王都へ 9
ゆっくりとネイハム様が右手を戻す。
呼吸や筋肉の緊張から、これ以上まだ仕掛けてくるつもりは無さそうだと判断するが、一応探知は持続しておく。
「まず最初に、お前に謝罪すべきだろうな。避けてくれなければ、俺はお前を傷つけていた。死んだとて、使えぬ男であれば口封じの手間も省けて良い、とまで思った」
「そのお言葉だけで十分です、俺は。謝罪される必要はないと思います」
「そうか。では礼を言おう。よくぞかわしてくれた」
そしてわずかに頭を下げる。
正直今時こんなやり方は流行らないと思う。
政治に携わる者として、あってはならない横暴だとも思う。
だけど俺は今この場で行われたことを全て否定しようとは思わない。
もしかすると障害になるかもしれない不確定要素を、叩いて確かめたに過ぎない。
「……今のようなやり方には賛同致しかねます。ラスターさんが避けなければどうなって」
「言うな、コモーノ。それ以上は、言ってくれるな。確かに、どうかしていた。焦りか不安か、平然としていたこの男が見切っていたのか、反応できなかったのか、確かめたくなった。なんだか腹が立ってな。バカな真似をした」
なんだと、2回目はカッとなってやったのか。この若造がスカシてんじゃねえ、などと思っていただと。
評価ゲージが一段下がる。探知の魔力は感情そのものや思考までは読み取ってくれない。
ネイハム様の言葉で室内の空気が落ち着きを取り戻す。
「もはや何も言うまい。全て話そう。ただし、この話は絶対に口外しないと約束して貰いたい」
「それは、俺が話を聞いてから断ったとしても構わない、ということでよろしいのですか」
「断れば拘束するしかあるまい、と思っていたがな。先の非礼の手前、お前の意志を尊重しよう」
ネイハム君一段アップ、だ。
「私は、ネイハム様が断ることを許されぬだろうと思っていたのでここまで黙っていたのですが」
申し訳なさそうな顔でコモーノさんが詫びてくる。
仕方ないだろう。俺とコモーノさんの間に友情があったわけでもない。
無理を押してでも俺が引き受けてくれるなどと思っていなかった以上、コモーノさんはそうするしかなかったに違いない。
「では聞くがいい」
ターミルを経由してある重要人物が極秘にここへやって来る。
その重要人物は狙われており、大勢で護衛もできない立場にあるという。
しかも、その重要人物は自分が狙われていることを知らないらしい。
それを本人に知らせたくない事情もあり、人目につかないように密かに王都まで護衛する、というのが大まかな内容だった。
「あえてその方がどのような立場の方か詮索はしません。しかし何故俺などにそれを?」
「そうだな。条件として望ましいと思ったことが3つある。1つ、傭兵団など組織に属していないこと。1つ、信用できる人間であること。最後に、名の知られていない人物であること、だ」
フリーで無名。たくさんいるだろ。
なんでそれが条件なんだ?
「集団である組織に依頼はできない。情報漏洩の恐れが付きまとう。その中の個人に依頼しても同じことだ。組織に属している人間を密かに使うにはリスクが伴う」
「信用できる人物というのは説明するまでもあるまい。そして名が知られていないというのは、敵の目を晦ますためだ」
「囮として俺の信頼する兵士を選抜して、もう一隊馬車団を飛ばす。お前と同じように、囮になる人間を重要人物として警護するよう通達してある」
「あくまでもお前はブロンズ商会に雇われた臨時の傭兵の一人でなければならない。目立つ人物であっては、困るのだ」
ようやく、理解できた。
その人物はマークされていて、大名行列で警護できない事情がある。
かといって敵が形振り構わず襲ってきた場合、少数では不安が残る。
そこで囮を使い、敵の目を逸らした上でブロンズ商会の流通に紛れて密かに送り届ける、と。
「わざわざ役場に依頼を出したのもそのためですか」
「ええ。調べられてもラスターさんが本命だと知られないためです」
「なるほど。しかしそれなら今回の臨時便がネイハム様からだというのは伏せたほうが良いのでは?」
「一応、事前に急遽発生した補給任務だという偽装はしてある。護衛のせいで対応しきれず、ブロンズ商会に投げたという形でな。まあ、全てを完璧にはできん」
「だから今回重要なのはこちらが信頼できること、隠密に物事を遂行できることだ。信頼できるというのは情報を売る恐れがない、という意味も含まれる」
「何故俺が信頼できると? 傭兵として全くの役立たずであったら?」
「それはお前を選んだコモーノに聞くしかないな」
俺はコモーノさんを窺う。
ほとんど接点は無いはずだ。わずか十数分しか会っていないし、交わした言葉も挨拶程度と言っていい。
「私は商人です。護衛にふさわしい傭兵の技量など何もわかりません」
「しかし俺が相談した時、お前はこいつの名を出したぞ」
「それはネイハム様が仰った条件に当てはまる方が、私にはラスターさんしか思いつかなかったからです。ただ、それでもあえて言うなら」
「優れた商人の条件は勤勉であること、誠実であることだと私は思っております。計算ができることでは無い、と思うのです。そして商人の持つ武器は、人を見る目であるとも」
コモーノさんは静かに俺を見ると、頭を下げた。
「私は勝手な都合でラスターさんを半ば騙すような形で巻き込みました。先程既に危険な目に会わせております。私の行いは誠実とは言いがたいものです。この報いは、受けるつもりです」
たしかに契約内容は事前に話しておくのが筋だ。
領主の権力で断ることを許さないと予測していたなら、詐欺といわれても仕方ないが、しかし。
「報いを受けるなんて言わないで下さい。商人の常識と傭兵の常識は違うんです」
「その通りだ。報いを受けるならば俺だ。お前はただ俺に対して誠実であろうとしてくれたにすぎん」
なぜか俺とネイハム様がコモーノさんをなだめる展開になっている。




