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王国御前試合 3

 即位式典が近付くレプゼント王国は、実りの秋の気配と共にどこか活気づいていく。

 特需という奴だ。


 お祭りというと不謹慎だが、民にとっては政治の思惑などどこ吹く風と変わらない。

 今日も今日とて商人が声を張り上げ、街行く人々は来るイベントを楽しみにしている。


 農村は余り変わらないかもしれない。

彼らの多くはいつも通り働くだけだ。

 それでも当日の祝賀の祭りを楽しみに、収獲を迎える喜びを加え農作業もはかどるというものだ。




「どうかね? 西部から見て」


 ガゼルト周辺の農村を見て回ったラスターとバルジ会長が立派な装飾で覆われた馬車の中で会話を交わす。


「凄く効率的な配置になってますよね。中心にガゼルト、その周囲に町や村、そこから外側に各都市」


 流通に関して北部は実にシンプルで効率的な手段を取っている。各都市それぞれが町村を経由する事で無駄の無い配置となっている。これは都市に合わせて村を建設したガゼルト公の功績だ。


 無理を押して民草に負担を強いた事は間違いないが、今ではこうして芽吹いている。


「北辺で狩猟資源や鉱物資源を得て、南方で農作物や工芸品の産業を行う。西方では西部と連携して交易品の加工。東方で漁業や石材木材職人に生産を行わせる。北部だけで一つの国として成り立っています」


「流石にガラン商会の幹部だ。見る目がある」

「丁稚の手習いですよ」

「いや、確かに君の言う事は地図を見れば分かるものだ。しかし村を見てそう思ったのだろう? 実際に物資のやり取りの効率を短時間で把握したようだ」


「商会の者なら今や誰でもそうでしょう」

「なるほど、飛躍は伊達では無いという事か」


 ラスターは既にいくつかの進言を行っている。

 それはどちらかというと北部経済を大きく動かす革新的なものとは呼びがたいものだったが、庶民目線の底辺の効率を良くするものとしては価値があった。


 ボレウス伯爵以下、ガゼルト行政から進言について手応えを感じさせる反応は未だ無いものの、北部の流通を預かるクローハン商会向きとしてバルジ会長に預けられている。


 徐々にではあるが、踏み込みつつあった。

 ラスターが得た内部情報にどれほどの価値があるかは本人には甚だ疑問だが、どうやらエルザは満足しているらしい。王都のコモーノからもその調子でやって欲しいとの合格点は与えられている。


「北部育ちではありますがこうしてみるとまるで別の国に来たように感じられます。ただの街だと思っていたノーラントにもきちんと役目はあったのですね」

「はは、面白いね。そういう素人っぽさは君が傭兵だと思い出させてくれるよ」


 クローハン商会の旗、それも特別仕様が施された馬車は、形だけとはいえ北部軍の検閲も受けずにガゼルトへと帰還を果たす。


 先行するクローハン商会の護衛騎馬が大通りの道を確保し、滑るように中心街へ辿り着く。


「少し商会に立ち寄らせて貰いたい」


 クローハン商会は中心街に大きな敷地を占有している。本店周りに備蓄基地となる倉庫や事務所が立つ。といっても通りを挟んでそれぞれは分割された格好だ。


 馬車から降りた一行は商会事務所のある立派な建物へ入って行く。

 ラスターは一人だ。エルザは居ない。

 護衛と部下に囲まれたバルジ会長とラスターは会長室へと入り、女性秘書と三人だけになる。


 貴族とはまた違った豪華さのある部屋。

 芸術性では無く、機能性に優れた高級品で纏められている。



「どうぞ」


 お茶を用意した女性秘書が隣室へと去ると、バルジ会長が切り出す。


「さて、君の事はある程度確かめさせて貰ったつもりでいる。話をさせて貰いたいが構わないかな」

「はい」

「何、身構える必要は無い」


 クッションの効いたソファー席にバルジが身を沈める。前のめりになるなという意思表示のようなものだろう。

 

「ラスター君はガラン商会を辞めてここで働く意思はあるかな?」

「申し訳ありませんがそれはありません」

「ガゼルト公の下で傭兵、もしくは部下として雇われるつもりは?」

「条件が分からなければ何とも」


 ふむ、と頷く。


「それは尤もだ。条件というのは例えば報酬次第といった所かな?」

「それはあります」

「この質問は単純に私の個人的なものだが。君には一緒に住んでいる女性がいるそうだね」

「ええ」

「西部に骨を埋めるつもりかね?」

「それは何とも。彼女も私もどうしても西部にこだわるつもりはありませんので」


「そうか。踏み込んだ質問をしてすまなかったね。答えてくれてありがとう」

「ああ、構いませんよ。頭を上げてください」

「ふーむ」


 バルジが茶を持ち上げ啜る。

 同じく茶を啜ったラスターが、渋い味ですねと感想を伝えるとバルジが笑う。


「老人にはこれくらいが丁度いい。苦かったなら淹れ直させよう」

「いえ、好きな味です」

「気に入ってくれたのなら何よりだ」


 外回りから戻った休憩とばかりに、そこからしばらく他愛ない雑談に興じる。

 ラスターもこの会長の事は気に入っていた。

 無論北部下層民の惨状に目を向けず搾取する側と結託している人間ではあるが、だからといって悪人とも言い切れない。


 個人にはどうしようもない事もある。

 自身も商会で働く人間も油断すれば奈落へ落ちかねないのだから。

 何より、少なくともバルジは他人を見下したりなどしていない。それが伝わってくる人柄であるというだけで、北部に救いがあるようでラスターは地元を嫌いにならずにすむ、と思っている部分もあった。



「では本題に戻ろうか」

「言いにくいお話ですか」

「そう思うかね?」

「遠回りしているように感じましたので」

「うむ」


 バルジがやや視線を斜め下に向け考え込む。

 視線を戻した時にはそれは気のせいだというように務めて気楽な口調で話し出す。


「単刀直入に言ってしまおう。私は君にボレウス伯の下で働いて欲しいと思っている。ガラン商会よりも遥かに厚遇できる確認は取っている。どうかな、ガゼルトで出世してみないかね?」


「なるほど。それは有り難いお話です」

「どうかね」

「しかし私に何ができるとも思いませんが」

「まあ汚い話を言えばガラン商会の持つノウハウを君から引き出すという狙いはある。難しく考えなくて良い、君は特別何かをやる必要は無い」


「一つ質問して構いませんか」

「どうぞ」

「私は、と仰いましたがそのお話はバルジ会長のお考えでしょうか、ボレウス伯のお考えでしょうか」

 

 バルジとしてはこの露骨な引き抜き話をガゼルト行政からだと言っていいものかまだ判断しきれてはいない。特別隠せとも言われていないが、できれば自分が勧めたという形にしておけば最も角が立たないだろう。


 一方でラスターも軽々に返事はできない。

 現在、形としてはラ・ゼペスタに招待され、長期逗留と取引するという体でボレウス伯爵からアドバイザーを引き受けている形だ。


 内部に潜り込む絶好の申し出ではあるものの、一度引き受けてそれがつまらない立場であれば自由を奪われ逆に情報を得られる機会が減ってしまう。できれば式典までに一つくらいは有益な情報を得たい。


「ボレウス伯も高く評価していたからね。私の考えとボレウス伯の考えは一致しているはずだよ」

「そうですか」

「無論ラスター君がガラン商会の一員である事は重々承知だ。もしかしたら君を怒らせてしまうかもしれないと思って躊躇った部分はある」


「それはお気になさらず。当然果たすべき義理はありますが、傭兵としてはより高い契約に飛びつくのは普通の事です」

「それを聞いて安心したよ。私の勇み足でかき回してしまう心配があったのでね」


 あくまでも自分の発案だという態度は崩さない。

 まだ互いに探りあいが続く。


「バルジ会長」

「何かな」

「ガラン商会は勢いのある組織です。これから益々伸びていくでしょうし、私は今の地位を守っていれば将来安泰だと思っています」


「違いない」

「言い方は悪いですがもしも売るのであればできれば高く買って貰いたいというのが本音です」

「いや、それは当然だと思うよ」


 一つの方向に纏まっていく。

 互いの望む方向に。

 ラスターが踏み込み返す。


「私をどの程度重用していただけるのか保証は欲しい所です。報酬とは別に」

「それも分かる」

「例えばガゼルト公直々にお言葉をいただくとか」

「ガゼルト公は王都にいらっしゃる。それは少し難しいな。ボレウス伯では不満かな?」


「そういう訳では無いのですが……分かりやすい形でいただきたいのです。決してボレウス伯を軽く見ているという事ではありません。ただ、何と言いますか」


 ラスターにとってボレウス伯爵は大した地位にはいない。人物としてはひとかどだが、それ故核心に触れるような話は絶対に自らの判断で漏らしたりしないだろう。


 そういう意味で地位としては低い。

 だからここは何とかそれ以上を引き出したい。頭の足りない貴族であればある程有り難い。


「では私から尋ねてみる事にしよう。ラスター君がその気があると分かっただけでも収獲だ」

「厚かましい申し出ですが、できればやんわりと」

「そこは心配いらないよ。むしろ貴族社会ではそういう交渉は一つのマナーでもある」


 そう言ってバルジが笑う。

 彼なりの冗談だったのかもしれない。









 後日ガゼルト公爵邸に集まった腹心の会議で、ボレウス伯爵から報告がもたらされる。


「という話のようですが」

「思いあがりも甚だしいですな」

「傭兵風情が」


 バルジ会長の報告を受け取ったボレウス伯爵はどこまで厚遇して良いものかと、この場で相談を持ちかけた。ロッカ男爵とペリーモ伯爵から即座に罵倒が飛ぶ。


「下賤な者を何故そこまで。カーク様は一体何をお考えであのような者を」

「左様。事実大した知恵も出していないのでしょう? 盗っ人ではありませんか」

 

 二人の不満は不安の裏返しでもある。

 ガゼルトに富をもたらすと少しでもカークに認められた者は、自分達の地位を脅かす者でもある。


「しかしカーク様が登用しろとお命じになった男です。それに反対なさるのですか?」

「まさか、そうではありません」

「そうですそうです」


 先の発言が失言であった事に気付いた二人がメッサーの言葉に素早く手のひらを返す。


「ボレウス伯、その傭兵さっさと片付けてしまいましょう。ここへ呼んでください」

「ここへ、ですか?」


 流石に驚きを隠せない。

 この屋敷は北部の王宮だ。


「直接褒美を約束しては損失でしょう。ここは私とボレウス伯のもてなし、そして公爵邸に招待されるという事で虚栄心を満たしてやるのです。安上がりでは無いですか?」


「流石はガゼルト伯。確かにわざわざその傭兵に何かをくれてやる事はありませんな」

「うむ、良いかもしれませんな」



 こうしてラスターを呼びつける事に決まった。


 が、しかし。 

 メッサーのこねた理屈は偽りだ。

 本当は一度会ってみたかったのだ。

 流石に自分から会いたいと言う訳にはいかなかった。使える男という証拠が無い以上、ラスターが増長するような事態になれば不在の主へ言い訳できない。しかしこれで体の良い都合が付いた。


 腹心達の間では軽く見なされていたが、ラスターの提案そのものはメッサーにとって無視し難いものがあった。


 細部を詰めればまるで破綻した提案にはなるが、それは北部経済の仕組みを理解していないが故であり、発想そのものはメッサーが危惧している北部の弱点を綺麗になぞっていた。


 土台の強化。

 ガゼルトの方針に反するものではある。

 

 しかしこのままでは北部はいずれ頭打ちになるのが目に見えている。

 どこかで舵を切らねばいけないのだ。


 メッサーが期待した手腕は第一にそこにあった。下を豊かにする事で上がより豊かになる。

 

 楽しみだ、とメッサーは邂逅の瞬間に想いを馳せ、本当に使える男であるかどう試そうと思案し始めた。




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