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土産 8

 ドンドンドン、と太鼓を叩く音がする。

 弦楽器が小気味良いリズムの音楽をかき鳴らして、歓声を上げている。

 時計を見るともう十時だった。

 カイマンさんのベッドは空だ。


 小さく聞こえてくる音楽と人のざわめきが、俺の意識をはっきりとさせる。

 宿舎に俺以外の気配は無い。

 明け方近くまで起きていたせいか、こんな時間まで寝入っていたようだ。

 一度通りまで出てみると、次々と会場へ向かう人々が列を成していた。


 宿舎へ戻り風呂場でひと風呂浴び、着替えて外に出る。

 快晴のレーベントが沸いていた。


「さあさあ、レーベント自慢の肉料理だよ!」

「ミルクも卵もチーズもとびきり新鮮、どうぞ味わっていってくださいねー」

「ほらあれ。今日と明日しか売ってないんだって」

「昼の演目っていくつだっけ」


 ぞろぞろと会場に向かう人の列に混じり、会場へ向かう。

 街の建物と通りを仕切る紐幅一杯に、笑顔の人々が楽しげに会話している。

 みんな楽しそうだ。

 こういう時に孤独な人間は周囲との温度差をはっきりと感じる。

 羨ましいもんだ。


 会場はまだ人で埋まる程混んではいなかった。

 広い会場にまばらに見える人影は、舞台の旅芸人に歓声を上げたり、屋台に取り付いていたりと早速祭りを堪能しているようだ。


 下見ついでにカイマンさんのところへ行く。

 待機所は舞台から三十メートル程離れた場所にある。

 

「お疲れ様です」

「おはよう、ラスター君。良く寝てたね」

「どうですか、警備の方は」

「見ての通り、初日の午前中は暇なもんさ」


 番台に座ったカイマンさんはのんびりと団扇を仰いでいる。「牧場の街レーベント」と書かれている。

 交代に関していくつか確認し、屋台を見て回る。

 腹が減っていたので、串に刺さった肉を買い、舞台を見物することにした。


 舞台の周囲は杭と綱が張られ、4班の連中が4人で囲むように立っている。

 昨夜見た顔もあった。

 旅芸人は音楽を演奏する芸人を背に、色とりどりの紙で動物や花などを作り出す芸を披露していた。


「ラスター、おはよう」

「おう、おはよう」


 ケビンだ。

 肉を食いながら挨拶する。


「午後までどうするの?」

「どうすっかね。適当に時間潰すしかないな」

「そっか」

「お前は?」

「僕は警備のやり方を勉強するんだ」


 昨夜の連中にまた絡まれたりしないかと思って予定を聞いてみたが、意外な答えが返ってきた。

 どうもケビンは俺が思っていた坊ちゃんとは違う。

 他人を下に見ているのではなく、ただただ純粋なだけのようだ。

 しかし、良い事を言う。

 一般傭兵の連中の仕事の仕方やウィルワーズの警備を俺も見て回ろう。



 ウィルワーズは街の各所に棒槍を持って立ち、通る人々にようこそ、と笑顔で声を掛けている。

 会場を警邏する連中もそうだった。

 まったく、教育が行き届いている。

 だるそうに仏頂面で立っている一般傭兵とはモノが違う。まあ、立ってる以外やる事もないが。


 ふーむ。

 なかなかの衝撃だ。

 最近の警備は、厳しさを滲ませて威嚇するようなやり方は流行らないのかもしれない。

 たしかに、感じが良い。

 ウィルワーズが王国最大の傭兵団として信用を得ている理由が分かる。

 正規兵が厳しいだけに、このギャップは受けるだろう。

 素直にここは俺も見習うとしよう。




 正午を過ぎた頃にはレーベントの馬車溜まりは続々と到着する馬車で溢れ返り、街の入り口からは更なる人波が押し寄せていた。

 どの店も屋台も満員御礼という感じだ。

 乗り合い馬車もフル回転で嬉しい悲鳴を上げているに違いない。

 馬は不満かもしれないが。


 舞台で曲芸を披露する旅芸人に観衆が大歓声を送る中、本部テントに出頭する。

 ゴードンさんに確認してもらい、待機所へ向かう。


「お疲れ様です。交代します」

「ああ、ラスター君。じゃあ後は頼むよ」


 腕章を受け取り、リストを見ながら現在舞台に上がっている一座が待機所を使用中であることを告げられる。

 出番が終わった一座と次の一座の入れ替え時が一番大変だからね、といくつか説明を受ける。


 引継ぎを済ませ鍵を受け取ると番台に座る。

 待機所から舞台までは綱で仕切りがしてある外周部分の立ち入り禁止区域となっている。

 待機所自体も祭りの人混みに晒される訳ではないのだが、その距離は近い。


 舞台と待機所を繋ぐ道を綱一本で遮っているのは、どうやら花道の役目を果たしているかららしい。

 舞台を降りて手を振りながら待機所へ戻る旅芸人が、駆け寄った客から贈り物を受け取っているのを見て、分かった。


 旅芸人は基本的に外周部分を動き会場と接する必要は無いのだが、出番を終え次の一座と入れ替わった一座は、だいたい舞台と逆側の待機所横で綱越しにファンとの交流に応じる。

 カイマンさんの時は混乱が起きるような事態になる程では無かったが、人が増えてくるとよからぬ考えを持つ人間がいないとも限らない。

 

 俺の役目は小屋の扉の管理だ。

 使用中の一座以外の出入りを制限するだけでいいのだが、余計な厄介ごとが起きないよう祈ろう。

 一段高くなった番台から舞台の方を見る。

 ケビンも警備に就いている。


 はは、あいつ。

 両手を後ろで組み、両足を広げ背中を反るようにしながら観客を睨みつけている。

 そんなに張り詰めてたら最後までもたないぞ。

 誰の真似だろうか。


 まあ、猫背でしんどそうにしている他の連中よりずっとマシだ。

 頑張れよ。


 

 夕方から会場は大混雑となり、旅芸人の入れ替えも大掛かりな道具や衣装を持ち込む一座が増えてきた。

 花道から戻ってきた一座が撤収すると素早く待機所内に忘れ物などないか確認し、待っている次の一座の許可証を確認しながら通す。

 一度に全員出て行く一座もいれば、中に残ったり、出番中に舞台と待機所を往復して道具を運ぶ人間もいたりと、俺もぼんやりしていられなくなる。


 夜になるにつれ人気の一座が出演するように組まれていたのか、入れ替わり直後、舞台に上がる前の待機所に入ったばかりの一座に贈り物を渡そうとするファンも出てきた。


 入らないでくださいね、と俺はにこやかに対応する。

 最早番台に座っていられる暇など無くなっていた。

 ほとんどの一座が人数も増え、出番中の舞台と待機所を行き来するアシスタントのような人間を用意していた。


 彼らもこの一時が勝負なのだ。

 素早く着替えに戻ってきたり、道具を入れ替えたりと忙しく動き回っている。

 舞台と待機所を往復する人間の許可証をいちいち確認するのはやめ、探知の粒子で動きを捉えながら同一人物であることを確認し続ける。


 手振りで、見せなくていいから入れ、と促す俺に感謝を送ってくれる。

 彼らもルールは知っている。

 まあ、注意されれば怒られるのは俺だ。


 舞台を見るよりも顔を近くで見たいと、待機所前の綱に押しかける熱烈なファンに、はいダメですよー、そこを越えたら怖ーい警備に連れていかれますからね、と冗談交じりに牽制しながら花道を駆け回る一座に部外者が入り込まないかチェックし続ける。


 悪い気分ではない。

 まるで一座の一員であるかのような気分というか、連帯感といったら失礼だろうか。

 仕掛け道具の出入りを手伝ったりもした。

 演劇の女優が着替えに走って戻ってくると歓声を上げた女性が詰め掛ける。

 そうなることは分かっているので綱の前に立ち、手を広げる。


 舌打ちをこらえあくまで笑顔で対応する。

 ユーモアたっぷりにおどけながら制止していると、観衆がどっと笑ったりもする。

 元々暴徒ではないが、皆好意的に受け止めてくれているのが分かる。


 なるほど。

 ウィルワーズやアルトックは傭兵団の商売というものが良く分かっている。

 今回の仕事は大当たりだ。

 勉強になるし、探知の膜は人混みでも負担にならないことの確認もできた。

 明確な危険があれば霧を使わざるを得ないだろうが、今のように糸と粒子を膜の反応に合わせて瞬時に使っていければ、日常生活でも不意をつかれず済みそうだ。


 下手したらここが一番忙しい場所なんじゃないか。

 目まぐるしく動いているうちに、初日は終わりを迎えようとしていた。


 

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