王都へ 12
登場人物紹介
レイラ……ルンカト下層街で出会った女性。
夜の無い街ルンカト。
それは下層街を指す言葉だ。
コモーノさんとの打ち合わせを終えた俺は、一晩の自由を手に入れた。
五十万ジェルの煌びやかな夜だ。
いや、残念ながら小市民な俺はひとまず五万ジェルだけを受け取り、用意された宿にチェックインを済ませるとこうして街に出てきたところだ。
ショボくなんかない。
手持ちの金もあったし、これだけあれば下層で一晩遊ぶには充分なのだ。
見習い時代にはできなかった夜遊びを堪能してやるぜ。
「さあさあ、夜はこれから! 大陸中の酒が揃ってるよ!」
「お兄さん達、ウチに決めちゃいなさいよ」
「マッサージ、アルヨ。1ジカン、3ゼンジェルポッキリネ」
中央から外縁部に外れた、狭い路地が増えてきた辺りだ。
この辺りはまだ比較的健全といって良い。
フディコエフの夜間部隊も時折見かけるが、更に外へ向かえば無法地帯という程では無いものの、若干治安も悪くなる印象だ。
酒場や食事処の多い中央の賑わいとは違った様相を見せるこの区画に夜、足を踏み入れたのは初めてと言っていい。
見習い時代は警備でしか来ていない。
ターミルから移住してきた人間も多いせいか、異国情緒溢れる香辛料の香りが漂ってくる。
下層は商業区ではあるが、店舗の2階などに住んでいる者も大勢いる。
ルンカトが発展するための要素でもあり、外縁部に向かう程建て増しを重ねてスラムのような混沌とした景観になる不法住居も、外縁部限定でいつしか認められた。
こういう雰囲気は嫌いじゃない。
遊ぶといっても慣れているわけでも無く、雰囲気を楽しみながらさまよい歩く。
夜の帳が下りた街は、大量に設置されたランプに煌々と照らされ、客引きの声や酔っ払いの楽しげな声に満ち溢れ、酒と料理の香りが鼻腔を満たしてくれる。
ここは束の間の幸せをもたらしてくれる楽園だ。
今後控えた仕事を思えばハメを外しすぎる訳にもいかないし、やっぱりメシだけ食って帰ろうかな。
充分楽しめた。
そう思っていると、一人の女性がしゃがみ込んでいるのが目に入った。
店が途切れ、ほのかな暗がりを作り出す路地だ。
「どうかしました?」
大勢いる笑顔の酔っ払いの中に入っていけない寂しさも手伝い、声をかける。
「なんでもないの。ちょっと酔っただけだから、平気」
女性はこちらを見もせず、俺を拒絶する。
ポリポリと頭を掻き、背を向ける。
なんだかつまらない。
「水、置いときます。良かったら飲んで下さい。キツかったら無理しない方がいいですよ。それじゃ」
しつこくしたいわけでは無かったが、チラリと見えた顔が少し苦しそうに見えたので、引き返した近くの店でもらってきた紙コップの水を置いて立ち去ろうとする。
「あ……。ごめんなさい、ありがとうございます」
予想外だったのか、慌てたようにこちらに顔を向け礼を言ってくる。
差し込むランプの明かりに浮かんだその顔は、俺としても予想より随分若く見え、驚いた。
年下では無かろうか。
長い薄金色の髪に意思の強そうな眉が魅力的な顔をしていた。
立ち去ろうとした足を止め、思わずマジマジと見てしまう。
女性は一息に水を飲み干すと、はあ、と息をこぼす。
「大丈夫ですか?」
「はい。お水のおかげで少しスッキリしました」
そう言って笑った顔はますます幼く見え、なぜこんな場所にと思わずにはいられなかった。
女性は立ち上がろうとしたが、その動作は緩慢で、壁に手をつきながらようやく、といった感じだった。
実に危なっかしい。
「誰か一緒の人はいますか? 歩けます?」
「少し休めば大丈夫です。私こそ、お連れの方にご迷惑なんじゃないですか?」
「俺は一人ですよ。ぶらついてただけですから」
そうなんですか、と言いクスクス笑う。
「ごめんなさい。もしかして夜の楽しみをお邪魔してしまったかと思って」
「いやいや。メシ食いに来ただけですから」
なんで俺は慌てて弁解してるんだ。
若く見えるが、ルンカト住民にとってはそういう店の存在は忌避すべきものでは無いのかもしれないな。
「私も一人なんです。いつもはこんなに酔ったりしないんですけど」
「家は中層ですか? それともこの近くですか? なんだったらお送りしますけど」
「この近くです」
下層育ちにとっては普通の日常なのかもしれない。
若い女性がこんな場所で一人で、と思ったが、それを口に出すのはこの街の住民である彼女を侮辱することになりかねない。
彼女にとっては故郷に違いないのだから。
「じゃあお言葉に甘えて肩を貸して頂いても良いですか?」
「ええ、どうぞ」
肩といったが小柄な彼女の腰に手を回すような形になる。
彼女は両手で俺の左腕に顔を寄せるようにキュッとしがみつく。
正直に言えばこういう展開を期待していなかった訳ではない。
酔っ払いどもよ、俺の勝ちだな。
彼女の案内に従い、路地を歩く。
酔った彼女を抱えたままなのでゆっくりとしたものだが、むしろ有り難い。
「私、レイラって言います。自己紹介もせずにごめんなさいね」
「あ、それは俺も同じですから。俺は」
ふと、我に返る。
明日以降、近いうちに護衛に入ることになる。
隠密任務といってもいい。ここでこのレイラという女性に名を明かすことが、何かを招きかねないとも言えない。
どうする。
咄嗟に色々な顔が浮かぶ。俺の知り合いはオッサンが多い。
「ノヴィトです」
「ノヴィトさん。素敵なお名前ですね」
ちょっと貸してもらうぞ、ノヴィトよ。
お前の名前ならトラブルになることも無いだろう。
飲みにきている恋人同士も多いので、俺とレイラが特に目立つこともないのが安心できる。
思いがけなく訪れた、柔らかで甘い香りの幸せを、今は心ゆくまで味わいたい。
俺がこんな下心を抱いていると知ったら、彼女は軽蔑するだろうか。
それとも、下層の住人なら受け入れてくれるだろうか。
下種な考えはよせ、と誰かに戒められる。
そんな男が14歳の少女を命がけで守るだと?
「もうすぐ私の家です」
下らない葛藤を知ってか知らずか、レイラが終わりを告げる。
俺の心に幕が下りていく。
本当にしょうもない葛藤だった。
「ノヴィトさん」
ややあってから、レイラは俺の顔を見上げ、少しはにかんだ顔で告げる。
「良かったら家に、上がっていきませんか」
第2幕が始まる。
下層街
中央部分は広く洒落た街。外縁部に向かう程その様相は繁華街へと近付き、雑多な商店や飲食店がひしめき合う。観光客のお目当てでもある。繁華街を抜けると下層市民の居住地区が出現するがその広さは僅かで、建て増しされた狭い住居に起居している。が、清潔さは保たれ治安もある程度守られてはいるようだ。




