土産 6
怒りに燃える俺は後ろの客を振り返り抗議する。
彼女は母親より年上です!
違う、そうじゃない。
「お世話になってる大家さんへのお土産です」
「あら。だって男の人が可愛い物ばかり手にとってたから、てっきりそうだと思って」
俺を傷つけたのは腰まで届く黒髪に褐色肌の女性だった。
顔の彫りが深い。
ターミル出身だろうか。この手の顔立ちは大体そうだ。
もしかして日焼けして肌も髪も黒い俺を同郷だと思って声を掛けたのか?
「そう見えましたか。あいにく女性の好きそうな物は良くわからなくて」
「その大家さんはおいくつくらいの方?」
「えー、っと。多分、五十何歳だと」
詳しくは知らない。
これでまかり間違って今の発言がマチルダさんの耳に届くような事態を想像すると恐ろしい。
「あら、じゃあこういう落ち着いたデザインの方が無難よ。その方の好みはともかく、年齢的には外さない選択ってやつね」
ダークブラウンの木目に葉っぱのシルエットがデザインされた櫛を差し出してくる。
おお、かっこいいなこれ。
一目で気に入った俺は礼を言う。
じゃあね、と長髪の褐色美女は手を振り去る。
他にもいくつか購入し俺も店を出る。
牧場でも見にいこうかと考えていると、ケビンと同じ4班の連中が歩いていくのが見えた。
舞台警備の4班は一番人数が多い。
ケビンがちゃんとやっていけるのか少し気にはなったが、笑顔で話しているところを見るとうまくいっているらしい。
「カイマンさん、メシ行きませんか」
「そうだね。行こうか」
日が落ち夜になった。
宿舎から感じる人の気配は多くない。
皆街に繰り出して飲んでいるのだろうか。
祭りのために飾り付けられた街を見物した俺は、宿舎に戻りカイマンさんを連れ出すことにした。
「あ、ウィルワーズ到着してたんだね」
「ええ。夕方来てました」
食事は街の中の好きな店で取っていいことになっている。
支払いはしなくていいが、千五百ジェルを超えた分は報酬から天引きだ。
十数名のウィルワーズ傭兵団は、ウィルワーズの紋章入りの旗を立てた馬車でやってきて、配置などの確認をしていた。
毎年の仕事なのか手馴れた様子だった。
きびきびと動き、街の人への挨拶も欠かさない。
飲んだくれている一般の連中と彼らの差は、俺の目になんだか苦く映った。
「ああ、ここだ。ここにしよう」
カイマンさんが良い店があるからそこに行こう、ということだったので牧場側の街の外れに移動する。
牧場横の森は黒々としたシルエットで、一面ランプが照らし出すリハーサル中の会場の喧騒のせいか更に際立って見える。
案内されたのはテラス席だ。店に程近い森のざわめきが涼しげな風を運んでくる。
旅芸人の奏でる音楽は陽気な気分を運び、何とも言えない豊かな気持ちにさせてくれた。
「こりゃあいいですね」
「だろう? 祭りが始まると人の声がうるさいからね。前日の夜にしか味わえないんだよ」
これで隣にいるのがくたびれた中年男じゃなければな。
エミーを誘ったら喜んでくれただろうか。
泊りがけで祭りに行こうと言っても断られるに決まっているが、今まで出会った女の子を思い浮かべてはこのシチュエーションで甘い雰囲気になっているところを妄想する。
明日があるので俺もカイマンさんもビール一杯だけにしておいた。
洒落た料理の数々はどれも美味かった。
レーベントは田舎街だと思っていたが、街全体で都会流を目指しているのかもしれない。
王都と街道を繋げば、ここはきっと発展を遂げるだろう。
食事を終えカイマンさんと別れる。
少しぶらついてから戻ります、と言ったが目的は別にある。
探知の膜が森の方に反応を示したので、不審に思い探ったところ、何人かいるのを探知したのだ。
盛り上がった若い街の住人の可能性もある。
それならそれでいい。
ちょっと見るだけにしておくだけだ。
陽気な音楽のおかげで見られさえしなければ気付かれることもないだろう。
粒子が持ってくる形状から判断するに、こちら側に気を配っている素振りはない。
気兼ねすることなく森に近付く。
葉のこすれる音とやや小さくなった音楽に混じり、声が聞こえる距離まで近付くと木の影からそっと様子を窺う。
「そうじゃねえんだよ。こうだ、こう」
「わかってるよ。暗くてちょっと動き辛いだけさ」
「そうか。そうだなあ。確かに、な、っと!」
ケビンと4人の男がいる。
その辺で拾ったような木の棒を持ち、男の1人とケビンが向かい合って打ち合っている。
しばらく会話を聞き様子を見て判断した限りでは、鍛錬を行っているらしい。
「口だけじゃねえんだろ? 次期団長さん。そんなんじゃいつまでたっても見習いのまんまだぜ」
「はあっ!」
「よーし、その調子だ」
何だろうな。
別にケビンを痛めつけてる訳じゃない。
しっかり鍛錬を行っている。
だがこいつらのニヤニヤ笑う顔が気に食わない。
その場を離れ、回り込む。
隠れて様子を窺っていたもう1人の男に忍び寄り、声を掛ける。
「おい」
「ひっ! な、何だよあんた」
「お前ケビンと組んでた奴だろ。何やってんだ?」
ケビンの話じゃこいつも見習いで、確か十八歳とか言ってたか。
「別に。あいつらが稽古するって言うから見てただけだよ」
「隠れて見るのが好きなのか、お前」
「違ぇよ! ただ、ちょっと」
モゴモゴ口ごもる線の細い男だ。
ケビン達は全く気付く様子もない。
「俺達は仕事をしに来てるんだぞ。わかってんのか。勝手にこんな真似してりゃクビにされたっておかしくない。相方のお前も同罪だな」
「お、俺は別に何もしてない」
軽く適当に脅しつけただけで喋りだす。
まあ、予想通りだ。
4班の連中はケビンにイラついていたが、我慢していた。
だがそれに気付かないケビンは事あるごとに自慢にしか聞こえないようなことを喋り続け、酒も入り我慢できなくなった連中がケビンに鍛錬を持ちかけたのだ。
こいつは連中の意図に気付いていたに違いない。だが同じようにイラついていたこいつはケビンを見捨てた。
こうして様子を見にきてるあたり、悪い奴じゃないんだろうが。
「もしケビンが酷い目に合わされてたらどうする気だったんだ? 助けるつもりだったのか?」
「そりゃ。いくら何でも、あいつが何か悪いことした訳じゃないし」
「じゃ、お前に任せていいか?」
「えっ、俺が……」
別に意地悪したいんじゃない。
だけど、イラつくのだ。
あんたが助けてやれよ、というその目もイラつく。
いい歳してこんな憂さ晴らしをする連中にも、ケビンにも。無視しておいて今更横槍を入れようとする自分にも。
ケビンの親もぶん殴ってやりたい。
今こうなっているのはあんたらが教えてこなかったせいだぞ。
自分でも整理しきれない感情だ。
うまく説明できないが、とにかく不愉快なのは間違いない。
明日からケビンは警備に就かなければいけないのだ。ここで自分がしゃしゃり出ても余計不和を撒き散らす結果になりかねない。
「よし、お前も頑張るか」
「えっ?」
いいから着いてこい。適当に合わせろ。後でケビンに何かあれば助けるつもりだったと言ってやれ、と言い無理矢理押し出すように歩かせる。
「よう、ケビン。あ、皆さんどうも。鍛錬ですか?」
「……見りゃわかんだろ」
「ラスター。どうしたの?」
ケビンは上気した顔で溌剌としている。
天使か、お前は。
嫌がらせだとは全く気付いていないようだ。
だけどこの先まともな鍛錬が続く保障もない。ケビンが本当に鍛錬だと思っているうちに止めさせた方が無難だろう。
「一緒に飲んでくれる人間を探して歩いててさ。近くでこいつに会って誘ってたら、ここで皆さんが何かやってるのが見えたから」
「そうなんだ。ラスターもやる?」
「邪魔しちゃ悪いな。見学させて貰おっと」
よっこらせ、とわざとらしく木の根元に座り込む。
あーあ。
自己満足なのは分かっているが、ダズやシーティア、オーレに顔向けできない自分になるのはもっと嫌だからな。




