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王国御前試合 5

 メッサーのもう一つの狙い。

 直接の指揮下におく手駒の確保。


 ガゼルトに与えられた王国兵は様々な制約で縛られている。

 既存の傭兵団は手駒とするには弱い。深くまで関わらせると別の危惧も出て来る。


 メッサーが考えたのはガラン商会の傭兵のように交易馬車を組織して動かす新たなお抱え傭兵団だ。


 ただの商売としてではない。勿論それはそれとして役立ってもらうが、人知れず密命を預ける事ができ且つ自然に北部を動き回る事のできる自衛力を持った集団。


 ラスターはうってつけの人材だった。

 既にガラン商会でその地位を築いている。

 北部で同じ商売を始めても不自然さはない。


 経済的な利益として何か策があればそれで良し、無ければこの機会にそれを持ちかけてしまえという訳だ。


 御前試合で集めた傭兵の効率的な利用法でもある。密かにラスターを手駒とし、傭兵達には何も知らせず動かして貰う。この男ならばできるだろう。実績はある。


 これは主には内密の約束だ。

 メッサー直属の部下としての申し出。

 そもそもカークは望まぬであろうし、万一事が発覚してもメッサーで留める事が出来る。 



「どうかな」

「集まった傭兵は実力者揃いのはずです。束ねなどそう上手くいくとは思えませんが」

「必要なのは腕ではない。頭だ。第一彼らは金で動くはず、違うかね?」


 ラスターの思惑を遥かに超えてどっぷりと浸かる事になる。これを受ければ簡単には抜け出せないだろう。


 しかしメッサーの言うようにそのノウハウを既に持っているのは確かだ。一番高く売れるとすればこれを置いて他には無いのも事実。


 どうするか。

 利点も多い。

 間違いなく北部のトップに食い込める。

 何より引っ掛かっていた懸念の解決に一役買えそうな気配もする。


 出来る事をやれなどと偉そうにアキームに言ったのはラスターだ。


 モリナが待つ家へ帰りたい思いや王都で戦っていたネイハム、コモーノへの思い。様々な考えが頭をかき乱す。



「私は法に反するつもりはありません」

「それは私も同じだ」

「密命がそれに反しないものであると?」

「勘違いさせたのならすまない」


 メッサーが笑う。


「私が望むのは己が利益ではない。貴族も民も無い、理想の庭を作り上げる事だ」









 ガゼルト公爵邸の庭の一画に男達が集められていた。今回雇われた傭兵達だ。

 規律を乱すなと厳命されているのだろうか、王国兵の監視の下、無駄口も叩かず整列している。


「彼らの経歴は頭に入ったかな?」

「どうでしょうか。経歴は皆優れている、という事は分かりましたが」


 ガゼルト伯メッサー・タナスの申し出を俺は受ける方向でいる。

 用意の良い事に傭兵達を集めていたとはやはり油断ならない男のようだ。


「では挨拶するとしよう」


 メッサーの後に続き庭を進む。

 一斉に敬礼する王国兵の挙動に傭兵達がこちらを振り返ってきた。


「諸君、紹介しよう。新たにもう一人加わる事になったラスター・セロン君だ」


 え?


「二日後に備えて各々励んでほしい」


 メッサーが会話を始める。

 どうやら御前試合の代表選抜が二日後に行われるらしい。その結果で振り分けられると。


 それに参加するなんて一言も聞いてないぞ。

 汚ねえ。


「……ことで、選抜の結果がどうであれ君達は長く遇すると約束しよう」


 メッサーの言葉に傭兵達が驚きと満足気な表情を浮かべる。いきなり割って入ってきた俺に不満そうな態度を見せていた者達の気配が和らぐ。


「では解散としよう。集まっていただき感謝する」








 ラ・ゼペスタに戻った俺はすぐにエルザさんと協議を始めた。


「素晴らしいですわ、ラスター様」

「すぐに王都に連絡が取れますか? どう動けばいいか判断して貰いたいんです」

「勿論すぐにでも」

「それと、ガラン商会のヨハンに連絡を。俺からの手紙も渡してください」


 メッサーを信用させつつ自分の立場を揺ぎ無いものにするために、俺はまず西部と北部の連携から始めるつもりでいる。


 ガラン商会にも筋を通せる。

 あちらの新たな商売の取引先としてこちらからも利益を提供するのだ。考えている事が形になれば北部に相当食い込めるはず。


 あやふやな計画にしかすぎないがやるしかない。






 その日の夜、王都。


「あいつは不思議だな」

「ええ、まったく。ちょっと驚きますね」

「それで、どうだ」

「素晴らしいですよ、これは。実現すれば北部経済の利が一気に回りだすでしょう。ただし北部の仕組みがそれを許すかどうかは分かりませんが」


「であろうな。残念ながら」

「こちらがガゼルト公をどこまで叩けるかにもよると思います」

「うむ……」


 ラスターの描いた青図は商人としてコモーノに興奮をもたらしていた。

 実現できるかはともかく、閉鎖された北部経済に楔を打ち込めるかもしれない立場をラスターが得たのは僥倖としか言いようが無い。


「北部の派閥崩壊。そして再編に伴う改革。ラスターさんが西部のように流通に関わっていれば随分と楽になるのは間違いないでしょう」


「落ち着け。先ばかり見ていても目の前の問題を越えていかねば何にもならぬぞ」

「それはそうですが」

「で、あいつの要望は?」

「金銭と人員の支援です。リーゼンバッハを指名してきておりますが」

「まあうってつけであろうな」

「それと御前試合の件です」

「好きにやれ、と言いたいがどうするか」


 ここでネイハムは愉快そうに腕組みする。


「結果などどこが勝とうが大して意味は無いのだがな。あいつにも楽しませて貰うか」

「そのような。向こうに集中させてあげるべきです」

「いや、そうとも言い切れまい」


 ゴキゴキと首を鳴らしネイハムが鼻を鳴らす。


「御前試合で傭兵としての地位を上げればあいつの価値は更に上がるぞ。必ず今後役に立つはずだ」

「それは……そうかもしれませんが」


 貴族社会に食い込む一手として肩書きはあるに越した事はない。それはコモーノにも分かる。


「堅く考えすぎるな。一度は手放したが戻ってきたのはあいつだ。あいつと会って変わったのはお前も知っているはず」

「……変わった、確かにそう思えましたが」

「無理にとは言わぬし無理しろと言うつもりもない」


 御前試合まで一週間。

 ネイハムとカークが雌雄を決する瞬間までもういくらも無い。



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