街灯の群れが魅惑の舞台へと客を誘う。

 裕福そうな身なりの紳士淑女が恭しくエスコートされ、劇場の入り口へと吸い込まれていく。

 白い手袋をした女性達も、高級外套を身に着けた男性達も、常連客なのか皆優雅な挨拶を交わしている。


 エティゴは既に中に入っているはずだ。

 俺は名ばかりは一般用の、バカ高いチケットを手に広場で入場の許可が出るのを待っている。

 本当はもうちょっと良い席のチケットを手に入れたかったのだが、ただ金があるだけの地位の無い庶民に販売されているのは、末席のこのチケットしかなかったのだ。


 それでも、十八万ジェルだ。

 信じられるか?

 そして俺と同じく入場を待っている人間もいるのだ。

 これまた信じられない。

 顔を見ればいい年齢をした人間ばかりのようだが、こうして通い詰めて社交場デビューでも狙っているのだろうか。



 素直にエティゴにチケットを用意して貰うべきだったか。

 憎き一座がハイン劇場に出演することを、エティゴは掴んでいたらしい。

 俺を誘ったのはおそらく俺を利用して一座に接触するつもりなのだろう。

 ここまではこちら側の思惑通りだ。


 ボンボンのキャラ作り、そしてエティゴに世話になることなどお断りだった俺はチケットなど自分で用意します、と言ったが予想を遥かに上回る金額に仰天したものだ。


 最近稼いでいたおかげで事なきを得たが、以前の俺なら取り決めを破ってコモーノさんに泣きつかなければいけないところだった。

 それでも入手できたのは末席だ。

 キャラ設定に無理があったかな。


 

 劇場にはまず貴族が入る。

 2階に設けられた貴族席に繋がるサロンで、彼らはパーティー前の挨拶などに興じるらしい。

 自分達でも一芝居、といったところか。


 次にエティゴなど、劇場から優先的に扱われる地位のある庶民。

 暮らしぶりで考えれば貴族を上回る人間も大勢いるだろうが、扱いとしては庶民だ。

 最後に俺のようなおのぼりさんだ。


 劇場入り口をくぐった玄関ホールは、見上げるような高さの天井に吊り下げられたシャンデリアで真っ白に照らされていた。

 見たことがない程ツルツルに磨き上げられた床は、驚いたことにわずかに自分の姿が映っている。

 

 なんだこれ。

 すっげえ。壁もだ。


 しかし仄かにクリーム色が混じる色合いは、老人の言うように落ち着いた雰囲気をも同時に醸し出している。

 木の調度と、主張しない存在感の、壁に飾られた風景画や花は、おそらく美の調和を保つよう考えられているのだろう。

 俺には良く分からない。


 2階へと続く大階段にはロープが掛けられ、守備兵が固めている。

 庶民は2階へは上がれないようだ。

 

 1階から階段の上へと敷かれた絨毯の色が、黒い。

 普通こういうのは赤が相場だと思っていた。

 黒い絨毯の縁は金や銀の極細の刺繍が施されている。

 芸術には疎い俺でも、その見事さには思わず感嘆の息を漏らしてしまったよ。


 かっこつけるつもりはサラサラ無いので、遠慮なくキョロキョロと視線を飛ばしながら流れに従い歩く。

 こんな奴はきっとここでは嘲笑の的だろう。

 まあバカな設定なので別に問題はない。

 そうだ。

 服も新調した。

 これまた高い金を出して、ダッサい上下と靴を揃えたのだ。


 経費とかそういう事を打ち合わせで話してこなかったのでちょっと不安だ。

 コモーノさんが居てくれれば良かったのに。

 きっと卒なくその辺まで段取りしてくれたに違いない。



 薄暗い劇場の舞台には、まだ緞帳が下りたままだ。

 1階席の一番外側に座る。

 前列の方に座る客の中に、エティゴも居るだろう。

 俺の位置からでは2階席は見えないが、前列の客も振り返ったりして2階を見上げることはタブーらしい。


 さて、どうするべきか。

 うーん、と頭を悩ませる。

 ここに来るまで、粒子を全開にしてある程度劇場の構造を把握してきた。

 おそらくだが、俺達が通ってきた通路の逆側に行けば演者達の居る控え室なりに辿り着けると思う。


 シンファさん達と連絡を取る手段として彼らの宿は知っているのだが、エティゴに誘われた後では既に居なかったのだ。

 エティゴも今回は偵察といった趣だったので無理する必要は無いかもしれないが、何があるか分からない。


 できればあの3人に設定や経緯を知らせたいところだ。

 演目のリストを見ると、ソル・オ・デンサは初お披露目ということもあってか、ネイハム様の肝煎りだからか、最後から2番目の出番となっている。


 最後列の席なのはこうなると都合が良い。

 抜け出して、接触できないか。

 ただ探知した限りでは、守備兵が向こうの通路側にも数人配置されていた。

 危険を冒すのも、できれば避けたいところだ。


 指輪を使うか。

 しかしここには貴族が集まっている。

 すぐに口から口で、貴族連中の耳に入るだろう。

 こういう場に出ない公爵と連なる者が居ると知られれば、面倒に巻き込まれるのは想像に難くない。

 うーむ。


 やがて舞台の幕が上がる。

 奇妙な仮面を付けた役者が、一人で舞台に立っている。

 右手を微かに持ち上げ、ピタリと静止する。


 そのまま動かないかと思うと、その手がまた微かに上へと上がり、再び静止する。

 数歩前へ踏み出し、静止。

 手を下げ、左手を上げて静止。

 また微かに上に――。


 こんなんがずっと続いた。


 多分俺には分からない、芸術に通じた者の審美眼に適う何かがそこにはあるのだろう。

 だが、言いたい。

 多様化しすぎじゃないか。

 大衆劇場と分かれていて本当に良かったと思う。


 きっと皆俺と同じ気持ちになるだろうから。

 金返せクソが!


 ハイン王も案外芸術の未来を見通す目が無い。

 劇場が闘技場に変わっていたところだ。

 


王国の経済格差

 庶民の平均月収は二十万ジェル程度。地域によって格差は有り、最も豊かな王都と田舎では平均にして十万ジェル以上の差が有る。が、上流階級と下流階級では極端にこの差が大きく、帳簿外の金の流れも多い為正確に役所で把握できているとは言い難い。


貴族と庶民の交流

 王都では貴族を街中で目にする事も多い。ごく普通に買い物や食事で交流も行われている。ただしこれは王都ならではで、その身分差は絶対的。基本的に庶民は貴族の居る場は遠慮しなければいけない。現在では貴族側がそれを窮屈に思いその垣根を取り払うケースが随分増えた。

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