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北の都 25

登場人物紹介


 マクダウル・ボレウス……ガゼルト経済管理を預かるカーク・ザンバルの腹心貴族。伯爵。


 フォード・ロッカ……ガゼルトにある北部産業管理局長を務めるカーク・ザンバルの腹心貴族。男爵。


 イワン・ペリーモ……ガゼルトにある北部交易運輸局長を務めるカーク・ザンバルの腹心貴族。伯爵。

「少し疲れたな」


 パーティーが終わった後、ガゼルト公爵邸にはガゼルト行政を担う主要な顔ぶれが集まっていた。

 公爵その人は勿論、ガゼルト伯爵メッサー・タナス、経済部門長ボレウス伯爵、産業管理局長ロッカ男爵、交易運輸局長ペリーモ伯爵という腹心達が。


「お休みになられますか?」

「そういう訳にもいくまい。すぐに王都へ戻らねばいかんのだ、時間は惜しい」


 カークは尋ねてくるメッサーを一蹴する。

 メッサーがあえて聞くまでも無い事を聞いてくるのは最早習性と言っていいだろう。政治の場においてカークが立派な態度を取る事を引き出す狙いだ。


 だがこの場所でまでやらなくとも良い。頼りになる男だが、こういった徹底した態度は時に癇に障る。


「アーミット候もホーンハルト候に付いて働いてくれているのだ。休んでいては悪かろう?」


 都市管理部門長のアーミット侯爵は現在、カークに次ぐ北部第二の実力者であるホーンハルト侯爵の要望で大規模な都市計画の構想に付き合っているはずだ。


 レプゼント王国最北西の都市ホーンハルト。

 国内で聖地に最も近い都市であり、マディスタ共和国との国交を繋ぐ玄関口でもある城砦都市。


「今回の要望の中で最大の懸念でありますな」

「左様。街道の整備どころか増設まで考える必要が出て来るやもしれません」


 派閥の中にも派閥はある。

 ホーンハルト侯爵アイゼン・ディルムクス。

 ディルムクス家は北部でも有数の名家であり、北辺においては元々ザンバル家以上の影響力を持っていた名門だ。


 派閥の中のディルムクス一派と言ってもいい。

 そうした勢力を築いている。

 今や北部を完全に掌握したカークを揺るがす程ではないとはいえ、今回の御前試合から始まるマディスタ共和国との国交を考えればホーンハルトは王都からも重要視されるのは間違いない。



  ホーンハルト侯爵アイゼン・ディルムクスから出された要望は北辺の開発を含むホーンハルトの拡大だ。


 北部にとっても決して悪い話ではない。

 資材や資金を回しても結果として北部全体の底上げに繋がる話ではあるのだ。


 ただし懸念としてアイゼンが力を付けすぎる事による求心力の低下が挙げられる。更にはガゼルトの富が流出する危険性も容易に予想される。


「最悪、王都で反対意見が出たという形で先延ばしにするのも手かと」

「ディアス様にもご協力していただいて」

「それはまずい。ディアスに最初から国政に口出しさせすぎると王都貴族の無駄な反発を買いかねん」


 出された要望はほとんどがどうとでも対処できるものだったが、ホーンハルトの改修と拡大だけは対処に困った。無視もできない。マディスタ共和国との国交によりもたらされる新たな利益の受け皿として、王国の中心を北寄りに持ってきたい派閥の思惑と合致している要望である。


「メッサー、どう思う」

「悪い話では無いかと思います。ホーンハルトの税収は規模に比べて少なすぎると以前から思っておりましたので。てこ入れする良い機会かと」


「ガゼルト伯、それは早計ですぞ」

「その通り。危険も大きい」


 即座にロッカ男爵とペリーモ伯爵から反対意見が飛び出す。この二人が反対するのはガゼルトで要職に就いている自分達の地位が派閥内で低下するのを恐れているからだ。


 ガゼルト一極集中体制を崩したくない。

 そこしか見ていない。

 メッサーはやれやれと心中溜息を吐く。

 北部が真に覇権を握るためにはあまりに器不足の二人だが、ホーンハルト候のような力を持つ貴族を腹心に据えるのも危険が大きい。結局これぐらいの人間が使い勝手が良いのも事実だ。


「しかしカーク様は最適な対応をなさったと思いますよ? どう考えてもホーンハルト候の提案は飲まざるを得ない提案でしたし、断れば派閥内部に亀裂が走ったでしょう」


「それは勿論だ。カーク様のご判断に異を唱えている訳ではない」

「そこからどう持っていくかですぞ」


 この場にいる人間皆分かっている話ではある。北部全体の利益がひいては自分達の利益に繋がっていると。ただそこに付随する危険を無視できないだけだ。


 しかしながらメッサーにとっては分かりすぎる程に分かっている話なのだ。どう考えても利益が上回る話であり、ホーンハルトの強化を万が一王都に持ち込まれ、それを王都が提案してくるというような事態になればそれこそ北辺は危険な存在となるだろう。


「まあ結論を急がずとも良い。アーミット候があちらから戻り次第詳細を聞いてから判断しても遅くはないのだ」


 カークの言葉でこの問題は先送りされる。

 

「他の貴族の要望で特に問題になるようなものは無かったな?」

「はい、既に対応を始めております」

「産業に関してはこちらの計画と合致するものばかりでもありましたので」


 北部の富をどう強化するかは元々計画の内だ。北の山脈から採れる鉱物資源や職人による加工品は既にマディスタ共和国との交易を考えて開発投資を計画している。


「ならば後は……御前試合の方はどうなっている、メッサー」

「目ぼしい傭兵はあらかた確保済みです。しかしながら選抜をどうするかはまだ固まっておらず、正直に申し上げまして王都側が揃える傭兵に確実に勝てる保証があるかは分かりません。また、南部に関してはその情報も思うようにはなかなか」


「仕方あるまい。元々そこは王宮対応でどうにかする予定だ。腕のある傭兵が集められたのであればそれで良い」


 カークがグラスを傾ける。

 

 メッサーには主の先送りする所がもどかしくもあり、同時にそれが自分の活躍の場を増やす要因にもなっているのだという認識もあるため、何とも歯痒い。


 

 

 雑事に関する会話が幾ばくかあり、このままお開きになる空気をカークが見せた所で、ふと思い出したようにボレウス伯爵に尋ねる。


「ボレウス伯、そういえばあの傭兵はどうであった」

「ラスター・セロンという傭兵ですな」

「そうだ。今日話したのであろう」

「はい。バルジ会長とも話したのですが、なかなか尻尾を見せないと言いましょうか。能はあるようですが、手の内を晒さない感じが致しました」


「ふん。高く買って貰おうという訳か」

「やもしれません」

「使えそうか?」

「でなくては困ります。一応こちらに取り入ろうという姿勢は感じましたので。北部の仕組みを把握しない事には知恵も出ないという言い分も一理ありますし、焦らず構えようかと考えております」


 カークには特に感じるものは無いようだ。

 そこで興味を失ったように解散を命じた。






「ボレウス伯」


 屋敷の玄関でメッサーがボレウス伯爵を捕まえる。出て行こうとした男はおや、という顔で振り返った。


「西部経済が富んだ要因はお分かりですか」

「何と?」


 ボレウスが鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。唐突すぎる質問だ。

 しかしボレウス伯爵とて北部経済の長として分析は繰り返してきた。やり方だけ真似をすれば良いという単純なものでは無かったが、何がどう発展したのかは把握しているつもりだ。


「例の傭兵も言っておりましたが状況に拠る所は大きいでしょうな。発展が遅れていた西部がやや追い付いてきたという訳です。しかしながら北部とは違った形であり、まだ余地がある。大きな可能性を感じはしますが、今の所要因としては物資の循環が活発になったという一点に尽きるでしょう」


 きっぱりと言ってのける。

 何も間違ってはいない。正確な分析だ。

 

「その傭兵がもたらすアイデアも貴族達を潤す要素として期待しているのです。必ず何かを引き出すようお願い致します」

「心得ております、お任せを」


 それだけ言い交わすとメッサーはボレウス伯爵を見送る。他の二人とは違い決して無能ではない。

 ガゼルトの富の管理を預けているのは伊達ではない事が今の短いやり取りからも分かる。


 しかしメッサーには不満だった。

 主であるカークが些事をあまり見ないせいか、腹心貴族もどこか手ぬるい。


 メッサーの考える要因はそこではない。それは単にそこに商機があったというだけで、言うなれば西部にずっとあったものでしかない。


「愚かな。本当の要因は機を逃さなかった事だ。傭兵ごときを腹心に据えた事も、商売を転換した事も。それを為した者がいたからだ」


 人気の無くなった玄関ホールで庭に向かって呟く。誰に対して言ったものか。

 

 メッサーが見ている世界と貴族の世界は本当には一致していない。一度大きく思う様全てを動かしてみたいものだと、叶わぬ望みは口に出さず心の中に留めた。




都市ホーンハルト

 レプゼント王国最北西に位置する城砦都市。南のルンカトと対を成す北の守りの要であり、形式上の北部軍の本営が設けられている都市。北の不可侵地帯及び西のマディスタ共和国側に巨大な城壁を構えており、ホーンハルトとルンカトを繋いだ線上に国境防壁が築かれている、その北の終点でもある。


 防衛拠点としては最も苛烈な立地であった為、その規模に比べて人口は少なく、市街の開発はお世辞にも立派とは言い難い。四角く区割りされた市街の建造物は軒並み重厚な壁を持つ造りとなっている。

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