フリーターで、傭兵です 3
登場人物紹介
レイモンド・セロン……ラスターの祖父。マディスタ共和国に本拠を構えるブライトン傭兵団の重鎮。
エルヴィエル……ブライトン傭兵団の敷地に住む謎の男。顔色が悪い。
ブライトン傭兵団
大陸有数の巨大傭兵団。マディスタ共和国以外にも、大陸各地に傭兵を派遣する。
父と母は挨拶回りに出向き、祖父に俺を預けていった。
今思えば両親なりの気遣いだったのかもしれない。
「おお、フォズとリリアの子か」
好々爺の顔でドデカい机から回り込んでくる爺さんもまた、祖父と同じく見事な銀髪を持つ猛禽の類だった。
祖父に連れていかれた城のような屋敷の3階部分、奥まった場所にある書斎は、期待していた玉座の間とは程遠い落ち着いた部屋で、俺の嫌いな街の学習館に似ていた。
「まあ、かわいらしいこと。お名前を教えてくれる?」
書斎の続き部屋から出てきた優しげな老婆はこれまた期待していたお姫様ではなかったが、上品な雰囲気と柔らかな物腰で俺を安心させてくれた。
「ラスター・セロンです」
「おいくつ?」
「10歳です」
穏やかな微笑みを浮かべる彼らの横に立つ祖父は、無表情に腕を組んでいる。
俺の礼儀作法をチェックしているに違いない、と頭を働かせる。
今思えば俺は10歳にして既にクソガキだった。
いや空気を敏感に察知することに長けた繊細な子供という見方もある。
幼さと礼を両立させるという対年配者への狡猾さを見せた俺は、祖父に連れられ屋敷から出る。
屋敷の裏手から見える敷地内は、俺をワクワクさせた。
横長に伸びた長大な馬小屋や、煙が立ち昇る煙突をいくつも突き刺した奇妙な屋根の建物。
傭兵団の人間だろう、たくさんの息遣いが肌を打つ。
前を歩く祖父の足取りは確かなもので、いつも街で見る老人たちの姿とはまるで違う。
俺に未だ笑顔を見せないのは、試験継続中か。
やがて木が生い茂る敷地の端の方にある、いくつかの小屋が繋がったような場所にたどり着く。
「入りなさい」
扉を開けた祖父の顔は相変わらず無表情に見えたが、その声は思ったほど怖いものではなかった。
ラスター君はお気に召したかな? と可愛げの欠片も無いことを思いながら祖父の後に続く。
「エル、ワシの孫だ」
廊下の突き当たりにある扉の無い部屋に入り、祖父が腰まで伸びた黒髪の人物に声をかける。
壁際の机の上で何やら作業していた黒髪が翻り、こちらに顔を向ける。
「おお、これがあの子供ですか。ようやくですか」
振り返った男は父より少し若いだろうか。
病的と言っていい青白い顔と長い髪に俺は衝撃を隠せなかった。
不気味な顔だ。
しかも俺を知っている。ようやく、とはなんだ。
祖父が俺を傷つけるなど想像もしていなかったが、男の気味悪さと言動に警戒心を抱く。
「お、おお! 面白い! き、君、それはどうやってるのかね!?」
急に目を見開き口を開け、俺の方へと男が走り寄ってくる。
「エル! この子を怖がらせるような真似はよせ!」
祖父の背中が一瞬で俺の目の前に広がる。
ああ、ごめんよおじいちゃん……
今まで誤解していたことを女神様に懺悔します、おじいちゃんはただ顔が怖かっただけなんです。
気味の悪い男の突然の猛チャージという驚きと、猛禽の試験官が実は自分のおじいちゃんだったという2重の驚きはあったものの、どうやら危険な目に会うことは無さそうだ、とホッとする。
「ああ、あ、消えていく、ああ……」
切なげな声にそっと祖父の背中から顔を出し見やると、その不気味な男は祈りを捧げるように胸の前で手を組み、泣きそうな顔をしていた。
そのポーズは俺がたった今、面倒くさくて端折ったやつだ。
まさかお前がやっていたとは。
「ラスター。この男はエルヴィエルという。悪い男ではない」
振り返り俺の頭に手を置いた祖父は、静かに告げる。
「お前が産まれた時、傍にもいた男だ。安心して話を聞くといい」