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フリーターで、傭兵です 2

登場人物紹介

 アンナ……ラスターの住むターゼントの街の役場に勤める女性。


 フォズ・セロン……ラスターの父。傭兵。


 リリア・セロン……ラスターの母。

 レプゼント王国南部の街ターゼントは、王国内のその他の街と比較すると歴史が浅く、規模も小さい。

 大陸東岸に位置するレプゼント王国最南端より北西、国境近くに建設されたこの街で暮らし始めて2年近くになるだろうか。


 南部の流通基地として機能している、大きな市場があることだけが特徴だ。

 都会でも田舎でもないこの街は、俺にとって程々に居心地が良く、マチルダさん家の屋根裏という聖域を手に入れてからは第2の故郷となっている。


 15歳からこれまでいくつかの傭兵団に所属したが、どれも長続きしなかった。

 ほとんどが、正規雇用に至らず見習いで終わっている。

 世界を変える、もしくは気ままに生きても己の力で何とでもできる、そんな魔法があれば良かったが生憎そんな便利な魔法は使えず、社会の波に揉まれている。




 日課の荷運びを終えた俺は小さな役場へと向かう。窓口には2人の男が居り、受付の女性となにやら話している。


 入り口横の掲示板に張り出された紙に、傭兵募集に関する依頼は見当たらない。

 最初からそこに期待している訳では無いので、先客の用事が終わるのを待つことにする。


「こんにちはー」

「こんにちは。お疲れ様です、ラスターさん」


 2人の男が窓口を離れると受付のアンナ嬢に声をかける。

 なかなかの美人で人気だが、既に結婚している。

 嬢と言ったがたしか30に近いはずだ。

 女史と言うべきか。本人の耳に入るところでは嬢と呼ぼうと思う。


「なんかあります?」

「そうですねぇ。今来ているものでは……指名依頼だけになってますね」


 幾度となく訪れているので用件を伝えるまでもなく、アンナ女史は書類を引き出すと素早く紙を繰っていき、フリー傭兵宛の依頼を探してくれる。

 ターゼント街役場に集まる依頼のほとんどは商人か職人宛しかない。

 王国全土もしくは近辺の都市や村から集められた依頼は、大体が「来たれ若人」的な求人ばかりなのだ。


 今日もハズレか。

 いやそれこそ俺が隈なく目を通すべき情報だ、とマチルダさんあたりは言うかもしれない。

 今や手に職を持たない人間は少ない。組織に属さない人間はダメ人間扱いのような風潮なのだ。


 生まれる時代を間違えたのかもしれない。

 昔流行っていた冒険者という名のフリーターがうらやましい。



 魔王と人間の争いが終わり大陸に平和が戻る前は、傭兵というのは少数派だったそうだ。

 魔族や魔獣相手に戦う冒険者が主流で、戦争屋である傭兵の地位は低かったらしい。


 勇者や賢者という多彩な職業分けされた戦いに赴く者たちの冒険譚は、今なお語り継がれている。

 そんな冒険者も姿を見なくなって久しい。

 平和になった世界で必要とされたのは、傭兵だった。

 冒険者と呼ばれた英雄達は老い、やがてその道を歩む人間は皆、対人戦闘職である傭兵へと変わっていった。


 長く続いた冒険時代の終わりだ。

 そんな傭兵も、領土争いが少なくなった現在では、戦争以外に様々な依頼をこなす何でも屋に近い存在になっている。

 一部には大陸の僻地に追いやられた希少種である魔獣を狩る傭兵もいるようだが。


 やはり傭兵への依頼はターゼント近くの都市を拠点とする傭兵団が取り仕切っている。

 傭兵の本業である戦闘関連業務から離れてだいぶ経ってしまった。

 依頼とは何の関係も無い普通の日雇い仕事ばかりしている。


 俺だってこの状況に何も感じないって訳じゃない。

 幼い頃から傭兵としての道を歩んで来た身としては、錆び付いていく感覚に焦りを覚えたりもする。

 そうやって2年経つ訳だが。



 目の前の広場から続く道を交易馬車が走っていく。

 荷を降ろして軽くなったのだろう、幌の付いた台車部分がリズミカルに揺れる。

 交易馬車は大陸中どこに行っても目にするくらい、大量に走っている。

 老人たちに言わせればそれこそが平和の象徴らしい。


 俺には理解しかねる話だった。

 住み慣れた屋根裏へと歩きながら、どこか遠く感じていた祖父のことを思い出す。


 俺の全てを変えた、魔法傭兵としての始まりの記憶を。



 俺は幼少期を、今住んでいるレプゼント王国で過ごしたが、レプゼント生まれではない。

 俺の祖父は隣国の、歴史ある大傭兵団に所属し、戦いの日々を過ごしたらしい。

 今よりはるかに戦乱の匂いが色濃かった時代だ。


 祖母は俺の父フォズを産んで1年経たずに亡くなっている。

 ブライトン傭兵団という名のその傭兵団の中で育てられた父フォズもまた、当然のように生粋の傭兵だ。

 そんな父が母と出会ったのは、やはりと言うべきか所属する傭兵団の中。

 と言っても母は傭兵ではなく、裏方として働く普通の女性だ。


 俺が産まれると、母リリアは自らの故郷であるここレプゼント王国の北部にある街へと戻り、俺を育ててくれた。

 母の両親はその頃既に他界しており、俺は会ったことはない。


 そんな母に合わせて父はレプゼント方面への依頼担当を主とし、しょっちゅう会いに来てくれたし、家で共に過ごした期間も長い。

 当然というべきか、将来傭兵となる道は規定路線だったのだろう。


 俺は父から傭兵の手ほどきを受けた。

 優しい父の傭兵の仕込みは、幼い俺にとっては楽しい戯れのようなものだった。




「ほら、挨拶しなさい」

「じいちゃん、こんにちは」


 父の職場である、ブライトン傭兵団のレプゼント方面拠点には何度も連れていってもらったことがある。

 だから傭兵団といっても身近な存在で、特別驚くような存在じゃない。


 だけど、俺にとって初めての国外旅行となる、ブライトン傭兵団本拠地行きは想像以上の興奮を俺に与えた。

 レプゼント方面部隊の移動と共に両親に連れられて行った場所は、見たこともない広大な敷地を持つ、都市の中の街とでも言うべきものだった。


「大きくなったな。もう10歳だったか。最後に会った時は言葉も上手くなかったが」

「お義父さんがちっともラスターに会いにきてくださらないからですよ」

「ワシは軽々しくここを動けんと何度もフォズに伝えてあるだろうが」


 ラスター・セロンという自我を意識してから俺が初めて会った祖父は、深い皺と鋭い目を持つ猛禽のような傭兵だった。

ターゼントの街

 レプゼント王国南部の街。田舎でも都会でもない、至って普通の特徴のあまり無い街。市場がある為交易馬車の往来は盛ん。

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