フリーターで、傭兵です 7
長い長いエルヴィエルの講義もようやく一段落したようだ。
「それでラスターが魔法を使っているというのは?」
祖父が尋ねる。ゴキリゴキリ、と首を左右に傾けている。
気持ちはわかる。俺も10歳にして肩のコリを覚えるところだった。
「ある意味では魔族と同じく人族も皆、魔法を使っていると言えます」
貴族の礼のようにエルヴィエルは右手の指先を揃え胸に添える。
「その身に宿る魔力は肉体の内へと向いています。体内を巡り、わずかながら影響を及ぼしているのです。詠唱魔法は、その魔力を燃料とし消費することで効果を発揮します」
「うむ。ワシが魔力を感じたことは無いがな」
「鍛え抜かれた肉体を持つ人族の魔術師を見たことがありますか?」
ほう。しかし別に、座学と鍛錬を両立させる奴がいてもおかしくない。
俺の友達にはいないけどな。
「……ふむ、ワシが知る限りではおらんな」
「内に向かう魔力を、魔法として消費する弊害といって良いでしょう。まあ、これも私は人族では無いので誤りもあるかもしれませんが」
それまた知らなかった。勉強ばかりしてるからヒョロいんじゃないのか。
「剣も魔法も使う奴はおるぞ」
「程度の問題でしょう。女神の加護なき今、どちらも一流だとは考えにくいのですがね」
「むう。ではあ奴らは……」
祖父の顔が翳りを帯びる。
座学にも鍛錬にも励む立派だと思っていた知り合いが、実は報われない道を歩んでいたのだと知ってショックなのだろう。
俺の遊び仲間は健やかな道を選んだようで何よりだ。
「我々魔族は魔力を身体の一部のように認識し、操ります。内に向けるか外に向けるか。肉体を変異させたり、他者にぶつけたりですね。詠唱魔法のようなものもその一環です」
そこでエルヴィエルはローブに隠れていた左腕を持ち上げ、袖をめくる。
「このように」
その細腕の青白い肌には先程付けた傷が見当たらない。
便利だな。しかしガリガリだ。
肉体を操れるならもう少し肉をつけた方がいいぞ、エルヴィエルよ。
その視線が俺の上で止まる。
「ラスター君、君はここへ来てから何度か魔力を放出しているよ。魔力そのものをね」
全く心当たりがない。
「不思議そうな顔をしているね。赤ん坊の頃の君を目にした時、私は実に驚いたものだ。大きな声で泣く君の身体からは、砂粒のように小さかったが確かに魔力が放出されていた」
それも記憶にない。当たり前だ。
「先程私の目に映った君の魔力は様々な形をしていたよ。粒のように細かであったり波のように揺れていたりね。だが私が最も驚いたのは!」
クワッ、と目を見開き両手を開く。
俺も今驚いたぞ。
「その一部が部屋の壁にぶつかり再び君の身体へと吸い込まれていたことだ。数を減らした同胞に私はあまり会ったことは無いが、わかるよ。そんな風に魔力を使うのは珍しいとね」
「そうなんですか」
なんと、もしかしたら本当に自分は選ばれし者なのかもしれない。
しかし座学に打ち込む自分の姿が想像できない。
「目的を持たぬ魔力はそのまま宙に消えていったが。きっと君は産まれてから今まで、無意識のうちにそうやって魔力を放出していたに違いない。もしかすると周囲に影響を及ぼしていた可能性もあるね」
明かされる本日最大の衝撃を伴う事実。
幼年期から共に過ごした仲間が悪ガキとなりつつあるのも、近所の猫が徒党を組んで商店街の食料を荒らしだしたのも、キライな教師がハゲてきたのも俺のせいかもしれないというのだ。
だけどそんなことよりも。
内に向かうはずの魔力を生まれてきた時から無駄に消費し続けてきたかもしれないだと。
無駄遣いしなければ俺の背はもっと高かったかもしれないのか。
なんてこった。