北の都 23
ラ・ゼペスタが建つ通りを領主配下の王国兵が固め、更にガゼルト市街を貫いて集まってくる貴族達の道中を警備すべく傭兵の柵が構築されている。
ものものしいという感じはせず、続々と到着する馬車の受け入れは粛々と進み、市街は一切の混乱も見せずに居る。ラ・ゼペスタ内部の従業員だけが慌しい。
「できる限りサポートは致しますが貴族との会話中はあまり差し出がましい事も出来ません」
「はい、なんとかやってみます」
用意して貰ったタキシードという格好をした俺は詰め込んだ情報や要点を頭の中で繰り返す。
エルザさんはドレス姿だ。
長い髪を頭の後ろで束にして折りたたむように留めている先刻までの髪型とは違い、ゴージャスに結い上げうなじと肩を露出している。
肘まであるレースで刺繍された白手袋といい、大きく光り輝く胸元のブローチといい、貴族令嬢で充分通じる。この姿はお世辞抜きで賞賛させて貰った。
おそらくガゼルトはこういった貴族の会合に慣れているのだろう。
上階の廊下から下を見下ろす限り、ガゼルト市民は平然と交通規制を受け入れている。
「ガゼルト公の挨拶から始まる祝賀式典のほとんどは周りと同じようになさっていればいいでしょう。パーティーが開始してからが本番です」
会場はラ・ゼペスタ三階のダンスホール。
テーブルや椅子は壁際に用意され、ほとんどスタンディングスタイルでパーティーは進行される。
「パーティーが始まってからのガゼルト公との談話がほとんどの貴族達の目的のはずです。ガゼルト公側も。そこに参加しない貴族こそ、ガゼルト公に近い者達です」
なるほど。
つまりそっちに行く貴族達に取り入る必要は無いという事か。わかりやすくていい。
「予定されているボレウス伯との面会。まずはここに集中なさるのが宜しいかと。ただしどのタイミングで来るか分かりませんので、チャンスがあれば積極的に他の貴族とも交流を持ちましょう。それはなるべく私が誘導致しますので」
「宜しくお願いします」
「あくまで傭兵という立場で宜しいのですね?」
ナリは貴族っぽいが俺はあくまで西部からおまけとして呼ばれた部外者だ。どういう立ち位置で接するかはエルザさんとも協議している。
「やっぱり商人色を強く出した所で受けはいいかもしれませんがボロが出るでしょうからね」
「傭兵としてのアピールもしないのですね?」
ここはエルザさんと意見が別れた所なのだが、俺は下手に御前試合の手駒になるようなアピールは控えた方が良いと思っている。
何となくだが、ガゼルト公は手駒にする傭兵を逃げ出せないよう縛るに違いない。
懐に入ったはいいが抜け出せない。そんな面倒は御免だ。
「そもそも俺のランク知ってます?」
「勿論ですわ。しかしそれはそれで謎めいた要素として上手く使えそうな気もするのですが」
冗談でしょ。
それは傭兵社会を知らなすぎる。
御前試合の駒として選ばれる傭兵の間には競争もあるし当然猛者揃いに決まっている。
そこに俺がしゃしゃり出れば厄介事が起きるのは目に見えているぞ。
レーベントのケビンと同じだ。
第一貴族に鼻で笑われるだろう。
「まあ商売の線から何とか、ってとこが関の山でしょう。それで具体的に探れたらラッキーな情報とかって何がありますか?」
「探れたらラッキー、ではありませんわ。探っていただかなければ困ります」
「あ、はい」
新王即位を機にしたガゼルト公の派閥強化。
それは国内の現主流派をディアス新王即位と共に北部派閥へと取り込む事。形の上ではどうあれ王都貴族こそが主流派なのだ。
新王を戴く北部派閥が数でも力でも事実上の主流派になるとはいえ、そこの仕組みは変わらない。王の下、王都で行政に携わる貴族こそが最も力を持つのだ。
エインリッヒ十二世に忠誠を誓う王都貴族の切り崩し。並びに北部派閥貴族への権限増大。ディアス王の意を使った北部貴族の中央への任官。
多分狙っているのはこんな所だろう。
「ガゼルト公の持つ最大の力は国内経済に強い影響を及ぼすその財力。政治に関しては王都で対処致しますので、ラスター様に探っていただきたいのはそこになります」
「と言いますと」
「ガゼルト公側は北部の経済力を必ず武器にしようとするでしょう。貴族への賄賂や国内経済に圧力を掛ける等ですわね。その動きの一端でも掴んでいただきたいのですわ」
「ちょっと漠然としすぎてる気もしますけど」
「それは致し方ありませんわ。どのようにと分かっていれば楽な話ですもの」
ま、そりゃそうだが。
「今日そこまでとは申しません。あくまでそういった情報を得るための第一段階ですから」
「はあ」
「ガゼルト公の動かせる財力の全容や、北部貴族がどれ程纏まっているかなども重要です。ラスター様をお呼びになったのもそこの強化の一環であり特定貴族への報酬の為と予想されます」
買い被りのやつな。
俺がガラン商会を手助けできたのはたまたまとしか言いようが無い。
「要するにとにかく仲良くなって色々話を聞きだせって事ですね」
「仰る通りです。そこから始めるしかありませんわ」
ああ。
気が重い。
無理してでも自分を高く売らなきゃな。
「ボレウス伯。例の傭兵の件はお任せ致します」
「心得ております、ガゼルト伯」
祝賀式典パーティーを前にメッサーは最後の確認に余念が無い。主はメッサーに全てを委ねている。
「支配人、準備の方は」
「全て抜かりなく整えております」
「ではこちらの指示通り貴族の歓待は任せる。不備無きようお願いするとしよう」
「お任せ下さいませ」
ガゼルト公腹心貴族筆頭として次々と集まった貴族に声を掛けて行く。
十七時五十五分。
主であるカークはこの後式典で貴族を高揚し、派閥がどんな風に要望を出してくるのか、どれ程纏まっているのか、どこまで言いなりにできるのかなど確認する為様々な仕事をこなす必要がある。
当然その横には自分も控えていなければならない。主のフォローは自分以外できない。
現状特に問題と思える憂慮は無い。
が、できれば末端貴族の思惑こそメッサーとしては掴んでおきたい所だ。
やはり数は力になる。
新王即位後のおこぼれに不安を持つ弱小貴族に先に分かりやすい餌を与えておければ随分と楽になる。
そういう意味でメッサーは商人崩れの傭兵には期待していた。
目先の金だけ与えても貴族は喜ばないだろう。
それどころか不満に思うはずだ。
これで納得しろと言っているのかと。腐っても貴族だ、そんな見え透いた手は通用しない。
金を生み出す仕組みに組み込んでやる事が一番効果的だと分かってはいるが、その席は限られている。
それを先に差し出せば今度は今いる中堅以上の貴族が納得しない。
彼らが望んでいるのは既得権益の増大で、褒美を与えられもしない内にその席を他人に譲れと言えば反発は必至だ。
西部経済の飛躍。
わずか一年で西部全体が活性化した。
今までが遅れていただけだというのはメッサー他北部貴族にも重々承知の上。
しかしそれをもたらした者には価値がある。
商人ではない男。
一般傭兵が何故、という興味もあるが。
ガラン商会の商人は堅実で引き抜きは難しいという報告だったが、傭兵なら簡単だ。調べてみれば都合の良い事に重要な立場にいるくせに役職は大した事が無かった。
その傭兵が北部に富を運んできてくれればメッサーとしては大助かりだ。
過剰な金を与えても構わないと思っている。
カークもその利点だけは認識している。
尤も、傭兵風情と高を括っているが。
できれば自分で説得したい所だ。
カーク以下、駒の重要性を分かっていない。
貴族の脆さはそこにある。
細かい部分のひび割れを放置するから大きな崩壊に繋がる事を認識できていない。
木が乱立する北部という庭に水を撒ける貴重な存在だ。傭兵風情といえど使えるのだ。
十八時。
開始を告げる声。
派閥の長の登場を迎える喝采が起きる。
「では始めようか」
「御意に」
公爵衣を纏ったカークが出て行く。
メッサーに出来る事はやったのだ。
後は考えても仕方が無い。
そういう割り切りもできるからこそ、メッサー・タナスは腹心で居られる。