フリーターで、傭兵です 4
エルヴィエルという男は未だ興奮冷めやらぬ様子だったが、意を決したように手近な椅子を引き寄せると腰を下ろした。
祖父に促され俺も椅子に座る。
「すまなかったね、ラスター君。君と会える日を楽しみにしていたのだけど」
青白い喉がゴクリと唾を飲み込む。
「私の想像以上だった。赤ん坊だった君が見せた片鱗は、私の、想像以上だよ」
コイツが何を言っているのかサッパリわからない。
俺が生まれた時コイツは俺を見ていて、何かがコイツの想像以上だったらしい。
それが生まれたての俺のナニカでは無いと思いたい。
「フォズが抱いていた産まれたばかりのお前を見た時も、コイツはこんな感じでな」
祖父が補足してくれるようだ。
「コイツは、赤ん坊のお前が魔法を使っていると言いおった」
一気に胡散臭い話になる。
大昔の御伽話だが、子供たちに人気の大魔法使いの童話がある。
天変地異を操る派手なヤツだ。
大陸中そうだと思うが、子供は学習館である程度、魔法に関する勉強もする。
6歳から始まる教育だ。
それまでこの童話にのめり込んでいた無垢な子供たちは数年後、この本を見ると例外無く鼻で笑うようになる。
魔法の勉強に興味を持たせるための、卑劣な罠だ、と。
魔法がインチキだと言う訳ではない。
魔術師という職業に就いている人間が実在することも教えられる。
しかしながら魔法とは、果ての無い座学なのだ。
人生の貴重な時間を読書と研究に捧げ、童話に出てくるような魔法など夢のまた夢。
優れた効果を発揮する魔法を扱えるようになる頃には、その貴重な時間のほとんどを消費してしまっているという不人気職なのだ。
子供たちは皆、その現実を理解すると共に童話本を部屋の隅に追いやる。
俺は投擲遊具として流行らせた。
実際「世界の偉大な魔術師」に紹介されていた顔ぶれは、すべからくジジイだったしな。
手の込んだことをする……
と、心の中で俺は目を細める。
俺に選ばれしもの感を与え、魔法の勉強をさせようという魂胆に違いない。
「そうなのですか」
俺は神妙な顔で答える。
あの童話の続編を販売する業者の線もあるな、と思いながら。
「君、信じてないね。まあ魔術師は人気が無いからね、そう思っても仕方のないことだ」
フフフ、と笑いながらエルヴィエルは言い放つ。
コイツも人の機微には敏いらしい、と俺は強敵の予感を覚える。
すると、エルヴィエルは首元から足首までをすっぽりと覆う茶色のローブの袖を捲くり、顔に負けないくらい青白い左腕をスッと差し出した。
チラリと机を見たエルヴィエルは、右手で机の上に置かれていた手のひらサイズのナイフを掴む。
そしてそのまま右手のナイフを左腕に添える。
病的だと思っていたら、本当に病気だったとは。
哀れに思った俺は、自傷行為を止めなくていいのか、と祖父のほうを窺うも、祖父は黙って見ている。
口元に薄く笑みを浮かべたエルヴィエルの右手が僅かに動き、今度こそ俺は仰天した。
青白い男の左腕から幾筋か流れ出た血は、その肌より鮮やかな青色だった。
エルヴィエルは俺の反応を楽しむように笑みを浮かべたまま動かない。
いくら何でも血が青いというのは、子供の俺の理解を超えていた。
そこに祖父の追い討ちの一言。
「エルヴィエルは魔族だ」
悪逆非道、人類の敵として教科書に出てくる魔王の一族、魔族。
血を見せるだけならそんなに深く切らなくても……魔族とはやはり過激な連中のようだ。