フリーターで、傭兵です 6
手にした腕輪は別に噛み付いてくることもなく、静かなものだった。
握りしめれば血は出そうだが、それは流石に言いがかりだろう。
子供の俺でもつまみ上げることが可能な程度だが、予想よりも重量がある。
ためつすがめつ内側もトゲトゲなら返そう、と調べていた俺の横でエルヴィエルが祖父に囁くように話しかける。
「……レイモンド。気づいていますか? ラスター君が先程から魔法を使っていることに」
「なにっ!」
えっ?
今日何度目の衝撃か覚えていないが、ビックリして思わずエルヴィエルを見る。
俺が魔法を使っているだと?
エルヴィエルの俺を見る目は嘘をついているようには見えない。
愛しいものでも見るかのごとく、若干潤んでいるようにも見える。
まさか魅了の魔法ではないだろうな。思わずゾッとする。
近所の女性たちが俺に向ける眼差しを考えれば、たしかにな、と思い当たるフシはあるが。
しかし無意識にコイツに魅了の魔法を使ったなど、断固として否定したい。
「どういうことだ? どんな魔法を使っているというのだ」
俺も知りたい。ような知りたくないような。
「魔法とも魔法でないとも言えます。人族の使う魔法という意味では魔法ではありません」
相変わらず口元に微かな笑みを浮かべた表情は変わらないが、幾分楽しそうに見えるのは気のせいか。
「まずは魔法について説明しましょう。私の認識する魔法と人族が言うところの魔法にはズレがあります。私も人族の魔法について全てを知っている訳ではありませんので、間違いもあるかもしれませんが」
エルヴィエルの目が少年のようにキラキラ輝く。
100歳オーバーで死体級の顔色をしたジジイの瞳とは思えない。
「この世は魔力に満ちています。レイモンド、あなたにも魔力はあります。人族の魔法とは、私が知る限り呪文の詠唱という手法を用い、炎を生み出したりするものです。そうですね?」
「……まあ、そんなところだろう」
あまり詳しくないのか、ワシに聞くな、という苦々しい顔で祖父が答える。
左右に手をひろげ、エルヴィエルは続ける。
「例えば炎を生み出す。そういった事象の発現を正確に理解し、想像し、呪文という媒介を介して魔力を代償に魔法として発現する。文献では詠唱魔法とされています」
「魔族にも似たものが存在します。が、我々にとってこれはひとつの技法とでも呼ぶべきものです」
「腕に力を込めるように、詠唱を用いず、魔力を意識し形として扱う我々の戦いを見て、人族はそれをひとつの魔法として……」
「……女神の加護とよばれる助力が途絶え、人族は徐々に魔法に対して……」
長い。
そしてつまらない。
この腕輪は本当にエルヴィエルの魔法講義から逃さないための枷かもしれない。
つい出そうになるアクビを噛み殺す。
こういう時にアクビなんぞしようものなら、頭から話が繰り返される危険性もある、と学習館は教えてくれた。
年々減少の一途を辿る魔術師の衰退を懸念して、子供たちに義務付けられている学習館での講義には、基本的な魔法講義が含まれている。
そこで学んだこととは違う、エルヴィエルの話には興味深い部分もあった。
魔法を使うのが難しいのは知っている。
昔は今よりはるかにすごい魔術師達が大勢いたことも。
だが、昔の魔術師がすごかったのは、女神が手を貸していたからだというのは知らなかった。
エルヴィエルによると、勇者と魔王の戦い、というよりももっと前から、人族と魔族の争いに女神は肩入れしていたらしい。
それが人族が魔王を討伐し勝利したことで、女神は満足し、手を引いたというのだ。
以来200年、女神に放置されたのと戦いが減ってきたのとで人族は魔法がヘタになってきている、こういうことらしい。
聞き流した部分もあるので正確ではないかもしれないが。
女神信仰は現在でも大陸の一神教として幅を利かせているが、熱心な信者はあまり見かけない。
200年もひきこもっているならそうなっても仕方ないな。
「女神様は大地に平和をもたらし、今も我々を見守って下さっています。敬いと感謝の念を忘れず、そのご加護を祈りましょう」
俺が教科書で学んだ女神像とは、なんだか違うけど。