北の都 21
俺は無表情を装っている。
まあそれに苦労はしないけど、ポーカーの戦術は残り二人より素人だろう。
ええい、分からん。
「コール」
チップを一枚左上のネクストに置く。
ターン待ちの合図。
現在までのチップが積まれたベットスクエアとネクストに置いたチップの合計が次回ベットとなり、他二人のプレイヤーにも見えるはずだ。
俺が選んだのは先導者と言われる立場を取る事。
プレイヤーは三十秒の持ち時間制限の中でドローする必要がある。
この制限を越えれば強制ドロップとなる訳だが、当然プレイヤーとしては他プレイヤーの出方を窺いたい。
ハイレイズしたはいいが他二人がドロップすれば、ディーラーとの一騎打ちになってしまうからだ。ディーラーには集中して欲しくない。
プレイヤー全員がハイレイズする展開も困る。
ディーラーは手役有利なのだ、一人に負けても二人から回収できればイーブンに持ち込める。せっかくプレイヤーに手が入っても手役次第でドロップしてレイズに付き合わない選択肢も取れる。
とにかくこのゲームでプレイヤーが勝つにはベットコントロールなのだ。
それが駆け引きの全てでもあり、このゲームの妙でもある。
親が最終ドロー権を持っている事からも分かる通り、基本は後出しが良い。勿論あえて早々とドローする心理戦の展開もあるが。
例え手が出来ていなくとも開幕ドロップがまずいなら、どうせコールで一枚以上損するのは確実。
ならば先導者のポジションを取る事でプレイヤーを引っ張る立場を買ってしまえという発想だ。
「コール」
「ドロップ」
アーチ子爵がコール、右端の男がドロップ。
ディーラーのドロー。
緊張の一瞬。
「レイズ」
やりやがった。
最悪だよお前。
よりによって初回親の最大レイズ、レッド三枚。
親はプレイヤーのベットを上回る必要は無い。俺のコールを受けるだけでいいなら一枚出せばいい。
このテーブルの親のマックスレイズは子のベットプラス二枚。
この野郎。
次のターン俺がコールするには親のベットスクエアにある四枚に、俺のミニマムコール分、レッドチップ一枚を足した五枚を積んで親のベットを上回る必要がある。
今出している二枚に三枚追加。
初っ端の勝負で二回目のコールが五枚コールは厳しいなんてもんじゃない。
ちっ。
セオリー通り一戦目で折りに来たか。
アーチ子爵に対してはコールを選択している。
レッドチップだけで参加した俺を見て、ディーラーも勘違いしたかもしれませんよ、エルザさん。
見栄を張って無様に散って早々に撤退すればそれはそれで興味を無くされるかもしれない。
無理はできない。
ドロップだ。
二枚負けで良しとしよう。
しかし俺の手元に次のカードが配られ、一枚追加された事で状況が変わった。
俺は三枚の手札から、より良い役を作る事ができる。手元に配られたカードは手札左端と同じ。
スリーカードができてしまった。
望外の展開だ。
初戦からスリーカードができるなどまず無い。
バルジ会長が本当に運を運んでくれたか。
「セカンドターンです」
ラスターの思考とは別に、キーン・アーチもまた考えていた。
彼が望むのは勝利だ。
バルジ会長とはまた別種だが、金額の多寡にはこだわっていない。金なら唸るほどある。
望んでいるのは勝利の美酒であり、敗北者の顔に浮かぶ屈辱だ。貴族としては虐げられる側に長く居た男の、嗜虐的欲求。
キーンの手札は二ターン目にして役無し。
それを読んでコールを引き出す狙いか、ディーラーは見事にコールで合わせてきた。新入りには全力のレイズ。
面白い展開になった。
キーンはほくそ笑む。
彼が打ち負かしたいのは目の前のディーラーだ。
インペリアホールでも高い実力を持つ歴戦の男。
キーンはこの男から勝ったと思えた事がない。
チップだけなら勝ち越して帰った事もあるが、相手に敗北を与えた訳ではない。それでは勝ったとは言えない。
このポーカーの肝は、いわば親を如何にして降ろすかだ。
基本的には手で親には勝てないと思っていた方が良い。戦術としてはだ。損失を最小限に抑えながらチャンスを待つ。勿論それだけしていては読まれて早々と降りられる。
ハイレイズだけしていてもやはり負ける。
読まれてオープン勝負を続ければ親の勝ちは揺るがない。
キーンが必要としていたのは相方。
コンビとかそういう事ではない。
それで勝ったとしても満たされないし、こんな小額のテーブルで万一イカサマが発覚してしまえば貴族としては終わりだ。馬鹿げている。
今日はツイている。
チップは十七枚しかないが全てレッドチップ。
全勝負最大レート宣言の男。
見た所格好も完璧なカジノスタイル。
最大一回でパンクする十七枚は自信の表れ。つまりあえてそれで挑む事でディーラーを挑発している。
いいぞ。
紛れもないチャンスだ。
この男が大きく賭ければ俺にチャンスが回って来る。明確な理由がある。
それはこのルール上、親であるディーラーはバランスを取りに行くからだ。
左の男が大きく賭ければ俺も大きく賭ける。
ディーラーはその時どうするか。
二人とも討ち取りに行く?
いいや、それは分かってない奴の思考だ。
こう考える。
どちらに勝とうか、と。
片方はドロップしてやりすごしても構わないのだ。
勝てると踏んだ方からレイズを受けて大きく回収できればペイできるからな。
そしてディーラーは今新入りを意識している。
若い見知らぬ小僧が舐めた勝負を挑んできているのだ、望み通り叩き潰してやろうと。
つまり俺のレイズで降りる可能性が高い。
新入りもいきなり先導者をやるなど受けて立ったようだ。
次は自分の番だな。
せいぜい引っ掻き回すとしよう。
全く、実に面白い。
セカンドターン開始の声。
考えている時間は無い。
無難にコールするにしろ三枚必要だ。
しかしもう一度親がマックスレイズしてきたら?
ラストターン、俺はコールでも八枚必要。
負けても九枚残る。
……。
どうする。
いや、迷っても仕方ない。
ドロップでズルズル行った所で仕方ないのだ、最初の勝負で大勝負に勝てば印象は強い。
第一スリーカードを貰って降りるようなら勝負を最初から放棄したも同然。
決めた。降りない。
レイズかコールか。
どっちだ。
今はチャンスだ、最良の活かし方をするならレイズ――!
「レイズ」
おおっ、と観客からどよめきが漏れる。
ネクストに置かれたのはプレイヤーのマックスレイズ、レッドチップ五枚。
アーチ子爵だ。
双方二枚ベットの状態から最大上乗せ、七枚ベット勝負を選択した。
しまった。
モタモタして先導者からも降りてしまった。
くそっ。
こうなったら一か八か!
「レイズ」
再びどよめく。
俺がネクストに積んだのもまたマックスレイズ。
俺のベットスクエアには現在二枚。
親のベットスクエアには四枚。
俺がコールを宣言して勝負を続行する為には親のレイズを受ける必要がある。
つまり四枚プラス一枚のベットにする為に、俺はネクストに三枚積む必要がある。
だが俺が選んだのはマックスレイズ。
親の四枚ベットから次ターンへ移る為の最高上乗せ、つまりプラス五枚。九枚にする為ネクストに七枚積んだ。
ほとんどやけっぱちだ。
だが一勝負で終わりになってもこの一局だけで会話に繋げさえすればいいのだ。
派手な積み合いに参加すればいけるだろ。考えても仕方ない。どうせ頑張った所で無駄な努力と言えるのだから。
不思議なものでテーブル一番のハイベットになってしまえば気が楽になった。
九枚に親がマックスレイズして来ても最終ターンのコールは十二枚あれば足りる。再びのマックスレイズを仕掛けるにしても十六枚。
一枚残しでギリギリ足りる。
なら問題ない。
もう考える必要はないのだ、良かった。
後は野となれ山となれ。