フリーターで、傭兵です 5
「警戒しないんだね。てっきり怖がられるものかと思っていたのに」
やや残念そうな顔でエルヴィエルが言う。
怖い、と思う程の歳じゃない。
もっと小さい頃は「魔族に食べられるぞ」なんて脅し文句に怯えていたが、聞き飽きたしそんなヤツは出てきた試しがない。
俺は黙ってこの先の展開を見守ることにする。
「私はこう見えても100年は生きてる。ああ、君たちはとても悪い存在として魔族のことを教えられているだろう?」
教本にはそう書かれていたな。俺はためらいながらも頷く。
「仕方ないことだよ。争い合い、傷つけ合ったのは事実だ。私ももっと以前に誕生していれば同じことをしていたかもしれないね」
「ワシはそうは思わんがな」
斜め後ろの祖父に視線を向けると、腕を組みムッツリとした顔が見えた。
「フフ。レイモンド、アナタがそう思うのは私とアナタが友人だからですよ。友という関係を築けなければ、理解しあうのは難しい。我々の祖先がそうだったようにね」
祖父からの返事はない。エルヴィエルは再びゆっくりと俺に視線を戻す。
「だから、ラスター君。私は君とも友達になりたいと思っているのだよ。どうかな?」
魔族だと言うコイツが何故ここに居て、祖父と何故友人なのか聞きたいことは山ほどある。
ううむ。魔族の友達か。
コイツが遊びに来たら俺は他の友人を失う可能性もあるが。
しかしながら祖父はコイツに会わせるために俺をここに連れてきたのだ。
「ごめんなさい、また今度……」という選択肢はよろしくないだろう。
何より、俺は魔族というこの男を前に少しワクワクしていたのだ。
ブン投げたはずの童話に感じたあの時の興奮だ。
コイツと同じで俺もまだまだ青い。
いいじゃないか。ガキの遊びにもそろそろ飽きてきたところだ。
「僕みたいな子供でも良ければ、お願いします」
一貫してうっすら笑みを浮かべ続けていたエルヴィエルだったが、頭を上げた俺の目に映ったこの時のこの男の表情は、今でも忘れられない。
「では友好の証として、君に贈り物をしよう」
バッ、と突如椅子から立ち上がったエルヴィエルが隣の部屋へと消えていく。
「知らない人から物を貰うな」
これは常識だ。俺は祖父に尋ねる。
「貰ってもいいかな?」
「危ない物なら換えさせる。貰った分は、お前が大きくなったら何かで返しなさい」
プレゼントを貰ったら贈り返すのは常識だが、ある時払いで良いとのお達しが出たので、遠慮なく貰うことにする。
また一段とワクワクしてくる。
戻ってきたエルヴィエルは机の上に、両手で捧げるように持った、布に包まれた小さな物体を置く。
「さあ、見てみたまえ。君に祝福をもたらす腕輪だ」
薄く笑みを浮かべるエルヴィエルは手で、キラキラと光る純白の布を指し示す。
え、マジで?
脳内に再生される幼少期の勇者ゴッコ。
正直に言おう。所詮10歳の子供だ、背伸びしてもやっぱりまだ憧れる。
ドキドキしながら布をそっとめくる。
出てきたのは、ドス黒く禍々しいデザインの腕輪だった。
俺の想像とは少し違う。
腕輪全体に施された細かな装飾は鋭く尖り、拷問用の拘束具と言われた方が納得できる。
「…………」
「着けてみたまえ。君にピッタリだと思うよ」
ボッタクリ商店の店員でもこんなことは言わないだろう。
これが似合う10歳など存在しない。
おじいちゃんも何故何も言わない。どう見ても危ないと思うが。
俺はおそるおそる腕輪に手を伸ばした。
どうか、襲い掛かったりしてきませんように。